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ホスピタル・ナイトメア

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ホスピタル・ナイトメア

リアクション

◆eagla 1
 ホールを通り、ナースステーション入口で宵一と別れたさゆみとアデリーヌは、ナースステーションの隣にあるリハビリ室へと入る。
 リハビリ室にはリハビリ用の器具やマットが置いてあり、この部屋も手術室同様敵の気配はしなかった。
「なんだか、こんなに敵の気配がしないと逆に怖い気がするわ」
 弱気な口調でさゆみはアデリーヌに言いながら、目の前にあった松葉杖を手に取った時だった。
 最初はアデリーヌが力強く自分の肩を叩いているのかとさゆみは思い、その手を払いながら振り返る。
 目の前に映ったのは医者の白衣。それから上を見上げると、不気味な笑顔を顔に張り付けた男性だった。
 さゆみは白衣の男性を認識すると、ありったけの悲鳴を出し隣で固まっているアデリーヌの腕をひっつかみ、先ほど手に入れた松葉杖で襲ってくる医者を牽制しながら後退する。 
「アデリーヌさん! そのメスでこの人を切って頂戴!」
 さゆみに腕を掴まれた衝撃でリハビリ室の床に倒れたアデリーヌは、さゆみの悲鳴と指示の声に気が付くと寝間着のポケットからメスを取り出し、さゆみの手を振りほどきながら立ち上がると医者に斬りかかる。
 医者の男性も突然斬りかかられるとは思ってもみなかったようで、回避にもたついた結果アキレス腱を浅く斬っただけに留まった。
 しかし、さゆみ達にしてみるとメスでアキレス腱を切っただけでもこの部屋から出るのには十分すぎる時間稼ぎだ。
 トドメとはいかないが、さゆみは医者とすれ違う際に医者の後頭部を松葉杖で殴りつけた後アデリーヌと共にリハビリ室を転がり出たのだった。

 さゆみ達がリハビリ室で松葉杖を探している頃、宵一はナースステーションの奥にあるカルテ室で目に付いたカルテの中身を見ていた。
「どれもこれもこの病院に居る医者のカルテばかりじゃないか! これじゃああのデスマスクの正体は判らないじゃないか」
 宵一の目の前にあるカルテ置場の棚は、途中の棚までは色とりどりのファイルで埋め尽くされており、床もファイルから出た書類で少し散乱していた。
 散乱している書類を靴で踏みつけながら宵一は次の棚を見ようと右にずれた時だった。
 カルテ室の奥には誰も居ないと思っていたはずなのに、誰かの肩がぶつかる。
「あ……すみません」
 思わず謝る宵一に対して、ぶつかった人物は気にしないで下さいと言いたげに腕を振る。
 目の前に居たのは、小柄な女性の医者だった。
 え……と、宵一は思わず呟くと女性の医者は無造作にファイルを手に取りそれを宵一の頭を狙い横に振りかえりざまに薙ぐ。
 ここで【殺気看破】が発動し、宵一の視界が一気に赤くなる。
 軽く舌打ちをすると、宵一は飛んでくるファイルの一撃をかわそうとしゃがむ。
 先制が避けられたと悟った医者は、今度は袈裟切りのように右斜め上から左斜め下にファイルを動かす。
 宵一は、床に散らばっていたファイルを一冊掴むと振り下ろされたファイルを受け止めるように背表紙を前にして腕を振り上げる。
 ファイル同士がぶつかった音が聞こえると、宵一は持っていたファイルを落とし開いた空間に【光術】の光を発生させる。
 大型のストロボでたいたようなフラッシュがカルテ室に走ると、両手で目を押さえている医者には構わずに宵一はカルテ室から出ようと入口へと背中を向けて走る。
 それを阻止しようと医者は手に持っていたファイルを宵一に投げつけるが、一瞬遅くカルテ室の扉にぶつかり床に落ちたのだった。
 
 ナースステーションを抜け、廊下に出ると隣のリハビリ室に行ったさゆみとアデリーヌが壁にもたれて縮こまって震えていた。
「もう嫌だ! 冗談じゃないわよ……こんなところ、早く逃げ出さなきゃ!」
 宵一に向かってさゆみは絶叫に近い叫び声を上げると、アデリーヌの腕を取り二人だけでホールにある階段へと向かおうと歩き出す。
「おい、上に行った晴美君とあずみ君を待った方が――」
「嫌だって言ってるでしょう! 十文字さんがあの二人を待って三人で脱出すればいいじゃない!」
「申し訳ありませんが、わたくし達は限界なんです。一秒でも早くこの病院から逃げ出したいのですわ」
 アデリーヌも少し涙目になりながら、宵一に説明をした。
 宵一はさゆみとアデリーヌの言葉を聞いて黙ったが、苛立つように自分の髪の毛を掻きむしると二人について行こうと一緒に歩き出した。
「いいよもう。君達を一階まで送ったら二人を迎えに行く事にする」
 そうしてさゆみ達は階段を下りて一階へと行こうと踊り場に差し掛かった時だった。下からデスマスクと医者達が上がってくる気配が【殺気看破】にひっかかりさゆみと宵一は同時に立ち止る。
「二人とも早く上に上がって……」
「駄目だよ……もう動けない」
 宵一の焦っている言葉にさゆみはその場に崩れ座る。
 その会話をしている間にも死の恐怖は笑いながらにじり寄ってくる。
「ひぃっ!」
 へたり込んださゆみは、目の前に来たデスマスクに首を掴まれ無理やり宙ずりにされるのを黙って見ている気になれなかった宵一は、懐に隠したマグカップを階段の床で割るとその破片を炎に纏わせてデスマスクに投げつける。破片はデスマスクの脇に何個か刺さるが、致命傷には至らずにさゆみの首を圧迫し続けている。
 これならどうだと言わんばかりに、宵一は携帯型酸素ボンベをデスマスクの背後に居る医者達へと放り投げると同時に、【火術】を使いボンベを爆発させる。
 爆発音と炎で視界と音は同時に潰される。
 一分たち、二分たち……煙が階段を包み込んでもスプリンクラーは作動する様子は無い。煙が充満している今がチャンスとばかりに宵一は残っているアデリーヌの腕を掴んで二階へ上がろうと腕を引っ張ったのだが、逆に引っ張られてしまう。
 振り返った宵一の視界に映った者は――その正体に脳が気が付くよりも早く、宵一の意識は途切れた。

◆eagla 2
 三階に来た晴美とあずみは、女子トイレに何かないか探したが何も見つからなかった。
 と、下の階段の方で爆発音がしたと思うと煙が三階へ流れ込んでくる。それと同時に一歩ずつ階段を上って来る足音が聞こえると、晴美とあずみは怯え始めた。
「と……とりあえず、何処か近くの部屋に……」
 階段わきに貼られていた三階の案内図を見たあずみは、晴美と一緒にホールを突っ切って面会室へと入り鍵を閉める。
 鍵を閉めた音と共に、晴美とあずみは扉にもたれ掛かり安心したようにため息をつく。そうしてしばらくの間二人はじっとしていたのだが、面談室の前で誰かが何かと戦っているのか、空気が裂かれるような音が微かに聞こえてくる。二人は閉じた扉の隙間から廊下側を窺うと、セルマが両手を使い何かと戦っている。
 その何かは隙間からは見えなかった。
「あの人は……たしか……」
「そんなことより、あの人を助けないと」
 晴美はセルマを思いだそうと首をひねるのだが、あずみがせっかく掛けた鍵を開けた瞬間、デスマスクの影が扉に映った。
 隣に居たあずみがデスマスクの手に掴まれ、マッチ箱に入っているマッチのように簡単に折ると死体には興味が無いのかデスマスクはあずみの首から手を離し、晴美へと身体を向ける。
 晴美は、デスマスクがこちらに視線を向けた瞬間を狙い【光術】のフラッシュでデスマスクの視界を一時的に潰すと、扉を勢いよく開けて廊下へと出ようとしたのだが――
 デスマスクの方が晴美の首を掴む動作が早く、部屋の中後方へと放り投げられる。
 晴美はデスマスクに投げられた事には頭が回らない状態だった。机と椅子がぶつかる音と背中に痛みが走ると、やっとデスマスクに投げられたのだと認識が出来た。慌てて起きようとしても、身体がもう脳の命令に反応せずにただ瞳だけがデスマスクを見ている状態が精一杯だ。
 デスマスクは振り向くと、動かない晴美の方へと近寄って来て――そこで晴美の意識が切れた。