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リアクション
「無駄だ。俺たちは今日、この日を待っていたんだ。俺は押さえられても、仲間は止められない」
捕まって縄を打たれ、契約者たちの監視の下、「控えの間」でモーロア卿とジェイダスの前に引き出された、民族衣装風のマントを羽織った男はそう毒づいた。
「何が目的なのだ」
ジェイダスが尋問すると、男は冷笑を浮かべて言い放った。
「言うまでもない。千年瑠璃――マシェア・テンメリエの処刑だ」
「それが、魔鎧になる前の彼女の名か」
「あれは今でこそ魔鎧だが、その前身は毒の女、呪われしシュバリスだ」
「シュバリス……?」
「蛇狂女シュバリスのことか」
モーロア卿がこの時やっと口を開いた。しかし、全く動揺の響きはなく、単に自分の知らなかった知識を知らされてほぉと相槌を打っただけのような声音だった。
「ご存じないか? 蛇狂女シュバリス。伝説に語られる、半蛇半人の狂女。
ラミアに似ているが、特に子殺しに狂った女妖怪だと言われている」
「あれは、我らの里を滅ぼしたのだ」
憎しみに満ちた口調で、男は語った。
「千年以上昔、我らの里はシャンバラ西の雲海に浮かぶ群島の一つにあった。
名もなき島々の中の一つにすぎんが、男たちは皆武芸に秀で、戦いに負けぬ強靭な戦士たちだった――それが里の誇りだった。
女たちは戦いの間、それぞれに家庭を守り、強気戦士となる男児、それを支える凛たる娘となる女児を生んで育てた。
だが、ある時悲劇が起きた。一人の女がシュバリスと化し、戦いで男たちのいなくなった里で、次々と子供たちを殺していったのだ。
子を守ろうとして命を落とした母親も多かった。異変に気付いた男たちはシュバリスを追ったが、逃げられ、里はなすすべもなく蹂躙された。
結果、里の者はほとんどが血筋を絶たれて壊滅した。
我らはこの里の血を継ぐ、数少ない子孫の一人――何千年かかろうと蛇狂女シュバリスを討ち、里の恨みを晴らすと誓いを立てた同盟軍だ」
男は突然身を捩り、縛られて使えぬ手の代わりに、衣服の襟元から何かを口で咥えて出すと床に放り出した。
「それが、我らに伝わる仇敵シュバリスの鱗。千年瑠璃の青は、そこから出ているのだ」
掌大の大きな鱗は、確かにあの結晶と同じ色をしている。
息を荒くして語った男に、ごく冷静にジェイダスが問いかける。
「貴様は先程、立候補者を装ってあの石柱の前に立っただろう。
恨みがあるというのなら、なぜあの時、無防備な彼女を攻撃しなかった?」
旧・謁見の間で、悲鳴と怒号が巻き起こった。
「しまった! まだいたのか!!」
天音が声を上げた。恐らく魔族の給仕らしき男性の首元を片腕で後ろから締めて己の盾のように構え、長剣をその男に向けて人質としながら、使用人たちの休憩室がある方から入ってきた。
「動くな! この剣には猛毒が塗られているぞ」
大声で脅しながら、男はじりじりと石柱に近付く。
「我らは千年の本懐を遂げる。子殺しの邪妖に天誅を!!」
叫んだかと思うと、やにわに人質を振り捨て、剣を振りかざして石柱に走った。
――だが、そこには柊 恭也がいた。
千年瑠璃強奪を計画して、【亜空のフラワシ】や【ストーンゴーレム】の用意までしていたはいいが、契約者たちは結構ひっきりなしに出入りしていて隙がないわ、エヴァルト・マルトリッツがアブソリュート・ゼロで「魔神級の力が無ければ易々と壊れはせん」ような防壁で石柱を守るわ、侵入者の襲撃を陽動にして動くつもりがタイミングが悪くて、ちょうどその時石柱の前にいて騒ぎを感知してグラナディスを装備したキリトに「えっ?」という目で見られるわで、計画は散々の様相を呈してきた。
そこに、石柱めがけて突っ込んできた侵入者を、
「邪魔なんだよ!」
上手くいかなかったことへのストレスをぶつけるように疾風突きであしらったものだから、哀れ、男は不必要に派手に吹っ飛んだ。
(はー……失敗、かなこりゃ。しかしこんな美人の主になる奴が妬ましい)
石柱を見上げ、恭也は舌打ちをした。
それでも、よろよろと立ちあがり、襲撃者が剣を握り直したところに、突然、場違いな声がテラスの向こう、外から、
「グレスさーん、グレス・デインさーん」
「キーザン・アレイスのお友達のグレスさーん」
「お友達が捜してますよー、帰りましょーう」
などと、聞こえてきた。
魔鎧探偵キオネ・ラクナゲンの手伝いをしているルカルカ・ルー、冴弥 永夜、東條 梓乃らの声だった。
すると、襲撃者の衣服が何かもぞっと動いたかと思うと、丈の長い民族衣装のような服の下から、革製のような薄い軽鎧が出てきて、それが人の姿を取った。
「お前……っ」
「もう沢山だ! あの悪魔の職人に二束三文で売られて、そのせいでこんなことに協力させられる羽目になって……!
俺は帰る! 迎えが来てくれたんだ、どんな姿になっても俺は俺の居場所に帰る!!」
若い男の姿の魔鎧は、そういうと脱兎のごとくテラスへ飛び出し、逃げていった。
呆気に取られる襲撃者の背後から、ブルーズ・アッシュワースが素早く忍び寄り、物騒な長剣を奪い取ってその体を床に押しつけて抵抗を封じる。
「襲撃者、確保だ」
いつしか、モーロア卿やジェイダス、他の契約者たちも、旧・謁見の間に戻ってきていた。
引っ立てられて連れ出されてきた先の襲撃者は、床に膝をつき、石柱を睨んでいた。
「殺してやるつもりだったさ……石ごと真っ二つに斬ってやるつもりだった……
けど、力が出せなかった……! 石の前に立ったら、あの忌まわしい瑠璃色が視界に広がり、頭の中が埋め尽くされて……!
何故だ。里に伝わる剣技の奥義を継いだ俺が……!
必ず殺してやると誓っていたのに!」
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