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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

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終章 玄獣


 藤崎 凛が回収した石盤に、呪術に使う言語とは関係ない、いささか古い表記のパラミタの言葉で書かれていたのは、以下の内容である。



 遥か昔、パラミタの大地に玄獣と呼ばれる魔獣がいた。

 ドラゴンのように巨大でも脅威でもなかったが、知能が高く、三日三晩休まず大地を駆けるという体力と、荒野や瘴気の湿地などの悪環境でも生存できる優れた適応能力を持っていた。

 やがてパラミタが戦火に包まれた。
 とある兵器研究所が、大量の敵を殲滅させる毒ガスを開発する中で、その毒を身に溜めて敵陣に運びまき散らす「運び屋」役として、玄獣に目を付けた。

 大陸中の玄獣が次々に生け捕りにされ、研究所に送られた。
 ガスにその身を慣らすため調教、改良を繰り返され、その過程で多くの個体が死んでいった。
 そして改良に次ぐ改良の末、玄獣は有毒のガスを我が物とし、己が毒によって己が身を生かす凶獣へと変化を遂げた。
 しかしその時には、玄獣は、かつてとは比べ物にならないほど獰猛で狂暴な性質を帯びており、心には人への憎悪が満ち満ちていた。
 ついには開発した人間たちに反逆して研究所を壊滅させ、人間を無差別に襲い始めた。
 凶獣は玄王獣と呼ばれた。


 玄王獣を生み出したのは戦争である。
 否、正しくは、戦争へと突き進み殺戮に陶然となった人間の愚行である。

 その身と一体となった瘴気と、死してなお消えぬ憎悪で、獣は魂までも穢された。
 ここに眠る玄王獣は、人の手で殺された同胞らの残した無念を悉く背負った最後の一頭なれば、尚更のこと。

 戦いに没頭した人間は穢し、殺し、壊すことは思いついても、浄め、癒し、償うことまでは考えていなかった。



 土は融解する。

 水は洗い浄める。

 風は掃う。

 火は焼き浄める。


 人の子の手には余る浄化は、悠久の自然と無限の時に任せるよりほかはない。
 だがそれによって、かの獣らを苦しめ、贖うことも能わぬ愚かさ、罪深さが消え去るわけではない。


 我は誓う、たとえ我ひとりとなったとしても忘れまじ。かの獣らの悲劇のさだめと、それをもたらした我ら人の子の業を。
 我は願う、たとえ膨大な年月が要されようとも、いつの日にか


 その先は損傷が激しく、もう読み取ることは出来なかった。




「水や風が封印に必要だった理由が、これを読んでわかったよ」
 石盤を見つめて、パレットは、誰にともなく呟いた。
 地や火はともかく、水や風は、『封印』というより『浄化』を連想させる。玄王獣を封印した呪術師の真の狙いは、死してなお憎悪に取り憑かれてこの世に縛られる玄王獣の魂を封印によって眠らさせている間に、大自然――地水火風の力によって浄め、瘴気と憎悪を洗い、無垢な霊に還して、恐らくは……自然に昇天させることだった。
 そしてそのことを、彼は石盤にしたためて残した。
 あたかも、人としての罪悪感を代表するかのように。

 すべてが終わり、契約者も、保護された幻獣たちも、洞穴の入口から外に出ていた。シャンバラ大荒野の上の青空は、少し日が傾いた陰りを見せているだけで、広大で平穏な色は、彼らが洞穴に入っていく前と何も変わっていなかった。


 その空へ、吸い込まれるように飛んでいく鳥の影があった。
「あ……っ」
 カラドリウスであった。だいぶ傾いたとはいえ、まだ眩く空にかかる太陽に向かって飛んでいく。直射日光に目を射られて一瞬、朱鷺が目を離している間に、その影は点のように小さくなっていく。
「カラドリウスが……」
「大丈夫。すぐに、戻ってくるから」
 呟いた朱鷺に声をかけたのはベスティだった。契約者たちによって無事助け出されたベスティは、やや疲れはあったが負傷もなく、今は人の形に戻り、己の中ですっかり怯えていたフェニックスをなだめていた。

「カラドリウスは、病を吸い込むと、太陽に向かって飛んでいく。太陽の光と熱で、病はカラドリウスの体から蒸発して消えてしまうんだ」


 その言葉をベスティの傍らで聞きながら、五百蔵 東雲は、カラドリウスが飛んで行った方の空を、手をかざして直射日光を避けながらじっと見ていた。
 己の翼で浄化の日輪へと飛んでいく小鳥の影を透かし見ながら、今、浄化の日を封印の下で待つ玄王獣はどんな思いでいるのだろうかと、一人、思った。


「皆さん、ありがとうございました。……助けていただいて」
 契約者たちに頭を下げるベスティの横には幻獣もその他の動物たちも、誰ひとり欠けることなく揃っていた。