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第16章 デート、別れ

「……これは、ロックされてるな」
「閉じ込められた、ってことですの?」
 遊園地。
 デート中だったエヴァルトと美星は、ちょっとした手違いからゴーカートの車庫に閉じ込められていた。
 ふたりっきりで。
「とりあえず、ミュリエルにはすぐ出られるから心配するなって伝えておこう。それで……ん?」
 携帯を取り出そうとしたエヴァルトの手が、押えられた。
 美星の小さな手で。
「電話、しないでください」
「どうした?」
「助けを、呼ばないでください。このまま、ふたりきりでいられればいいのに……」
「美星……」
 薄暗い車庫の中、美星の表情はよく見えない。
 しかし迷わずミュリエルはその手を取ると、静かに告げる。
「俺達は、友だ」
「……」
「俺は、いつでも貴女の味方だ。もしこれからも辛い時があれば、あるいは事務所から無理なことを言われたら、その時は相談してくれ。こう見えても交渉ごとは苦手じゃない」
「エヴァルト……」
 そしてエヴァルトは、車庫のシャッターに手をかける。
 が、が、が!
 力任せに、こじ開ける!
「さあ、行こう」
 光を背にして、美星に手を差し伸べた。
 美星はゆっくりと、その手に自分の手を伸ばす。
「……ありがとう、ございます」

「時間、だな」
「そ、だね」
「うん……」
 ショッピングモールの針が、非情にもデート終了の時を告げる。
 皆無とりりむ、二人と一緒に過ごしたくるみの楽しい時間が、終わる。
「……二人とも、お芝居に付き合ってくれてありがとう」
 突然、くるみがかしこまった様子で二人に頭を下げた。
「『フツーの女の子の一日』のお芝居。とても参考になりました。ありがとう……」
「くるみちゃん……」
 くるみに差し出そうとした皆無の手が、戸惑ったように宙を舞う。
「あーーもう、バッカじゃない!」
 そんなくるみに、りりむの怒声が浴びせられた。
「あんたってば固く考えすぎ! そこのダメおやじみたいに、もっと頭カラッポにしてさ。楽に考えてみなよ」
「りりむさん……」
 りりむの言葉に、戸惑ったように俯くくるみ。
 やがて、顔を上げた彼女のその瞳は。
 僅かに、潤んでいた。
「……ありがとう!」
 今までとは違った口調で、思いの丈を言葉にする。
「――すごく楽しかった。ありがとう!」
 それは、今までずっとお芝居で隠してきた彼女の本音。
 誰にも見せたことのなかった、『本当の彼女』だった。
 皆無が慌てたように、今度こそ彼女の肩を抱く。
「泣かないでハニーちゃん。俺様、全世界の乙女の味方だし。どの役柄も、本当の君も、全部愛してるよ!」

 カラン――カラン
 遊園地に時を告げる鐘の音が響く。
「……魔法の時間は、終わりですね」
 切札は、ふとらしくない事を口にする。
「魔法……」
 一日だけのシンデレラ。
 切札との時間を満喫した、沙良・サラーは名残惜しそうに時計を見上げる。
「最後の魔法を、お願いしてもいいかしら?」
「何でしょう?」
 隣りに立つ切札は、沙良に向き直る。
 そして少しだけ、戸惑った。
 彼女は目を閉じていた。
 顔を――唇を、切札の方に向けて。
「沙良ちゃん……」
 二人の顔が、重なる。
 切札のキスは、沙良の唇の横に。
「――いじわる」
 瞳を開けた沙良は、なじる様に切札を見る。
「続きは、またの機会にでも」
 沙良の頭を撫でて優しく笑った。

 庚と明里は、夜景を見ていた。
 場所は、タワーの展望台。
 二人は無言だった。
 まもなく、別れの時間が来ると分かっているから。
「楽しかった、な……」
 ぽつりと、明里が呟く。
「ありがとね。普通の女の子の一日が、こんなにも楽しかったなんて。……ううん。庚がいてくれたから、楽しかったのかも」
 庚の方を見る。
 彼は無言のまま、街の光を眺めている。
 そんな庚を見つめながら、明里はふと本音を漏らす。
「このまま、普通の女の子に戻って恋をするのも……」
「止めろ」
 庚が短く言った。
 その言葉に泣きそうになる明里に、庚は続けて言った。
「口に出せば後には引けなくなる。思い出せ、テメェが積み上げてきたものを」
「う……」
 今まで積み上げてきたもの。
 努力? 仲間? ファン?
 ――かけがえのない、夢。
 だけど、せめてこの一言くらいはいいよね?
「またいつか、ボクとデートしてくれる?」
 答えは分かっているけど。
 苦笑して返す言葉は、ほら。
「二度とゴメンだ……」
「ん。ありがと」
 その時、歌声が聞こえてきた。
 野外の大きなスクリーンに映し出されているのは、KKY108のコンサート。
 ちょうど、七ッ音が歌っていた。

 ……もっとアナタの笑顔を見たいの
 まだまだ壊れたくないだから
 喜びを歌い続ける歌姫達は
 自分の足で舞台に立つの!

 七ッ音に続いて、シリウスたちの応援ソング。
「――行かなくちゃ」
 明里は走り出す。
 自分自身の道を。
 庚とは、交わることのない道を。

「行かなくちゃ」
「帰らなくては、いけません」
「早く、早く」
「皆が待ってる」

 沙良、璃良、美雪、美鈴、美星、くるみ、るみね、明里……
 一日だけの想い出を得た少女たちは、次々と戻って行く。
 歌に背中を押されて。
 彼女たちが帰る場所へと。