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老魔導師がまもるもの 後編

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老魔導師がまもるもの 後編

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1/追っ手

 まだ少し、頭の奥がズキズキする。
 鈍く響き続けるその痛みはやはり、不意打ちを受けたせいだろう。駆け抜ける両脚は休めず、前進は止めぬまま、朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)は小さく頭を振ってその違和感を自分自身に忘れさせる。させようと、する。
 無論、表情や声に出したわけではない。ほんのなにげない仕草でしか、それはなかったはずだ。あくまでもその不調は、自己の内で完結させるべきものだとゆうこ自身、考えていたから。
「大丈夫か。ついてこれるか」
「えっ?」
 だから、気付かれていたということに、驚きを隠し得なかった。
 パラミタセントバーナードを連れ、隣を走る酒杜 陽一(さかもり・よういち)がこちらを振り向きもせず、見透かしたようにそう言ったのだ。
 そんなに、わかりやすい人間じゃあないとゆうこ自身では思っているのだけれど。
「無理、するなよ。既に追撃に出た何人かが返り討ちに遭ってるんだ」
「足手まといにはなりません」
 ゆうこと陽一は今、封印を破壊した犯人の一派と思しき相手を追っている。
 おそらくは、老婆が庇うであろうことを見越して、詩壇 彩夜(しだん・あや)を襲ったその相手。呪いによって暴走し自我を奪われた剣の花嫁の背後に忍び、その手が斬り捨てたかのように見せかけ、老婆に凶刃を突き立てた真の加害者。
 老婆の返り血、その匂いを頼りに、陽一の連れたセントバーナードとともに彼ら、彼女らは犯人を追いかける。
「それに連中を、許してはおけませんわ」
 呪いの封印が解かれたことによる剣の花嫁や、機晶姫、魔鎧の暴走。それだけでも許しがたいことなのに、年老いた魔導師をその手にかけた。しかも、何の罪もない、呪いによって自己を奪われた被害者のしわざに見せかけて。見境なく周囲の人間を襲い、特に己がパートナーへと憎悪持って斬りかかる彼らが何も言えず、何も感じられぬことをいいことに、それを隠れ蓑にした。その凶行。断罪しなくては。
「──くそっ。ここまでか」
 と、陽一が急に立ち止まり、彼に合わせゆうこも駆け足を止める。
 彼の連れたセントバーナード犬はくるくると周囲を回っては、頭上を見上げ鼻をひくひくさせていた。
「風上だ。どうやら連中、風下に行ったらしい。これじゃあ匂いは追えない。次の手を打たないと」
 すぐ傍の木の幹を、陽一は強く殴りつける。そして、通信端末を取り出す。

 そんな彼と、犬の背を撫でてやるゆうこの背後で──爆発が、起きる。

 突然に。耳つんざくほどの、轟音を立てて。あたりに、煙を立ち込めさせて。
「なんだっ!?」
 ふたり、揃って振り返る。セントバーナードが身構え、唸り声を上げる。
 爆風の煙の向こうから、よろよろと人影が焼け出されてくる。
「あなたは……っ!?」
 全身、煤だらけでボロボロ。白衣はヨレヨレ、髪は爆風でアフロと化している。ヒビの入ったレンズが、メガネのフレームからひと足進むごとに落ちていく。その人物は、ドクター・ハデス(どくたー・はです)。他ならぬ、ゆうこへと不意打ちをした張本人、昼間、ひと騒ぎを起こしてくれた相手だ。
「あのときはよくも……っ!」
 ふらふらと膝を折ったハデスに対し、思わずゆうこは弓を構える。
 だが、彼女よりはやく、ズタボロの悪人に対し襲いかかる者がいて。
「ぬおおおっ!? なぜだ、なぜなのだっ!?」
 ボロボロのわりに、ハデスは間一髪機敏に反応して、頭上から振り下ろされたその剣を白羽取りに防ぎ押さえる。
「ええい! なにをやっておるのだ、アルテミス! アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)! 悪の科学者ドクター・ハデスを討つまさしく好機ぞ!」
「そ、そんなこと言われてもっ!」
 振り下ろされた剣は、聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)。その剣から叱咤され、それを握りしめているのはやはり数刻前にゆうこを襲った人物、アルテミス・カリストであった。
「は、ハデス様、逃げてください……っ、身体が、勝手にっ」
 アルテミスはそう言いながら、カリバーンを二度、三度とふるっていく。そのたび、ハデスは器用に刃を受け止め、かわし、逃げていく。
「あ、ちょっと! 待ちなさい!」
「ストップだ」
「酒杜さん?」
 捕まえて、相応の報いを受けさせなくては。思い、追いかけようとしたゆうこの肩を、陽一が掴む。
 なぜ邪魔をするのかと振り返ると、首を左右させながら彼はハデスの焼け出されてきた方向を指し示す。
「巻き添え食うぞ」
「え?」
 彼の言葉を裏付けるように、ひとつの影が躍り出る。
 フル装備の六連ミサイルポッドを、発射準備完了とばかりに全身に抱えた機晶姫──ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)である。
 虚ろな目をした機晶姫は、逃げ惑うハデスへと容赦なくロックオンをし、そして、
「発射」

 追尾性能を持つミサイルすべてを、一斉発射した。

「ぬあああぁっ!? なぜだ、なぜこうなるっ!?」
 次々着弾するミサイルに追い立てられる、ハデス。おまけに一発避けたと思ったら次にはアルテミスの斬撃が待っていて、それをかわせばまたミサイル。そしてまた、突き。袈裟懸け斬り。また、ミサイル。
「放っておいても自滅するか、痛い目見るだろう。今相手すべきはやつらじゃない」
 改めて通信機に耳を当てながら、陽一は言う。
「……わかって、います」

 今追うべきは、封印を破壊し呪いを蘇らせた連中だ。
 わかっているとも。──そんなことは、わかっている。

「だったら、行くぞ」
 今度は、こっちだ。走り出す陽一に、不承不承ゆうこは従った。
 ちらと流し見た背後に、爆風に呑み込まれるたびに奇声をあげて転げまわるハデスの姿を確認して少しだけ、溜飲を下げながら。