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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

(なんて機動性なんだ……!)
 和麻はアマテラスのコクピットで戦慄していた。
 操縦桿を握る手はじっとりと汗ばんでいる。
 それもそのはず。
 今、アマテラスが飛んでいるのはイルミンスールの森のただ中。
 即ち、無数の立木が生い茂る合間を縫うようにして飛んでいるのだ。

(……!)
 思わず息を呑みながら和麻は、慌ててペダルを踏み込んだ。
 モニターに映る立木が大写しになった直後、機体のすぐ横を通り過ぎていく。
 もし、タイミング一つでも間違えば立木に激突してしまうだろう。

 どうしてこのような場所で空戦をしているのか?
 それは、敵である“フリューゲル”bisが森の中を飛んでいるからに他ならない。
 信じられないことに、漆黒の機体は立木の間を易々と飛んでいくのだ。
 
 その機動性を活かし、“フリューゲル”bisは木々の中に身を隠しながら戦っている。
 上空から木々ごと狙うこともできるが、そんなことをすればイルミンスールの森を焼き払ってしまうことになる。
 そうはいかない和麻達の立場をついた見事な作戦だ。

 一体どれだけの機体性能と操縦技能があればこんな真似が可能なのだろう?
 和麻には皆目見当もつかなかった。
 更に信じられないことに、“フリューゲル”bisは和麻達を翻弄するだけに留まらない。
 木々の間を避けながら、折を見てはプラズマライフルで撃ってくるのだ。
「くっ……!」
 
 またも飛んできたプラズマの光条。
 咄嗟に操縦桿を倒し、ペダルを踏み込む和麻。
 紙一重で避けた光条は、森らしく適度に瑞々しい土をその膨大な熱量によって一撃で乾いた砂へと変える。
 再び戦慄する和麻だったが、無我夢中の彼はまだあることに気付いていなかった。

 自分もまた、木々の間を潜り抜けながらの高速戦闘ができていることに。
 そして、かろうじてとはいえ、あの“フリューゲル”bisに追従していることに。

 まだそれに気づかない和麻が操縦桿を握り直し、深呼吸した時だった。
 モニターにザカコの顔がポップアップする。
 しかし、通信を送っている相手は和馬ではない。
 共通帯域を通して話しかけているおかげで、アマテラスにも聞こえてきているのだ。

『先程申し上げた通り、これ以上イルミンスールを荒らすなら、こちらも黙って帰すわけにはいきません――』
 苦しげに息を吐きながら言うザカコ。
 するとモニターに新たなウィンドウが出現する。
 ただし、そのウィンドウは黒地に白抜きで『SOUND ONLY』の文字が表示されているのみだ。
『その機体にこんだけ長く、その上あんなマニューバまでして飛んだんだ。もう、いいだろう?』
 続いて聞こえてくる“鳥”もとい航の声。
 幾度か交戦する中で禽龍を見てきた彼はザカコの疲労を察したのか、どこか諭すように言う。
 ザカコはというと、航の言葉を真正面から返すように言い放った。
『この機体に乗った時から多少の無茶は承知の上です!』
 
 彼等の声を聞きながら飛び続けていると、やがてアマテラスは木々を抜けた先に出る。
 今まで飛んでいた場所よりも僅かに木々が少ない場所。
 そこでは禽龍と“フリューゲル”bisが対峙していた。

 まさしく風に乗るような動きで木々を避けていく“フリューゲル”bis。
 それに対し、禽龍は推進装置の噴射で強引に軌道を変えながら追従していく。
 四基のブースターを一つずつ個別に出力管理して吹かせ、急激なストップ&ゴーで“フリューゲル”bisの機動力に対応する禽龍。
 何度も瞬間的に使う事で出力を一気に最大まで出せる様に慣らす意味もあるのだろう。
 
 縦横無尽に飛び回る禽龍を撃ち墜とすべく、“フリューゲル”bisはプラズマライフルを発射する。
 対する禽龍はというと、M61バルカンライフルで応射したのだ。
 
 それを見た瞬間、和麻は出撃前にヘルが言っていたことを思い出した。

 ――あのフリューゲルには飛び道具が当たる事はまず無いだろうからな。
 
「そうか……っ!」
 ヘルの意図に気付く和麻。
 時を同じくして禽龍はヘルの狙い通りに、M61バルカンライフルの反動で『吹っ飛ばされる』ことによってプラズマライフルの一撃を回避していた。
 M61バルカンライフルの銃撃も回避されてしまったが、もとより回避が目的の射撃。
 成果は上々だ。

『弾が当たらなくても、何かしら使い道があるもんだぜ』
 精一杯の不敵な声で言うヘル。
『やるじゃねえか……!』
 航も驚嘆と称賛の声を返す。
 呼応するようにして“フリューゲル”bisはプラズマライフルを構えたまま推進装置を吹かして急上昇の体勢へと入る。

『この瞬間を待っていました!』
 ザカコが叫ぶとともに、禽龍はM61バルカンライフルを放り投げる。
 更に並行してもう一方の手でコンバットナイフを抜く禽龍。
 空いた手を添え、両手でナイフを保持したまま、禽龍はそれを前方に突き出した。
『出力レッドゾーン! ブースター出力解放! やってやるぜ!』
 ヘルの雄叫びとともに禽龍はフルブーストで空中ダッシュを敢行。
 コンバットナイフを構えての突撃で一気に“フリューゲル”bisへと肉薄する。

『くっ……!』
 咄嗟に“フリューゲル”bisはプラズマライフルを引っ込め、大出力のビームサーベルを抜き放った。
 光刃を盾のようにしてコンバットナイフの鋼刃を受け止める“フリューゲル”bis。
 対・ビームコーティングが施された鋼刃が光刃とぶつかり合い、反発力を引き起こす。
 凄まじい速度で互いに後方へと吹っ飛ばされる二機。
 
 さしもの“フリューゲル”bisも、空中で逆噴射を最大出力でかけ、かろうじて姿勢制御に成功するといった具合だ。
 禽龍の方も同じく急制動には成功する。
 だが、そこまでだった。

 機体は何とか耐えられたものの、中のパイロットまではそうはいかなかったらしい。
 ザカコとヘルの声は聞こえず、禽龍は動かない。
 禽龍は地面に座り込むような状態になったまま、まるでうなだれるようにして立木へと寄りかかっている。
 中ではパイロットが気絶していることだろう。

 とはいえ、あわや撃墜されるところだった“フリューゲル”bis。
 追撃をかけるようにして、鉄心の駆るマルコキアスが“フリューゲル”bisの前へと出る。
 和麻がそれを見た直後、アマテラスのモニターに通信用のウィンドウが新たにポップアップする。
 そのウィンドウに映っているのは鉄心だ。

『……先ずは、礼を言わせて貰おう。うちのウサギが世話になった』
 鉄心の言葉に応答する航。
『その機体にその声――ウサギ姉ちゃんの相棒だな』
 音楽に交じって聞こえてくる航の声。
『だが、それとこれとはまた別の問題……森が荒れればあの子も悲しむしな。退く気が無いのなら、力ずくでも止めさせて貰おう』
 鉄心の声は毅然としている。

『……キマクの荒野を、アトラスの傷跡を見たことはあるか? 何時までもこんなことを続けていれば……』
 糾弾するように言い放つ鉄心。
 その言葉は口調こそ静かだが、叩きつけるような雰囲気がそこはかとなく感じられる。
 一方、航の言葉も鉄心のそれと並ぶほど強い声音だ。
『ハッ! こんなこと、ってヤツを続けた結果……どうなるかなんてわかりきってるに決まってんだろうがッ!』
『なら……どうしてこんなことをッ!』

 互いに感情をぶつけ合うように言葉を交わす二人。

 二機は同時に光刃を抜き、推進装置を噴射する。
 激突の直前、マルコキアスは射出したインファント・ユニットでの視覚外からの攻撃を繰り出す。
 高速で動き回るマニューバ中にインファント・ユニットを操作する鉄心の技量はなかなかのものだ。
 だが、技量では航も負けてはいない。
“フリューゲル”bisはそれらを紙一重で避ける。
 そればかりか、“フリューゲル”bisはすれ違い様に肘打ちでインファント・ユニットを二機とも叩き落した。
 吹っ飛ばされ、立木に激突して停止する二機のインファント・ユニット。
 これは二機とも修理が必要だろう。

 もっとも、鉄心の方としても避けられるのは織り込み済みだ。
 すぐさまマルコキアスはシールドの裏に仕込んだグレネードで追撃をかける。
 咄嗟にそれを光刃で斬り払う“フリューゲル”bis。
 グレネードの爆発で巻き起こった爆炎と爆煙の中から飛び出すなり、“フリューゲル”bisは光刃を振り下ろす。
 対するマルコキアスも咄嗟にそれを光刃で受け止める。
『お前達の行いが……やがては世界すべてを不毛の地に変えてしまうんだぞ! それを理解していながら――』
『――理解しているからだッ!』

 互いに振るった光刃を叩きつけ合う二機。
 ぶつかり合った光刃と光刃が凄まじいスパークとフラッシュを生み、木々の合間を眩く照らす。
『……ならば、なおさら何故ッ!』
『世界に俺達の存在を忘れさせない為だッ! そうでもしなければ、この世界はやがて俺達のような連中が牙を剥いたことも忘れていくッ!』
 通信帯域を震わせる航の言葉。
 それに鉄心は思わず息を呑む。

『一体……お前の目的は何な――』
 やっとのことで絞り出すように鉄心が言いかけた時だった。
 年端もいかない少女の声がいきなり割り込む。

『……う、ウサギ泥棒ー!』
 いきなり割り込んできた声に航はもちろん、鉄心も驚いたようだ。
 思わず二人揃って無言になる。
 もっとも、それをいくらか予想していた鉄心はすぐに気を取り直した。
 なにせ、割り込んだ声の主は鉄心のすぐ隣にいる相手――イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)なのだから。

『マルコキアスの修理も大変でしたの! ウサギ鍋返せーっ!』
 イコナが叫ぶ声は甲高い。
 躁鬱の差が激しい子ゆえに、かんしゃくを起こしてる感じになっているのかもしれない。
 なにより、大好きなティーが連れ去られてしまっている現状。
 イコナにしてみれば、心中穏やかでないのは察するに余りある。

 だが、鉄心はもとより、航もイコナを諌めることもしない。
 ただ黙って、静かに彼女がわめくのを聞き続けるだけだった。
 しばしイコナがわめく声だけが通信帯域を支配する。
 無言を貫く鉄心と航。
 互いの愛機が握る光刃同士が鍔迫り合うスパークの音が、彼等の言葉を代弁しているかのようだ。 

 ややあってイコナが落ち着きを取り戻した後、僅かに沈黙が支配する。
 その沈黙を先に破ったのは航だった。
『――ウサギ姉ちゃんがいない代わりに新しい相棒をつれてきたみたいだが。まさか、子供……?』
 航の声からは感情がありありと窺える。
 その感情は驚き、そして怒りだ。
『ああ。そうだ。イコン戦にこうして連れてくるのも初めてだ』
 対する鉄心は淡々と答える。
 彼の声は平坦過ぎて、航とは逆に感情は全く窺えない。

 ちなみに、鉄心の言っていることは嘘ではない。
 イコナをイコン戦闘に連れてくのは本当に初めてだ。
 鉄心も葛藤はあったようだが、敢えて自らが非とする行動をとることにしたのだった。
 航の甘さ……優しさにつけ込むような打算もある。

 話している内容は本音だが、相手を説得出来る期待はあまりしていない。
 それよりも思考にリソースを割かせ、あるいは揺さぶりをかけるのが目的の鉄心。
 そして、その意図は成功するにはしたようだった。
 ただし、彼の予想以上に成功したようだが。

『――ふざけやがってッ!』
 突如として“フリューゲル”bisの推進装置が出力を上げる。
 一気にペダルを踏み込んだのだろう。
 急激にブーストを開始したようにというよりかは、爆発しているような状態だ。
 きっと、ペダルを踏み抜かんばかり……それどころか、踏み砕かんばかりに踏み込んだのだろう。
 これではさしもの“フリューゲル”bisといえど、機体を傷めかねない。
 無茶な操縦を行いつつも、いつも機体を傷つけないように戦う航にしては珍しい。

 それだけのブーストをしただけあって、“フリューゲル”bisはマルキコキアスをそのまま押し出していく。
 当然ながらマルコキアスも推進装置を吹かして抵抗するが、どんどん後方へと押されていった。
 すぐにマルコキアスは立木に背中から押し付けられる、もとい、叩きつけられる。
 
 イコンが激突したのだから、普通の立木なら倒壊しても不思議ではない。
 だが、ここはイルミンスールの森であり、ザンスカールの近く。
 高層ビル並みに高く太い巨木も数多く存在する。
 マルコキアスが叩きつけられたのがそうした巨木であった為か、立木は倒れずにそのまま耐え抜いた。
 
 叩きつけられた衝撃でマルコキアスの動きが止まった瞬間を逃さず、“フリューゲル”bisはマルコキアスの両腕を光刃で斬り飛ばした。
 それだけに留まらず、更に“フリューゲル”bisは両手のマニュピレーターを握った拳でマルコキアスを殴りつける。
『狂ってやがるッ! どこまでもッ! 俺達はな……殺し合いをやってるんだぞ! こんな物騒で仰々しい人殺しの道具に乗って潰し合いをしてるってのに……そんな場所に子供を連れてくるなんてッ! アンタ等九校連はそうやっていつも自分たちの都合だの事情だので、巻き込んじゃいけない相手を巻き込む……いつもそうだッ! いつでも……ッ! こうやって割を喰うのはいつでも戦場とは無縁の子供じゃねえかッ!』
 一発といわず、二発三発と殴る“フリューゲル”bis。
 だが、殴っているのは頭部パーツだけだ。
 カメラアイを叩き割ってもコクピットは狙わない――もし、彼の言っていることが本心から出たものなのだとすれば、イコナのいるコックピットを避けているのかもしれない。 

「させるかよっ!」
 マルコキアスが一方的に攻撃されている――それを認識した瞬間、和麻は無我夢中でペダルを踏み込み、操縦桿を倒していた。
 アマテラスは光刃を抜くと、“フリューゲル”bisへと斬りかかる。
 咄嗟に“フリューゲル”bisも光刃を抜いてそれを受け止める。
 スパークの音とフラッシュの光。
 光刃同士がぶつかり合って生まれるエネルギーがその場に迸る。
 
『お前……この前のッ!』
 航の凄まじい闘気が声に乗って伝わってくるが、和麻は怯まない。
(単純な力比べをすればパワーで押し切られる……ならさ!)
 咄嗟に和麻がそう判断するのと、“フリューゲル”bisの推進装置が噴射音を立てたのは同時。
 和麻が力比べに入っていれば、機体はそのまま押し出されていただろう。
 だが、和麻は咄嗟の判断で鍔迫り合いよりも受け流しを選んだ。
 絶妙な力加減かつタイミングで光刃を逸らすアマテラス。
 なんと、和麻は航の繰り出した光刃の一撃を斬り払ったのだ。

(で、できた……!)
 幾度も航の駆る“フリューゲル”bisと戦ったことで少しずつ蓄積されていた経験。
 それは本人すらも気付かないうちに、彼を成長させつつあったのだ。
 そして、それは彼のパイロットとしての進化へも繋がった。
 
 再び光刃が振り下ろされるも、和麻はそれも受け止めることに成功する。
 今までなら斬られていた可能性も多分にある。
 だが、今は違う。
 無我夢中でではあるが、和麻は確かに“フリューゲル”bisの攻撃を受け止められたのだ。

『やるな……!』
 一瞬、驚く素振りを窺わせた航。
『おまけみたいな扱いで俺の名前くらい覚えていけ!! ……名乗った覚えないけど』
 対する和麻はおどけたように言い放つ。
 航相手にこうも言い放てるほど、今の和麻には余裕があった。

 一方、航はすぐに冷静になると、静かな口調で告げる。
『なら、あまりお前を舐めないようにするとするか』
 
 直後、推進装置をフルブーストしての高速移動――あたかも瞬間移動じみた動きで“フリューゲル”bisは間合いを取る。
 間合いを稼いだ“フリューゲル”bisは、先ほどまでのようなただ光刃を振り回すような戦い方とは違った戦い方をするようだ。
 直感的にそれを察することができた和麻は、緊張のあまり息を呑んだ。
 互いに見合ったまま、相手の動き出す時を待つ二機。
 どちらからともなく動き出そうとした、まさにその時だった――。

「……ッ!」
 和麻の目にある光景が飛び込んでくる。
 それを見た途端、和麻は迷わずペダルを踏み込み、地上へ向けて機体を急降下させていた。