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第2章 背水の陣

 大荒野とヴァイシャリーの国境に設けられた砦では、激戦が続いていた。
 教導団の李 梅琳(り・めいりん)大尉率いる援軍は、指揮官の都築少佐の指揮下に入り、即防戦に加わった。連絡は無線でやりとりしただけだ。
 ヴァイシャリー家からの援護として訪れた、ラズィーヤの実弟であるレイル・ヴァイシャリー、ラズィーヤに仕えているシャンバラ古王国の騎士ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)、その護衛としてついてきた、白百合団副団長代理のティリア・イリアーノと白百合団員達は、打ち合わせの為に、要塞内の作戦室に集まっていた。
 彼らの他に、自主的に協力を申し出た契約者や都築少佐のサポートとして付き従っている大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)とパートナーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の姿も、その部屋にあった。
「百合園女学院、白百合団の班長、及びロイヤルガードのロザリンド・セリナです」
 まずは、ロザリンドが作戦の提案を行う。
「第七龍騎士団の新団長レスト・フレグアムは風魔法の使い手だと聞きました。こちらにも風の魔法の使い手はいます」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はレイルの後ろに立つ、ファビオに目を向ける。
 ファビオは無言で頷いた。
「無論、神の魔法に敵うほどの威力はないでしょうが、私達にはヴァイシャリー家からお預かりした、女王器があります」
 古王国の離宮から持ち帰った杖状の女王器。
 それは、魔法を増幅させることが出来る女王器だ。女王の血を受け継ぐ者にしか扱うことができない。
「彼の護衛とアドバイスの為に来たつもりだったけれど……俺の力が役に立つのなら喜んで協力させてもらうよ」
 ファビオの言葉にロザリンドは強く頷いて「お願いします」と言い、提案を続けていく。
 敵の風魔法には、強化したファビオの風の魔法で対抗。
 打ち消すよりも、干渉してその風を飛兵にぶつけることが出来ないか。
 レストが動かないようならば、こちらから風を使って飛兵の動きを乱す。
 魔法を使ってきたのなら、ファビオの風で対抗。ファビオが風を止める瞬間に合わせて、砲兵は飛兵に攻撃。
 そんな連携は出来ないかと提案する。
 更に、時間を稼ぐためのイコン部隊の設置についても、ロザリンドは意見を出す。
 イコンの戦闘稼働時間の短さを突く作戦だ。
 倒されることを前提とした、有志による少数のイコンを投入。
 本陣からの支援攻撃が届くギリギリの所でシールドを構えて迎撃。
 進路妨害ないし攻撃で少数による敵の戦闘時間を浪費。
 その間本陣イコンは砲撃以外アイドリング状態で温存。
 戦闘不能になれば離脱し、仲間はその機体を盾にしながら相手にぶつかり、攻撃に耐える。
 避けて通ろうとするなら砲撃支援に合わせて相手の横腹に突撃。
「……これは注意を引き、遊撃を悟られない目的もあります」
「危険な作戦だな。その時間稼ぎをキミ等がやってくれるっていうのなら、任せるが?」
「はい、指揮は私がとります。共に守る仲間を犠牲にするようなことはいたしません」
 ロザリンドの真剣な表情に、都築少佐も真面目な顔で頷き作戦を了承する。
「ところで、ちょっとお聞きしたいんですけれど……」
 東シャンバラのロイヤルガードソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が、ファビオに目を向ける。
「時折襲ってくるという、竜巻のような風の魔法、声を飛ばす魔法に……もしかして、心当たりはありませんか?」
 ソアは、ファビオがかつてエリュシオンの魔道書『ヴェント』に完敗したことがあるということを、知っている。
 そして、交戦中の第七龍騎士団の団長レストは、その2冊あった魔道書を引き取るために、ファビオ達の元に現れたことがあった。
 相談や抗争の末。
 1冊はヴェントのパートナーのユリアナ・シャバノフの手に。もう一冊はヴァイシャリーの魔法院で管理されることになった。
「……多分、『ヴェント』に記されている魔法だ」
 それは古代にエリュシオン帝国で書かれたという魔道書だ。絶大な威力の魔法が記されているという。
 暗号で書かれており解読することは不可能だが、ユリアナというパートナーを得て、魔道書は人の姿をとるようになっていた。
 彼自身、そして彼が教えた相手ならば、その魔法を行使することが出来るだろう。
「偶然にしては、違和感があります……。もしエリュシオン人である彼が、ヴェントの力を引き出しているとすれば……」
 ソアは不安気に、言葉を続ける。
「地球人であるユリアナさんと、既にパートナー契約を結んでいるということになりませんでしょうか」
「そうとは限らない。エリュシオンには解読する方法があったのかもしれないし。でも、その可能性は――あると思う」
 ファビオの返答に、ソアは頷く。
「はいはーい!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が手を上げて、発言する。
「以前のジャタの森の要塞で見た感じだと、以前から仕えていた龍騎士たちの不満が表れていると思う。レスト・フレグアムは人望なしで、力のみで龍騎士団長になったのかもしれないけど、鍛練の部分と功績の部分で下が不満に思っている部分があると思うんだ。だから、レストの失敗、恐らくは排除できる理由を欲しがっていたりすると思うんだよね。彼等、龍騎士たちは超プライド高いし」
 円は以前、第七龍騎士団の副団長を務めていた人物と対峙したことがある。
「例えばさ、レストとユリアナがパートナー契約を結んでた場合だけど、レストのパートナーである、恐らくユリアナを捕えて人質にとり、パートナー抑えている事を全体に知らしめると、彼の弱点がこっちにある事をあっちの騎士さん達が知って、彼らの士気を下げ、あわよくば、仲たがいさせること出来やしないかな?」
「うーん、その行為は国軍としてどうなんだろ、ははは〜」
 都築少佐が軽く笑みを浮かべた。
「大丈夫。問題ない。きっと。……とはいえ、ユリアナは何か問題を起こさなきゃ捕らえるのは無理かな?」
 でっち上げられないだろうかと、円はちょっと考えた。
「ファビオさんはラズィーヤさんの指示で来たそうですが、もしかすると、ラズィーヤさんはこのことも見越していたのでしょうか?」
 ソアがファビオに問う。
「いや、俺は彼女の弟の、レイル様の護衛として呼ばれただけ、のはず。……多分」
 ちょっと自信なさげな返事だった。
「本当にヴェントの力のようでしたら、ラズィーヤさんやロイヤルガード隊長の優子さんに連絡しますね。……ユリアナさんとヴェントの身柄を確保した方がいいと思いますので」
「でもそれが、濡れ衣だったら……彼女は今度こそ心を閉ざすと思うから。難しい話だね」
 ファビオはそう言い、淡い笑みを見せた。
 ユリアナは……彼女は、現在身を粉にして、本当にシャンバラの為に尽くしてくれている。
 彼女は罪を犯したが、その良くない行いも、シャンバラで精力的に活動をしている学生ならば、特にパラ実生なら無論日常茶飯事だし、同程度の行いをしたことのある者も多い。
「そうですね」
 ソアも少し悲しげにそう答える。
「エリュシオンの方と契約することが、罪なわけではないですよね」
 本当は、人を疑うことなんて、したくない、のに……。
「まあ、なんだか複雑な事情を抱えているようだが、上の判断に任せるしかないんだよな。その子がここで何か問題起こしたら、その案使わせてもらうぜ」
 都築少佐は円とソアの案に対して、そう返答をした。
「私はロザリンド・セリナ隊のサポートをいたします。出撃の前に、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
 続いて教導団の志方 綾乃(しかた・あやの)が都築少佐に問いかける。
「何だ?」
「要塞を落とされれば、ヴァイシャリーはキマクの二の舞です。落とされるわけにはいきません。だけど、これまでの戦いや、今の話を聞いて、思ったんです」
 綾乃は思いを口にしていく。
 エリュシオンは何を考えて戦ってる、何故戦えるのか?
 国家としての総意も勿論、一人一人の騎士達が何を考えて戦場に出ているのか。
 彼らだって今、キマクに住むシャンバラの民がどのような惨状になってるか知ってるはず……。
「単にシャンバラの民を人間以下の蛮族としか見てないからあんな酷いことが出来て、惨状とも思ってないのでしょうか。それとも彼らなりの信念や正義、考えがあるのでしょうか」
 綾乃は悲しげに首を左右に振る。
「私には分かりません」
 そして眉を寄せて言葉を続けていく。
「だけど同時に分かるんです。今の私は、目の前の戦うべき『敵』のことを何一つ知らない。敵の正義も知りもしないのに、憎むことなんか出来やしない」
 そんなことを思う自分は――。
「私は、ただの偽善者なのでしょうか」
「あー……」
 都築少佐は頭を掻きながら、話し始める。
「お前も、俺もシャンバラ国軍の軍人だ。そして、エリュシオンの騎士団員も。殺し合う相手のことなんて考えていたら、戦争なんてできやしない。守るべきものの為に、俺らは戦わなきゃなんないわけだ。だから、そういった感情は全て、それぞれが信じる者に預けてある。家族だったり、女王だったり、金団長だったり。奴らも、シャンバラの民を人だとか、その惨状を心で捉えないようにしてるんじゃないか? 勿論、本当に人だと思ってないような下種もいるだろうがな」
「そうですか……私は、軍人になりきれてないのですね」
 綾乃はもともとイルミンスールの生徒で、現在は見識を広げるために教導団に体験入学をしているところだった。
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。現場で感情に振りまわれなきゃ、外でどんな感情を抱こうが本人の勝手だ。普段は、自分の心に素直でいればいいさ」
「はい」
 そう返事をしたあと、綾乃は戦士の顔に変わる。
「では、志方綾乃出撃準備に入ります」
 そして、パートナーのラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)共に、イコン格納庫へと向かう。