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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

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第4章 祠

 祠修復組の契約者たちがようやくそこに辿り着いた時、壊された祠はその全容を現した。
 おそらく、この巨大洞穴内で、ここは最も開けた広い空間なのだろう。その広場の真ん中に、崩れた石塔のようなものがあった。それを、丸く囲んだ地面に何か、魔方陣を思わせる紋様が描かれていたが、崩れた石や地に走った亀裂などで何か所も途切れている。
 その丸い地面を囲むように溝が掘られていて、溝は円を挟んで広場を突っ切っている。
 HCを使ったマッピングによると、この場所は洞穴内でも西北の一隅に位置する。その西側の壁の辺りは崩落しており、黒い獣が外から確認したとおり、完全に塞がっている。
 まさに廃墟という様相だ。
 そして何より……濃い瘴気で空気が暗く濁り、その奥には幻獣がいる。

「グリフォン2頭……あれが彫像だったら、祠の守護者って感じで、雰囲気ぴったり合ってたかもね」
 笠置 生駒(かさぎ・いこま)が、その影を見ながらため息を吐いて小さくぼやく。そうであってくれれば面倒は減ったのに。とはいえそんな悠長なことを言っている場合ではないとはもちろん分かっている。
「にしても瘴気が酷いな」
「風術で掃えるかしら」
 眉を顰めたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、濁った空気を見やりながら返す。
 その濁った空気の向こうで、幻獣がぐるるる…と歯をむいて唸る声が聞こえる。
「翼があるよ。飛んで仕掛けてくるかも」
 北都は油断なく構えながら、『行動予測』を使う。
「ウキー(威嚇は任せろ)!!」
 腰布を巻いたチンパンジーにしか見えない英霊のジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)が、グリフォンの気配に向かって鋭い声を立てる。揺籃の黒い獣も、静かに身構える。
 クナイとルカルカが風術を使って瘴気を吹き飛ばすと、2頭のグリフォンが飛びかかってくるのが見えた。
「みんな、気を付けて!」
 乱闘が始まった。――2頭のグリフォンは翼で高く飛び、鋭い爪を振りかざす。
 彼らを何とかしなくては、この場で祠修復の作業などできようはずもない。だが、攻撃をかわして『エイミング』で応戦する北都など、それぞれに契約者たちがスキルを持って戦いに挑んでも、2頭を同時に相手にするのは骨が折れることだった。彼らは連携が取れていた。1頭を相手にしているともう1頭が脇から飛び出して襲いかかり、契約者たちを翻弄する。
 と、突然、襲いかかろうとしていた一頭がぴたりと動きを止めた。――石化だった。
「怪我は、してない……よね?」
 広場の天井近くに浮かんだ『空飛ぶ箒』の乗った、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)だった。

(幻獣さん……攻撃したく…ないなぁ)
 小動物は伴わずに洞穴に入ったネーブルが立てた計画は、幻獣の石化だった。こちらへの反撃を封じるとともに、攻撃して傷つけてしまうことも避けられる。『我は科す永劫の咎』で石に変えて入り口まで連れ出して、魔道書達が保護した後『我は解く永き苦役』で石化を解除してあげればいいのでは、と考えた。
 ただ、石化させてる間が凄く申し訳ない気がする。できる限りで終わらせるつもりではいるが。
(だから、石に、しちゃうこと……その…、ごめんなさい……)
 操られているだけで悪意はもともとないはずの幻獣たちに心の中で謝りながら、ネーブルは『光学迷彩』で姿を隠して洞穴内を進んだ。装備した『万華眼』で幻獣を探しながら行ったが、小動物のレーダーを使わず道案内がなかったためかやや出遅れ、どの幻獣にも行き遭わぬまま辿りついた先は封印の祠のある広場だった。おりしも、契約者と雌雄一対のグリフォンとの乱闘の真っ最中。
 その光景を見て、
(…。やっぱり、石化は、可哀想だけど……怪我、させちゃうより……いいよね?)
 意志を固めたネーブルは、姿を隠したまま空飛ぶ箒で、広場の上空へと昇った。グリフォン達は地面の上で対峙する契約者たちに注意を向けていたため、気取られることなくやすやすと幻獣たちの頭上を取った。
 そうして、狙いを定めて一体のグリフォンに『我は科す永劫の咎』を放った。

 残されたグリフォンが、逆上して上空のネーブルに向かって飛ぼうとする。それを妨げるように、揺籃の黒い獣が目の前に飛び出した。互いに魔道書の力の具現、何もやり取りはなかったが、黒い獣はグリフォンを説得しようとしているかに見えた。しかし、操られるグリフォンには通用しなかったのだろう。鋭い前肢の一振りで、黒い獣は吹き飛ばされた。
 直後、その前脚を上げたままの姿でグリフォンが固まった。今度はクナイの『我は科す永劫の咎』が決まったのだ。石化での撃退策を用意していたのは彼もまた同じだった。
 こうして、グリフォンは捕獲された。


 祠の修復作業が始まろうとしていた。
「まずは一旦、この辺りの石をどかして、魔方陣? かな、この模様を描き直す方がいいかも」
 崩れた祠を丸く囲む魔方陣じみた紋様を見ながら、ルカルカが提案する。
「あの崩れた風穴も、もう一度開通させるべきだね。瘴気は一度掃ったけど、やっぱり空気が悪いから、換気のためにも」
 北都が、外からも確認できた風穴の跡を指して言う。
「あれが、封印を維持する『地水火風』のうちの風を招いているのだとしたら……」
 ダリルが考え深げに呟き、広場の様子を見回した。
「魔力ではなく実際の地理から得られる『気』が使用されているのだろうな」
「そうすると、これはきっと『水路』なんだろうね」
 生駒が、円形の地形をぐるりと囲む溝を指して言った。ただ、水は流れていない。
「どこかで、崩落か何かで塞がったんじゃろうな」
 ジョージが唸った。あの石盤の文言から考えるに、水は風の反対側から来ているらしいから、風穴の跡のある壁とは反対側に続いている溝を辿っていけば、その場所に辿りつくだろう。ただ、水路を完全に塞ぐほどの崩落だったら、手間のかかる修復作業となるかもしれない。
「ワタシたちは水路を直すよ」と、生駒。
「僕たちは、もう一度風穴を開けるために頑張ってみるよ」北都が言った。
「では我々は、封印を含めた祠自体の修復に着手しよう。分析できることもあるだろうからな」ダリルが言った。
 凛はシェリルとともに、壊れて散らばった祠の岩の欠片を拾い集めることにした。


 ダリルは『サイコメトリ』『博識』『秘宝の知識』、また装備した『ホムンクルス』によるオカルト知識などを総動員し、ひどく古い魔方陣の跡をくまなく調べて修復方法を探った。5千年の時を経ているためか、『サイコメトリ』はなかなか難しかったが、それでも大した問題はなかった。封印手段は地水火風を用いるなど大仰なものではあるが、さほど緻密なものではないということが分かったのだ。実際、大味すぎて意外なほどだった。それだけに、封印に必要な力の大半は、刻まれた呪術的な紋様よりも地水火風の力によるところが大きいのだろうと察せられた。
「大して手間は取らずに済みそうだ、ルカ」
 ダリルが声をかけると、しゃがみこんで封印の紋を検分していたルカルカはうかない表情の顔を上げた。
「魔力を注いでこの紋を刻み直し、風と水を通せばいいようだ。地と火の気は、この地にはすでに十分に満ちている。というか、それがあるからこの場所が選ばれたのだろう。
 火山に繋がった、地面の下なのだからな。祠自体は、形状に縛りはない。乱暴に言えば、形だけのものだろう……ルカ?」
「……ダリル。どうしても……封印するしかないのかな?」
 気乗りしていない声だった。
 玄王獣は確かに、人間にとって脅威だったかもしれない。だがどんな動物だって、人間の都合に合わせて存在しているわけではない。人に追われた挙句何千年も封印される、それは人間のエゴがもたらした結果ではないのか。他の動物と玄王獣と、何の違いがあるというのか。その違いは、人間が引いた勝手な線で分けられるものではないのか。
 そう思うとルカルカの胸は痛むのだ。
 ダリルはそんな彼女をじっと見た。――彼女の気持ちは分かる。実に彼女らしいと思う。実際、長い年月を闇の中で封印される苦しみを味わっているダリルとしては、玄王獣の身の上につい自分の過去を寄せてしまいそうにもなる。
 ルカルカが望んでいることは分かる。玄王獣が自ら手を引き、封印などという惨い措置を受けなくてもよくなるということは期待できないか。
 分からない。できるかもしれないし、できないかもしれない。できなければ……やはり。
「白颯を、鷹勢のもとに帰さねばならんからな」
 その言葉で、ルカルカの瞳が揺れる。立ち上がり、薄く微笑んでダリルを見た。
「そうだよね。……じゃあ、まず、紋様を直そうか」


「これ……」
 岩の欠片を拾っていた凛が、拾ったものをシェリルに見せた。
「……石盤?」
 平たい石に、何か文字が並んでいる。
「やっぱり、石盤は他にもあったですわ! 持ち運びできる大きさですし、これをパレットさんに届けて、読んでいただきましょう」
「うん、そうだね」
 頷きながらシェリルは、封印に関してはもうこの場にいる人間の知識で何とかなりそうだが、何か急いで解読してもらわなければいけないことがあるだろうかと一瞬考えた。だが、凛は顔を輝かせているし、もしかしたら何か思いがけない情報があるかもしれないのだから、そんなことはわざわざ言う必要はないだろうと思った。


 やがて、轟音の後、薄暗い広場に一筋の光が差し込み、風が吹き込んできた。
「お上手ですよ、見事に開きましたね」
「はぁ……やれやれ……」
 クナイが示した標的にめがけて放った北都の『百獣拳』が、見事穴を塞ぐ岩盤を打ち壊し、広場に風を通した。