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【永遠の回廊】


 魔法学校校舎。世界樹の枝葉に囲まれ荘厳な雰囲気すらあるその廊下で、品位一気にを落す話題が繰り広げられていた。
「あれっくさんあれっくさん」
 耳打ちする様に寄ってきた新谷 衛(しんたに・まもる)に、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)は集めた情報を端末で確認しながら耳だけをそちらに向けてやる。
「じぜるんとは、最近どうなわけ?」
 どう、とはどういう意味なのか。意味深な衛の顔にアレクはわざわざ聞き返さない。衛が勝手に続けてくれるからだ。
「ほら、何だかんだ言って、ゴーインに物事進めなきゃならないときもあるじゃん、あるじゃん! 一発ヤ――」
「バカマモ! 何でそんな品性下劣な話しかできないでございやがりますか!」
 スパーンといういい音を立てて、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)のピンクのハリセンが衛の頭に炸裂する。本日、漫才トリオのリーダー緒方 樹(おがた・いつき)は不在だったが、代わりに緒方 太壱(おがた・たいち)が真のツッコミの役割を果たしていた。
「……ジナママ、マモパパ、いい加減痴話喧嘩止めてくれねっすか? イルミンスールが壊れるんで……。あ、アレックス、こっちの方はまだ探索していないみてーっすよ」
 追いかけっこする衛とジーナを横目に、太壱はハンドコンピューターでマッピングをしつつ言う。次いで何時考えているのかという程間を置かずに、隊長からは的確な指示が飛んでくるのだが、肝心の部分が衛とジーナの声とハリセンの打撃音に掻き消されて聞こえない。――真面目にやる気はあるんだろうか、と太壱は嘆いていた。
「いってぇな! 好きだったらヤる! そうでなくても機会があればヤる! 当たりま――」
「そんなに焚きつけたら、筋肉マッチョが暴走起こして『ぴー』が『ぴー』になってあまつさえ『ぴーーーー!』になってしまいやがるじゃないでしょうがバカタレ!」
「もしもーし、じなぽん。そっちが一息で言ったことの方が色々とアレでソレでやばいんじゃね?」
 ツッコミに対して突っ込んだ結果、ジーナが狼狽しながら黙ってしまったのを良い事に、衛はアレクの肩――と言いたい所だが残念ながら衛は女性の身体を持っている為、腕に撓垂れかかって捲し立て始めた。
「でもさーオレ様はツラいっす、じなぽんガード堅くってヤらしてくんねーんですよーう!
 首筋とか脇腹とか触ってさ、反応確かめてさ、コレならいけっかなーと思ったら、いきなりハリセンで墜とされるとか、首締められて墜ちるとか、そんなんばっかでさー!
 もうなに、溜まっててマジシンボーたまらん? そんな感じっす」
「んなっ?! ……バカマモ! 何言い出しやがるでございますですかっ!」
 我に帰ったジーナがどんどん赤く染まっていく頬を片手で抑えつつ、もう片方でスナップを効かせながら衛の頭へハリセンを何度も叩き付けていく。打撃が加わる度に衛からは叫び声が漏れるが、ジーナの方は――何か言われた訳でも無いのに――言い訳に必死になっていて赦しを請う声も聞こえていないようだ。
「あああ、今のは忘れて下さいましね、ボケマッチョ!
 こんなムードも減ったくれもクソもボケも『ぴー』も無い奴なんかの話聞く価値ありませんでございやがりますよ!」
「小鼠。俺が忘れるかどうかより、まず端末の事を気にした方がいいんじゃないか?」
「端、末?」
「作戦が終了した後、行動中に法律に准ずる行動が出来ていたか軍法会議に掛けられる事が有るだろ。特に今回のように個々が独立した行動をとる場合や、敵遭遇時の『最終判断』を個人に任せる作戦等では尚更その可能性は高くなる。
 該当作戦で公共物を破壊したのが正しかったか。人を殺したのが正しかったか。行動の正しさを口で説明するのは面倒だし、確固たる証拠にはならない。
 そういう理由で俺は己の身の潔白を証明する為に、公的な作戦では『確実な記録』を残しているんだが、……言って無かったか?」
「…………つまり、今の話しは全部」
「ああ、録音されてるな」
 ジーナが知りたくも無かった事実を知らされた結果、衛の頭はベコンベコンと怪しい音をたてはじめている。だが衛はもうその痛みに慣れてきたのか、それともツッコミに慣れたのか、今は下世話な笑顔を太壱に向けていた。
「で、たいっちー、お前さんはどうなの首尾の方? 天学のせしりーちゃんだっけ? 思い人」
「ごふぁ! 何いきなり俺に話し振ってんっすかマモパパ! 俺のことはどうでもいいんです、真面目に情報収集してて下さい!」
 そんな太壱を弄るだけ弄って反応に満足したのか、衛はまたアレクを突っつきだした。
「な? な? あれっくさんよーう、一つ屋根の下で悶々とそういうの抱えるのって辛くね?」
 急に同意を求められ、話しを音として聞き流していたアレクは衛の言葉を頭の中で噛み砕く時間を要してから、相変わらずの無表情で口を開き、こう言った。「ごめん、衛」と。
暫し、三点リーダを一つずつ打っていくような沈黙。その直後に衛の叫び声が廊下に鳴り響く。
「えええそれどういう意味ッッッ!?」
「否、……悪い」
「ちょ、ごめんって何!? 悪いって何!? 何で謝るの!!?」
 テンション高めな衛に対し、アレクの方は一本調子で誠意のない謝罪を繰り返す。
 そんな様子を後ろから黙って見ていた太壱は、逡巡した。この作戦の話が上がった際、太壱は樹らからアレク隊長とは以前単発バイトで入った先の店長代理ジゼルの兄、と説明されていた。――つまり兄が、妹と一つ屋根の下で暮らして悶々? 辛抱堪らん? 衛の言葉から察せられる事実に太壱の倫理感が拒否反応を示し、それがそのまま出た表情で恐る恐る本人に質問する。
「なあアレックス、あんた身内に手ぇ出してンのかよ?」
「はあ? 日本語の『身内』は意味が広過ぎて困る。身体の中身……を指しているのでは無いよな。ならあんたの言うのは『家族』という意味でか? それとも『血縁者』?」
「それは、血縁者って意味の方で」
「あんたバカか? 俺と血が繋がった女があんな天使な訳ねえだろ」
「……兄妹のように仲の良い他人? ……なら、ギリセーフ?」
「何でいちいち語尾上げるんだよ。別にあんたに可否は聞いてねぇしどんな答えが出ようと興味も無い、勝手に判断しろ」
 切り上げて先に進んでしまうアレクに置いていかれながら、太壱はぽつりと呟く。
それって、俺とツェツェの間柄見てーなモンだよな……
 台詞が終わるのと同時に衛がこちらを向いたので、太壱は慌てて「あ、いやいや、ナニモイッテネーッスヨ、俺!」と打ち消すが、ニヤニヤを張り付けた衛が獲物を前に飛びかかってくるのだった。それを遠目に、ジーナは無意識に独り言を口にしてしまう。
「……でも、好きな人とは一生添い遂げたいと思ってますですよ。
 それに、その人との子供が、生まれれば嬉しいじゃないですか、ワタシにそれが出来るかは分かりませんですが」
 そんな風にアップダウンを繰り返す三人に見切りを付けたアレクを呼び止めたのは、彼の弟分の瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。
「アレクおにーちゃん」
「何?」
「ジゼルが居なくなったってマジで? 探さなくていいのかよ」
「作戦行動中だ」
「……らしく、ないですねぇ。何か意図がおありでぇ?」
 壮太が黙ると、今度は壮太の姉貴分である佐々良 縁(ささら・よすが)が後ろから顔を出し、鬱陶しい声音で絡む様にアレクに聞いてくる。
 その様子を一歩離れた位置で佐々良 皐月(ささら・さつき)が窺っていた。
縁がこの状況に対して腑に落ちていないのは分かっていたし、皐月自身もそれを(ちょっとめんどくさい感じになってる)と考えていたから縁の行動の理由は分かるが、それと同時に(縁は回りくどいなぁ……)とも思っていた。
「意図があるとしてそれはあんたに答える必要があるのか?」
「貴方と私は同類項だと思ったんでぇすけどねェ……。
 あ、そうそう今更ながらにお勉強の時間というか突然ですが復習のお時間でっす。契約者同士は、たといどうして同一の存在で生まれてこなかったのかとこがれる仲でも、こいつと同じ空間にいたら吐き気をもよおすとヘイトしあっても、物理的一蓮托生なわけ。
あっちが天国への扉をたたきゃ自動的におまけになりかねないってわぁけ、どぅーゆーあんだすたん?」
「Yes.ma’am」
 上官に答えるのと同じ言葉を吐き捨てられたのは皮肉だと理解して眉を上げ、縁は身を翻してアレクの進路を塞ぐ。
「ジゼル嬢、探さんでいいんかね?」
「必要無い」
 一言で切って捨てられ、息を吐いた。そして――ああ、駄目か。と縁は思う。何か動機があってジゼルの捜索をしないのであれば、『どうしても』を理由に。彼女風に言うならば(やんごとない事情を振りかざす)方法でアレクが納得するように。だがそれは上手には運ばなかったようだ。
(駄目なら……)
 縁は隊列を外れ、スタスタと一人別方向へ歩いて行ってしまう。アレクはそれを止めるどころか一瞥すらしなかった。ジゼルの身に何かあってからでは遅いと危惧する縁の行動を理解した皐月だけがやっぱり回りくどいと思いつつ「もーしょうがないんだから……」と彼女を追いかけて行くのだ。
 そういう一連のやり取りを見て、壮太はアレクに問いかけた。
「アレクおにーちゃんってさ、ジゼルのことどう思ってんの」
 単刀直入な質問に、アレクは「妹」と切り返す。しかし壮太は釈然としない顔のままだ。
 アレクは「Precious(大切な)」と付けたした。
「それさ、特別な妹だってのは知ってるけど――ジゼルをそのポジションに置いといて満足なのかって……」
 額をトントンと掌で叩きながら、壮太は考えを言葉に変えようとしている。その様子を見ながらアレクを片眉をあげた。
「お前の言ってる意味が分からない」
「あー……ジゼルは?――今の状況で満足してんのかな。そういうのちゃんと聞いた事ある? 
 お互いのこと兄妹以上に思ってるんなら、ついてくの拒否られたこと、ジゼルは傷ついてんじゃねえのかなあ。置いてった理由とか理屈は置いといて『感情的な部分』でさ」
「質問に至る迄の経緯が知りたい」
「……この間、和の国でさ」
 壮太が話すのは先日アレクやジゼル達と巻き込まれた不思議な世界への転移現象事件の事だ。その事件が粗方解決したくらいの頃、壮太はアレクと飯を食いにいこうと話していた。あの時ジゼルは自分も一緒に連れて行って欲しいと言っていた。
「あれってオレに対する牽制に見えたんだ。それで気になってたら――どうなんだろうなって思い始めてた」
(執着しているのは、案外ジゼルの方なんじゃねぇ?)
 壮太の目には、ジゼルの言動がそう映っていたのだ。あれが牽制だとして、そんな事をわざわざされなくても兄妹が特別な関係だという事は壮太だって分かっている。だが、それぞれ個人としての気持ちはどうなのか。アレクは? ジゼルは? そう思ったら考えが悶々と湧き続けてしまったのだ。
 壮太の素直な告白に、アレクは理解を示す様に頷いた。
「牽制か……。少なくともあの場に置ける彼女の発言がお前の邪推するような意味を持っていたとは、俺には考えられない。何故なら俺はジゼルの口から何度もこんな言葉を聞いているからだ」
 軽く咳払いをして、アレクはジゼルの言葉を自分の口から出してみせる。
「『義兄弟って素敵だわ。男同士の友情って女の子には入り込めない、何か特別なものがある……そんな感じがするの。
 ホント……私の方が早く壮太と会ってたし? 水泳の試験の為の特訓で一緒になったり、バイトとかも一緒にやったことあるのに?
 義兄弟かぁ……ふぅぅぅぅぅん?』
 ……いいかつまり、嫉妬されてるのは俺の方だ、おい死ぬか、糞バカ」
 気づいた時には黒色が目の前に広がり、直後の痛みで壮太は自分の前頭部がアレクの手に締め上げられている事に気がついた。即座に上がった悲鳴の中、地を這う様に低い声が壮太の耳に木霊する。
「ブレーンクロー、得意なんだよ。俺の握力……教えてやろうか」
 背後に黒いものを立ち上らせている『お兄ちゃん』の迫力に、壮太は今自分が命の危機に直面している事を悟ったのだった。