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第1章 さあ、お祭りだ!

 昼間の暑さはひと段落したものの、境内には熱気が渦巻いていた。
 お祭りという、一種独特な非日常の浮かれた空気。
 そこに、食べ物の甘い香りやソースの匂いが入り混じる。
 鳥居をくぐって来たものを、異世界へと誘う。

「ユリナ、あっちにも店があるぜ! どの店にしようか、迷うなぁ」
「うふふ、竜斗さんったらはしゃいじゃって、子供みたい……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ。あそこのお店はどうでしょう?」
 境内を連れだって歩いているのは黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)
 夏祭りデート中の二人が向かった先には、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の店があった。
「ぇいらっしゃい! たこ焼きはいらんかい? お好み焼きもあるでー!」
「いらっしゃい! イカ焼き食べてってやー」
 裕輝の声に被る様に、瀬山 慧奈(せやま・けいな)も声を張り上げる。
 ビリ……
 二人の間に走る緊張感。
「はぁーん? お兄様に被るたぁ、ええ度胸やなぁ」
「何言うとんのバカ兄貴? ウチが手伝ってやっとるだけ有難く思わんかい」
 しゅたっ。
 しゅたたっ。
 裕輝は千枚通しを、慧奈はプレス機を構える。
 ちなみにここで言うイカ焼きとは、小麦粉にイカを入れて焼いたものを言う。
「でりゃぁああ! 千本たこ焼き返し!」
「はぁああああ! 高圧プレスぅ!」
(※技名に意味はありません)
 同じ店内で火花を散らしあう二人。
「「さあ、お客さんいかが!?」」
「えーっと……焼きそばください」
「はい、毎度ありがとうございます」
 竜斗が選んだのはそのどちらでもなかった。
 マイペースでじゅうじゅうと焼きそばを焼く鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が、パックに入った焼きそばを手渡す。
「くっ……勝負はまだまだやでぇ」
「ええ気になんなー」
 膝をつきながら悪態もつく二人を余所に、偲は淡々と焼きそばを焼いている。

「なんか……お隣、すごい店が来ちゃったねえ」
「どんな環境でも自分は全力を尽くすだけであります」
 裕輝たちの店の隣には、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の店。
 扱っているのは甘い香り漂うチョコバナナ。
「にしても、何だか今日はやたらと売れ行きが早いわねえ」
 コルセアが首を傾げるのも無理はない。
 今日はチョコバナナの売れ行きがとんでもなく良いのだ。
 中には、大量買いをしていったマントの青年もいた。
「くぅう……よーさん売りおってぇ。憎い、憎いでえ……」
 隣りの店の、裕輝の刺すような視線が痛い。
 それを一身に受けているのは吹雪たちの店の、怪しい客引きイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)
 タコ型の体をうねらせて客を呼ぶものの、見たものは全員逃げていき逆効果バッチグー。
「あのタコめぇ……ん、タコ?」
 裕輝は自分の手に持つ千枚通しをふと見つめる。
「タコ……」
 にやり。
「びくぞく!?」
 裕輝の笑みに、言い知れぬ恐怖を抱いてすくみ上るイングラハムだった。
「完ー売!」
 ぱちぱちぱち。
 そうこうしている間にチョコバナナは売り切れてしまった。
「どうしましょう。まだまだお祭りは始まったばかりなのに」
「このままでは祭りに穴が開いてしまうでありますな」
 完売は喜ばしいものの……腕を組んで考える吹雪たち。
 その視線の先に、すくみ上るイングラハムの姿。
「そうだ!」
「え?」
 吹雪は早速作業に取り掛かった。

「よし、腹ごしらえの次は、定番の金魚すくいだ!」
「わあ、私、初めてです」
 次に竜斗とユリナが向かったのは金魚すくい。
 しかしそこには、とんでもない先客がいた。
「よぉおーし、おっきーデメキンはあたしのものっ!」
「が、がんばってくださいマーガレット。私の分のポイは託します!」
「小娘共が…… その無駄な勢いは金魚すくいでは命取りであろう」
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)桐条 隆元(きりじょう・たかもと)たちが金魚すくい対決の真っ最中だった。
「たあああああーッ!」
 マーガレットのポイが激しく上下する。
 それと同時に、金魚が何匹も宙に舞う!
「な、何ぃ、あれは伝説の……」
 その勢いに、思わず裕輝が解説に入る。
「禁断の、裏拳ポイの舞! 紙ではなく、ポイの枠部分で金魚をすくい上げることで、ポイのダメージはほぼ皆無で金魚を大量にすくい取る技!」
「ふっ、愚かな……金魚すくいのきの字も知らぬ甘い技なのだよ」
「方や、隆元は普通にポイを……い、いや違う!」
 解説兼実況の裕輝の声に驚愕の響きが混じる。
「水で、水で濡らしている! ポイをあらかじめ濡らすことで破れにくくする地味ーな技や!」
「更に、狙う金魚は水面にいる奴のみ。酸欠になって弱っている金魚を狙う事で、確実にポイントを稼ぐのだ」
 斜めに入れ、斜めに出す。
 ポイの一動作一動作全てを計算し尽した、隆元の動き。
 地味なようで、少しずつ少しずつ、手元の金魚は増えている。
「くッ! しかし、勝負はまだまだっ! リース!」
「は、はいっ!」
 マーガレットが跳ね飛ばした金魚を、手元の椀で次々に受け止めるリース。
「大きなデメキンさんは得点2倍。リードしていますよ」
「よぉし、このまま逃げ切るよ!」
 マーガレットとリースが気合を入れ直した時。
 ぽん。
「お客さん……困ります」
 ストップがかかった。
 金魚すくいの店主だった。
「ポイが破れてしまったら金魚すくいはおしまいにしてくださいね」
「はあ……い」
「すみません……」
 店主の一言により、そもそもポイが破れていたため金魚すくい対決は終了。
「そ、それでもあたし達の方が桐条さんよりいっぱいすくったもん!」
「今、確認しますね」
 椀の中に入った金魚を計測しようとするリースとマーガレット。
「あー、それとお客さん。ポイの枠で取るのは禁止ですからね」
 ひょいぽちゃひょいぽちゃ。
「あ……」
「ああーっ」
 デメキンが、金魚が、マーガレットのすくい取った金魚のほとんどがプールの中にリリースされる。
「勝負あったな」
「むぐぐぐぐ……」
「うぅ……」
 隆元の手の椀の中には、かなりの数の金魚。
 その勝敗は、火を見るより明らか。
「こ、今回も勝てなかった……!」
 がくりと項垂れるリースとマーガレットを背に、竜斗とユリナはその場を離れた。

「すごかった、ですね……」
「ああ、俺達の出る幕がなかったな……ん、よし、次はあれだ!」
 竜斗が指差した先。
 それを見たユリナの瞳が輝いたのに、竜斗は気づかなかった。

「わぁい、竜斗さんこのタコさんぬいぐるみ可愛いですねー。こっちのタコ足セットも便利そうです」
「あぁ……」
 竜斗が向かった先は、タコのマークが印象的な射的屋だった。
 吹雪たちがイングラハムをヒントに即興で作った出店。
 的はもちろん、イングラハムの足だ。
「竜斗さん……あれ!?」
 ついついはしゃいだ様子で竜斗に話しかけたユリナははっと気づく。
(竜斗さんが、落ち込んでいる!)
 金魚すくいでもいい所を見せられなかった竜斗は、射的でユリナに大敗したことに相当ダメージを受けてしまったらしい。
「あ、あの竜斗さん、のど渇きません? ちょっとあそこのお店で休んでいきません?」
「あぁ……」
 ユリナが慌てて引っ張った先は。
「いらっしゃいませ。冷たいお飲み物と、デザートはいかがですか?」
「キー」
「わぁ、可愛い!」
 そこは、ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)の店だった。
 トゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)とサルが、二人を出迎える。
「キキー」
 ひらりと、サルが手にした板のようなものを見せる。
 各種紅茶(アイス・ホット)
 チャイ
 フルーツジュース
 フルーツシャーベット
 バニラアイスのフルーツ添え
 フルーツ入りフローズンヨーグルト……
「まあ、お利口さんですね」
 それは、メニュー一覧だった。
「ハーイ、3名様お待ちどうさまネー!」
 元気のいい声が聞こえてきた。
 カウンターのように作られている店先では、ディンスがたった今調理したばかりのフルーツを添えたシャーベットを差し出している。
 それを受け取ったのは。
「はー」
「ふう」
「ふむ。勝利の味は格別であるな」
 つい先程まで、金魚すくいで熾烈な争いを繰り広げていた、リースたち3人だった。
「勝利か……はぁ」
 射的のことを思い出したのか、遠い目をする竜斗。
「竜斗さぁん……」
 フローズンヨーグルトを2人分注文してから、ユリナは竜斗の隣に座る。
「あの、これで……機嫌治してください」
「ん?」
 ユリナの声が、妙に近くで聞こえた。
 ちゅ。
「うわ!?」
 頬に、ユリナの柔らかい唇が触れた。

   ※※※

 賑わう境内の片隅で、何やら作業している者たちがいた。
「ふふふ……ついに、ついにこの時が来ました!」
「気合入ってんなぁ」
「当たり前です! ついにここパラミタにて、神事を行う側ではなく、こちら側に回ることができるのですから!」
「へー、なんだか楽しそうですね」
「もぐもぐもぐ……おいしい」
 阿部 勇(あべ・いさむ)を中心に、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)たちはとある仕掛け作りに余念がなかった。
 一部、様子が変な者もいたが……
「よぉし、わしも何だか気分が乗ってきたぜ。やんなら徹底的にやるぞ!」
「わあ、どんなのになるんでしょう」
「ありがとうございます。あなた達のその言葉を待っていました! もっとも返事はハイかイエスかウンしか受け付けないつもりでしたが!」
「ひ、ひっく……ふぇえええ〜ん!」
「……って何なんださっきから!」
 突然泣き出した羽純に思わず大きな声を出す甚五郎。
「羽純ちゃん、どうしたんですか?」
「あ、アイスを……落とした……うわぁああん」
「……はぁ?」
 顔を見合わせる甚五郎たち。
 どちらかというと子供っぽい立ち位置の彼女ではあったが、果たしてこんなキャラだったのだろうか?
 よく見ると、手にはシャーベットの器にお好み焼き、たこ焼きイカ焼きチョコバナナ。
「ちょ……どうした?」
「そんなに食べたらお腹壊しますよ」
「ここの仕掛けは……こうなって、ああなって……」
 心配そうに羽純を囲む面々(一部除く)。
 それを余所に、ひたすら食べ続ける羽純。
 やがて。
「ん……満足」
 羽純は目を瞑る。
 ぽわん……羽純の体から、淡い光がまろび出た。
 暖かなその光は、ふわりと宙に浮かんで、消えた。