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リアクション
「もふもふ♪ もふもふ♪」
「うぅ……ユニコーンよ、そなたは分かってくれるじゃろうな(…わらわが乙女であると)」
地下水でじめじめと足元の悪い通路を、レキ・フォートアウフと、未だに何か引きずっているらしい暗い表情のミア・マハが、ユニコーンを連れて歩いている。レキは楽しげに、柔らかいユニコーンの鬣を構っている。乙女の力ゆえなのか、レイチェル・ロートランドの制止以来、ユニコーンはすっかり大人しくなっている。
「……だいぶ地面がぐちゃぐちゃと濡れてきておるが、この調子で行き着けるのだろうか」
その時、岩陰からさっと現れた影があった。――アルツール・ライヘンベルガーである。
「おや、君たちか。ユニコーンを捕獲したのだな」
「うん、ボクたち、地下水の水脈を辿ってるんだ」
「それなら、こっちに水源がある。しかし、どうして」
アルツールの問いに、レキは自分のHCを示しながら説明した。――祠修復組からの連絡があって、封印の仕組みと、水が瘴気で汚されていることが分かった。ユニコーンの角には、あらゆる水を浄化する力がある。 地下水を水源により近い場所で、ユニコーンの力を借りて浄化できれば、封印が再び機能する。なので二人は、こバシリスクやマンティコアを洞穴外に運ぶという大久保 泰輔たちと別れ、ユニコーンを連れて地下水を浄化させられる場所を探していた、と。
アルツールとシグルズ・ヴォルスングは当初の予定通り、封印に必要と思われる『水』を確保しようと探索した。首をぐるぐる回して道を示すフクロウの導きか、道中、幻獣や玄王獣に行き当たることもなかった。結果、地面の染み出た地下水を辿り、水が地表に湧き出る最も根源であると思われる場所を突き止めていた。
「なるほど、弱い岩盤から水が染み出る場所があるということか。そこから集めた水を、水路に流している、と……」
アルツールは呟いた。
「水に混じった瘴気さえ除けば、水路につかえた土を除去して、すぐにも水を流せるって」
「そういうことなら急ごう。こっちだ」
玄王獣に気付かれぬよう再封印の準備を進めることが一番肝心な至急の用と考えていたアルツールは、その準備がほぼ整ったという知らせに安堵した。しかし、水を浄化するという最後の大仕事が残っている。一同はぬかるんだ土を踏んで、水源に急いだ。
水源にはシグルズが待っていた。地面からは確かに、水が他の場所よりも、じわじわと勢いよく出ている。事情を説明すると、シグルズは『レプリカ・ビッグディッパー』を振り上げた。地面に降りて湧き上がる水を見つめていたフクロウが、ぽう、と一声鳴いて後ずさる。
「角を差し込むというのなら、穴を開ける必要があるだろう」
そう言って、シグルズはレプリカ・ビッグディッパーを地面にたたきつけた。重い響きが地を走り、地面が抉れる。抉れてできた穴に、やがてじわじわと水がたまる。
「乙女として命じる。水を綺麗にして! お願いね」
レキのちょっと芝居がかった感じの命に、ユニコーンは大人しく、角をその水たまりに差し入れた。
みるみる水が澄んでいくのが、誰の目にも見て取れた。
「んぎゃあごめんなさい許してくださいご主人様助けてくださいネガティブ侍――――ぶぎゃあっっ」
リキュカリアの召喚獣たちと共に玄王獣に向かって投げつけられたンガイの叫びがこだまする。そして、懇願空しく(止まるすべがないので)直撃する。
「ぐわぁ臭い臭いくっさ! くっさ! 何を食ったらこうなるのであるか!!」
瘴気は臭いらしい。吐き出される瘴気は口臭と同程度の認識らしい。這う這うの体で逃げ帰った。
鉄心への反撃で魔道書から注意が逸れたと見たリキュカリアは、すかさず召喚獣(+ンガイ)を玄王獣にぶつけた。その中にはフェニックスがいた。パラミタのフェニックスは、玄王獣が狙ういわゆる「不死鳥」とは多少違うはずである。だが、不覚を取って動揺していたか、玄王獣はまんまとつられた。鼻先で翻る翼を見て、ベスティから鳥が出てきたのだと勘違いし、その口が緩み、魔道書が離れた。
鉄心がそれを拾い、すぐさま身を翻して駆け出した。ティーとイコナがそれに続く。
空中で羽ばたくフェニックスが囮であると、空中に脚を伸ばしかけた玄王獣が気付くより早く、召喚獣はリキュカリアの元に戻った。
「やったねリキュカリア! これでもふもふも救われる!」
東雲が手を打って変な喜び方をしている。隣では顧みられないンガイが背を丸めて震えている。
『おのれ……!』
ペテンにかかったと分かった玄王獣が、怒気を露わに鉄心らの走り去った後に目を向けるが、当然ながら3人の姿がもうそこにあるはずがない。駆け出そうとした玄王獣の鼻先を掠めて、地面に突き刺さるように雷が落ちる。
「追わせませんよ」
真人の放った雷術だった。だが、彼が玄王獣に近付くより早く、恭也が間を割るように立ち塞がった。
「こいつは俺には任せて先に逃げろ! ベスティを無事に外に出す手伝いをしてやってくれ!」
洞穴内ではまだ何が起こるか分からない。封印までまだ時間稼ぎも必要だろう。足止めはひとりで引き受ける、そちらに回ってほしいという訴えだった。
「え、けど、その台詞って死亡フラグな気が……」
「気のせいだ!」
真人は白き詩篇と顔を見合わせた。確かに、ベスティを無事運び出すまでは何があるか分からない。3人だけでは心許ないこともあるかもしれない。2人は恭也の言葉に従うことにして駆けだした。
「さぁ、そんなわけで、俺に付き合ってもらうぞ……!」
恭也は改めて、目の前の玄王獣を睨む。
睨み返す玄王獣が、荒々しく息を吐く。瘴気が立ち込める。
「ボクたちはどうする? 封印の場に向かってみようか」
「けど……本当に一人だけに任せて大丈夫かな」
そう返してきた東雲に、リキュカリアは眉を顰める。この暑さと、掃っても掃っても溢れる瘴気の中で、彼の体が心配なのだ。
「もう暑さも限界である! いい加減もふもふに戻りたあああごめんなさいご主人様もう投げないでででで」
より素直な心情を高らかに表したンガイは、リキュカリアに頭を掴まれて速攻で泣きつく。
「しかし……あの玄王獣とやら、このままではどのみち封じたところでまた同じことを繰り返す気がする」
三郎景虎が、双龍刀を抜きながら暗い口調で呟く。
「死者が生者を脅かしてはならない。……死を受け入れてもらわねばならん」
「……三郎さん……」
東雲は剣呑としたその目を見ながら、続く言葉も思いつかず、ただぼんやりと呟いた。
発破の音が響き、それから祠のある広場に、爽やかな水音が溢れた。
清浄な水、清爽な風。それらが広場の土まで新しく鮮やかな色に変えていくかのようだった。
土の中に、今なお微かに燃え立つ溶岩石の火の気配。風を受けて青く輝き、水と相対して引き立てあう。
刻まれた紋様に、魔力が満ちていく。
――再封印は、自動的に始まった。
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