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リアクション
「……はぁ……」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、荒くなる呼吸を抑えて、庭園の片隅の、空いたテーブルの椅子に座り込んだ。
隣りに立つ
アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が、心痛を堪えた表情で彼の様子を見守っている。
「主、無理をしてはなりません……今、何か飲み物を参りますから」
アウレウスの言葉に、しかし、と返したいグラキエスだが、歩き回って消耗した体が言うことをきかない。分かった、という風に頷くしかなかった。
(主……俺の失態を咎めるどころか、ご自分の不調を押してまで……!
何としても、主のお心に応えねば!)
アウレウスは背を向けることで、感に堪えず滲み出る涙を隠し、離れた所に見えるグラスを運ぶ給仕の方へ歩き始めた。
(眩暈がしてきた……。
俺がこんな様だから、アウレウスに無理をさせるのか……)
グラキエスは椅子の背に凭れ返って、胸苦しさから喘ぐように息を吐く。それだけ体が辛くなっていた。
――胸部を損傷し、魔鎧でありながら魔鎧形態に戻れなくなってしまったアウレウスを治療できる物、もしくは治療法の知識を求め、魔鎧職人が多く集まると聞いたこの宴に、衰弱した体を押してやってきた。だが、なかなか聞き込みの成果の上がらぬまま、体力を消耗して歩くのもままならなくなってしまった。
いつも自分を守ってくれるアウレウスを、治してやる力も自分にはないのかと思うと、情けない……
「ねえ君、ちょっと」
「……?」
気が付くと、テーブルの傍らに一人の男が立っていた。
若い男のようだが、マスケラを着用していてどことなく怪しげな雰囲気がある。
「なかなか面白い……その魔力、魂……容姿も……」
「誰だ……?」
警戒して目を狭めるグラキエスを押しとどめるように、マスケラの男は軽く手を振る。
「まぁまぁ。その君の【誓いのイヤリング】を見てピンときたんだ、君は、僕の作品と契約した人なんだね」
「……! あなたは、アウレウスの創造主なのか?」
それを聞いたグラキエスは、疲労しきった体を押して立ち上がった。
「そうか、あなたがアウレウスを……よかった、願ってもない人が……」
男に向かって頭を下げる。
「お願いだ、アウレウスを治してくれ。今アウレウスは、怪我をして魔鎧になれないんだ」
「怪我を?」
「そうなんだ。頼む。アウレウスを治してくれるなら、何でもする。
アウレウスも、俺の為に何でもしてくれたんだ」
――「不埒者が! 主に近寄るな!!」
一喝する大声と同時にアウレウスが突進する勢いで飛んできて、マスケラの男は吹き飛ばされた。
「痛っ!!」
「アウレウス!」
「貴様、我が主に何をする気だ!」
「痛い痛い!! ちょっと、僕を見忘れたのか!?」
「何っ?」
襟首をつかむアウレウスから逃れてようやく、男は名乗った。魔鎧職人で――アウレウスを作った者だと。
「そうか……貴様が俺の創造主だと?」
アウレウスが己を作った人物のことを覚えていないことに、軽く驚くグラキエスだった。
「いい所に来た! 俺の修復を! 主をお守りするにふさわしい完全な状態にしてくれ!」
今度はアウレウスが頭を下げた。
完全な、持てる力の全力を尽くしてグラキエスを守れる己に戻りたい。それに、これ以上自分のことでグラキエスに悩んだり、己をすり減らすほど苦労してほしくない。
真心から、頭を地面に擦り付けそうなほどに下げるアウレウスに、
「もうそこまででいいよ。自分の作品が土下座するのは見たくない。いくら、未完成の部分を残していても」
手を振って、魔鎧職人の男は制した。
「まあ僕も、未完成なのは嫌だったから。却って、それを修復し、完全な形で完成させる機会を与えられたことを感謝するべきかもね」
「! それじゃあ……!」
「ただし……」
マスケラの下の顔に、一瞬にやりとした笑いが走ったような気配があった。
「何でもすると言ったよね。君は、報酬に何をくれる? ……って、痛い!」
「この不埒者が!!」
「アウレウス!」
――この修復交渉が上手くいったかどうかは、この場にいた者のみぞ知る。
「うーん……」
画太郎からの情報を受け取ったキリト・ベレスファースト(きりと・べれすふぁーすと)は、旧・謁見の間に入ったところでしばらく考え込んでいた。
様々な噂、錯綜する情報――それらが、矛盾点も含めて全て「真実」だと仮定して考えてみると……
(……肉体的に死んでる……もしくは心を閉ざしているのかも)
パートナーのグラナティス・ゲヘナ(ぐらなてぃす・げへな)も、キリトに言っていた。
(「千年瑠璃とやらは魔鎧だったのだろう?
ならば、すでに死んだ上で魂を加工され定着した存在のはず…この場合の噂やら色々をまとめると…肉体よりも精神的な死…もしくは心を閉ざしているのではないのか?」)
門前でうろうろしていた「自称」恋人、謎めいたモーロア卿の意志……分からないことは多い。その上、画太郎が仕入れた「千年瑠璃の恋人は製作者」という噂で、余計に訳が分からなくなる。ゴシップだという話だが、もしそれが本当なら、自称恋人が伝説の魔鎧職人「ヒエロ・ギネリアン」だということになる。もしそうでないのなら、逆に千年瑠璃がヒエロの作品ではないということになってしまう。
さすがに、情報をすべて「真実」として捕えると、何が何だか分からなくなる。そんな中でキリトは、「千年瑠璃は死んでいる」が彼女の精神的なもののことだという仮説が、真実味を帯びているような気がしてきていた。こうして、石柱の中の彼女を見ていると、特にそのような心的印象が湧き上がるのだ。
そしてもしそうだとしたら、彼女の心を救うのは、その「恋人」なのかもしれない。
それが製作者ヒエロのことのなのか、宴にやってきている自称恋人のことなのか……
キリトは、考えながら巨大な結晶の前に立った。
「もし、千年瑠璃さん……僕の声が聞こえているのなら……聞いていてください」
キリトは神父らしい、柔らかな調子で優しく呼びかける。
「僕は貴方の絶望や思いをきっと今は理解出来ていないでしょう。
閉じこもった訳も。
だから無責任にこう言います。
でも……世界は悪い事だけではなくいい可能性にも満ちているから、案外怯えなくて良いんですよ」
無責任ではあるが、信じてほしい言葉だった。
「貴方の……今の想いを教えてくれませんか? 力になれることがあるかもしれません」
千年瑠璃は応えない。けぶる青の向こうで微動だにしない。
心閉ざして2百年もの間この状態でいるのなら、簡単には開かなくても仕方がない。キリトは諦めず、呼びかけた。
「貴方を救えるのは……愛する人、ですか?
それは……貴方を作った、ヒエロ・ギネリアンさんなんですか?」
深い青……その青が、揺らいだように一瞬、キリトには見えた。
それは、ヒエロの名に呼応して起こった現象のようにも、思えた。
――だが、それをキリトが確かめる暇はなかった。
「火だ!!!!」
テラスから、悲鳴のような高い声が上がった。
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