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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

リアクション

(これは……一人では厳しいかも、しれんな……)
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は、マンティコアの口から覗いたてらてら光る貪欲な牙を見ながら、息詰まるように思っていた。
 特に小動物を借りることもなく、淳二は洞穴に入った。道標はなく、それでも幻獣と戦い、探索の危険を除くのが目的だった。
 そんな時、洞窟内に響き渡った、エレキギターの音が注意を引いた。
(何か起きているのかもしれないな)
 そう思って向かった先で、やはり音に気を引かれて寄ってきたマンティコアに遭遇したのだ。
「やはり、人を食う幻獣だな……」
 普通の獣なら、大きな物音がしたら避けるものだろう。だが、そこに人がいると認識してやってくる。それは人を狩る魔物の本性だ。魔道書ベスティに属している存在である限り、その本性は抑えられているのかもしれないが、玄王獣に操られて今はそれを解放している。
 コウモリの翼を広げて飛びかかってくるマンティコアの牙を避け、『アルティマ・トゥーレ』を放つが、紙一重の所で飛んで避けられる。その去り際に、振り回した毒針の尾が掠めそうになり、間一髪で避けた。槍斧型の光条兵器を構えて攻撃しようとするも、相手の動きが素早く、猛毒を見舞うであろう尾のリーチもバカにならない。
再び牙をむき出して襲い掛かってきたところを躱し、『闇術』を放つ。ヒットしたので、少しは動きが止まるかと思いきや、暴れ出して危険な状態は変わらない。機敏に避けるにも、少しばかり窮屈な広さが邪魔をする。それに、尾の方には闇術の影響が出ていないらしく、執拗に淳二を狙う。
 本気を出してかからねば、こちらがやられる。――獰猛で貪欲な人食い獣を睨む。
 ただ、幻獣は魔道書の力の具現であり、幻獣に与えるダメージはそのままベスティのダメージになるという。なるべくダメージを与えずに身柄を確保したいところだが……
(失敗するかもしれないな。だが……一人では、これ以上は難しい)
 得物をぐっと握りしめる。その時、
「避けよ!」
 上方から声が降ってきたかと思うと、顕仁が『フロンティアソード』を構えて降ってきた。ソードが真上からマンティコアを貫き、獣は二つに折れるかと思うほど体を反り返らせて苦悶の叫びをあげた。
 剣を携えた顕仁の姿はすぐに消え、一瞬遅れてその体があった場所を、毒針の尾が力なく掠めた。闇術で不調を起こしていたところに剣で刺し貫かれ、マンティコアはよろよろと何歩か進むと、ぐらりとよろめき、地に体を横たえた。
「怪我なかった?」
 呆気に取られて見つめる淳二のもとへ、泰輔と顕仁が駆け寄ってきた。
 顕仁は泰輔の協力を得て、『召喚』でマンティコアの真上にテレポートし、フロンティアソードでその身体を貫いたのだ。そして、再度召喚によって、反撃を受けるより早く退いた。
 タイミングが肝要な奇襲攻撃だったが、マンティコアが淳二との戦いに没頭していたため、こちらに気付かれずに済んだ。
「驚かして悪かったな。ほんまは先に一声かけとくのが筋やったろうけど、一瞬の隙を突かなあかんかったから」
「……いや。助かったよ」
 正直、他の人の協力が必要だろうと思っていたところだった。淳二は素直に礼を言った。
「けど、あんなに派手に傷つけて大丈夫なのか」
「意識を失ったらすぐに捕縛して、動きを完全に抑えたところで『ヒール』で回復させる」
 それで何とか、ダメージを最小限に抑えるしかない。地に伏せたまま苦しげに息を吐くマンティコアの口から覗く牙の鋭さを見ながら、三人は今度はそのタイミングを待った。


「だいぶこの辺りは瘴気が酷いようですね」
 東 朱鷺(あずま・とき)は、入り口でトキの導きで、洞窟のかなり奥の方まで歩を進めていた。
 彼女の目の前では、カラドリウスが羽ばたき、大きいとは言えない体で精一杯威嚇するように、何度も朱鷺の頭を掠めるように飛びかかってきていた。しかし、嘴は小さく爪も鋭くなく、飛びかかるだけの単調な攻撃は、正直攻撃として受け止めるほどの脅威でもない。同行したトキの、威嚇を返すような、何かを訴えるような鳴き声にもひどく警戒している様子で、まともに攻撃するのが気の毒になってくる。
 朱鷺はかなり加減して、『八卦術』を作動させ、小鳥を撃ち落とした。威力的には空砲のようなものである。はたして、カラドリウスは失神した。だが朱鷺の術の抑制が効いたおかげで外傷はない。
「脳震盪を起こしてしまったのでしょうか……」
 しかし、そのうち目を覚ますだろう。両手で抱えるには苦もない重さなので掌に載せていると、辺り一帯の瘴気の酷さに改めて気付く。スキルで状態異常への耐性を強化してはいるが、完全にその影響を遮断できるというわけではない。長時間洞穴内部に留まっていれば、そのうち体に悪影響が出るだろう。
「祓っていきましょう」
 八卦術と、特技の陰陽術を使い、空気から汚れを祓っていく。すると、突然カラドリウスがぱちっと目を覚ました。朱鷺の手を離れ、しばらくぱたぱたと羽ばたいていたが、やがて大人しく朱鷺の肩に留まると小さく鳴いた。その様子に、先程のような敵意はない。どうやら玄王獣のコントロールから離れ、自我を取り戻した様子である。
(瘴気を祓ったら、我に返った?)
 玄王獣は、己の瘴気を獣に吹き込んで意識を危うくさせ、それによって己の意のままにしていたのだろうか。そんな考えがふと朱鷺の頭をよぎるが、今は確かめようがない。
 カラドリウスは大人しく、朱鷺に従いそうな様子である。聞けば、人の病を吸い取る性質があるという幻獣だ。人体に有害な瘴気が多く溜まっているだろう洞穴奥部で、この鳥の性質はいかにも有益だ。それに本人(本鳥?)にもその気があるように見える。鳥のお供が二羽に増えた、と、朱鷺は微かに口元で笑む。
「では、行きましょうか。凝って濁る害の気を祓いに」
 鳥たちと共に、朱鷺は進んでいく。