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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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「道なき道をゆく、とは言いますが」
 瞳の前に広がる景色に島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は呟いた。
「これはまた不安な道ですわね」
 地図を頼りにやってきた。一見すれば何もない、ただ砂に埋もれた一帯の中にイナンナの女神像がただ一人で佇んでいた。
「あぁ、なるほど。確かに道だったみたいね」
 島本 優子(しまもと・ゆうこ)は膝をついて砂を手ではらった。辺り一面、見える全てが砂に埋もれているとは言ってはみても、砂原には幾つかの凹凸が見てとれる。濃度の差によるものだろうか、自分が立っている箇所はいくらか薄く、同じ幅が真っ直ぐ続いていることからも『道』を成していたのだろうと思われた。砂をはらって見れば白く細かな砂利が現れた。
 道は窪みに挟まれている、いや、道がせり上がっていると見るべきだろうか。道端から手を伸ばし砂を掘ってみれば色の悪くなった葉野菜が姿を現した。濃い色をした一帯はどうやら畑だったようだ。
「話を聞こうにも人一人見つからないし」
「まぁ、予想はしていましたけれど」
 それでも人の姿が見えない光景というのはそれだけでどこか寂しく心細い。
 人が動けば物が動く、物を動かすためにも人は動く。しかし理由も無しに人は動かない。マルドゥーク主導の元、西カナン全域に『ルミナス・ヴァルキリー周辺地帯の新拠点への避難勧告』がなされてから既に一ヶ月が経っている。勧告を伝え回ったのは主に彼の元に集った兵士たちであるが、生徒たちの手伝いもあり、さほどの時間差もなく行き渡らせる事ができた。
 大地を再生する事がイナンナの力を取り戻すことに繋がる。西カナンの各地でそれが起これば、より多くの力が彼女に戻る。
 危険を承知の上でこの意に承諾してくれた民たちを再び各地へと送りだした、ネルガル軍による女神像の破壊はそんな最中に起こったわけだが、それだけに村や集落間をむやみに行き来する者はほぼ皆無だった。
「あなた、ずっと一人だったのね」
 優子は寂しげに像を見上げた。南東部の道端にたつ女神像は、もうずっと歩み過ぎる人の姿を見ていないことだろう。
「掃除、してあげたいんだけど、いいかな?」
 天津 麻衣(あまつ・まい)の申し出に2人は「もちろん」と答えて体を開いた。
「では、わたくしたちは道の修復と清掃を行いますわ」
「お願い。こっちが終わったら手伝うから」
「えぇ、お願いします」
 2人が顔を見合わせて道端に寄りゆく様を、そして麻衣が女神像に向き直す様を見て、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は一人、小さく頷いた。
 如何に大地を再生しても村や集落間の道が形づいていなければ孤立を生む、人と人とが繋がらなければ真の意味での再生や発展にならない。女神像だってそうだ、崇拝の対象となるイナンナの女神像が汚れたままでは民の心も乱れるというものだ。
「あとは……」
 クレーメックは振り向いて砂に埋もれた田畑へと目を向けた。そこにはゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)が居た。
「ええと、この辺り……かな?」
 やっぱり、と付けたそうにゴットリープは言った。先刻から『ダウジング』にて地下水を探していたのだが、どうにも田畑の端に移動していた。隣についていた麗夢も同じに付け足したいとどうにも思った。だってそこは田畑の構造上、用水路があって当然の場所、だったのだから。
「よぉし! そうと分かればやっちゃうよっ!」
 彼女が導き出した範囲に麗夢は手のひらを向けた。空気中に含まれる水分を『氷術』で凍らせて氷塊を作りだし、溶かして濾過して水を確保しようと―――
「ありゃ? ありゃりゃりゃ?」
 どうにも大きくならない。もともと『氷術』では巨大な氷塊を作り出す事は不可能なのだが、気候の影響もあるのか、どれだけやろうとも掌程度の氷塊しか作れなかった。
「うぅ……ごめん。これじゃあ全然足りないよね」
「そんな事ないよ! どんどんやろう!!」
「えっ、でも……」
「塵も積もれば、でしょ」
 何をするにも水分は必須、確保するのが自分たちの役目、それなら迷う事はない。
「そうだねっ! よぉし!!」
 『アイシャのヘアバンド』を指で直して麗夢は瞳に鋭気を灯した。
 ――あちらも大丈夫、か。
 クレーメックはスッと視線を移した。今度はゴットリープ達とは反対の田畑へ、そこには天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)を始め、パートナーであるオルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)が迎撃のための準備を終えようとしていた。田畑と道の凹凸を利用して身を隠そうとしているようだ。いつネルガルの手の者が襲来するか分からない状況下ゆえに前もっての準備は心強い限りである。
「―――例えば何者かに洗脳されたり、意志を乗っ取られた、という可能性だって」
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は女神像の台座を小箒で掃きながらに言った。これにはパートナーの早見 涼子(はやみ・りょうこ)が応えた。
「洗脳というのはピンときませんね。考えられるとしたら強力な暗示にかかったから、ぐらいでは?」
 今回の事件だけじゃない、2人はもっと根本から推測していた。ネルガルや神官たちがなぜイナンナを裏切ったのか、彼らにとってイナンナは神だったはず、それを裏切るとなれば、やはりそれだけの理由があるはずなのだが。
「暗示……か。自分の信じる神を裏切らせるほどの強力な暗示……」
「えぇ。でも、そんな暗示をかける事が出来るとなると、彼女とは異なる神……いえ、悪魔の類でしょうか」
「穏やかじゃないな」
 クレーメックが割り入った。
「神官……いや、ネルガルは神や悪魔に踊らされていると?」
「可能性の話です。ネルガルの力は未知数ですが、如何に強大な力を持っていたとしても、たった一人でカナンの国家神を封印できたとは、どうも考えにくい」
「協力者が居ると?」
「えぇ。大陸の北の方には、そういう姑息な手をよく使う連中がいますから」
「なるほど、そういう事か」
「あくまで可能性の話ですがね」
 何一つ確証のない推論。しかし妙な説得力がある。いや、安易に想起するのはむしろ危険か。
 ――まぁ、それだけの場数を踏んできたからな、私たちも。
 導いた推論を冷静に見直そうとクレーメックが視線を落とした時だった。自分の名を叫ぶ声が背後から聞こえた。声の主は相沢 洋(あいざわ・ひろし)だった。
「何か、近づいて来る!」
「敵か?」
「分からん。先行する」
 向かい来る物体の軌道正面に入り立って両手を広げた。巨体を誇る『砂鯱』が砂面を泳ぎくる。その背に乗る人影を目視できる程に近寄りきたというのに、それは一向にスピードを落とさずに砂をかき分け波立たせくる。
 ――このままでは……
「クレーメック! 借りるぞ!」
「お、おいっ!」
 は停めてあった『小型飛空艇オイレ』に乗り込むとキーを捻り、エンジンをかけた。『砂鯱』はすぐの鼻の先にまで迫っている、このままでは突っ込んでくる。
「うおぉぉぉおおおおお!」
 衝突音が爆ぜ広がった。『砂鯱』の横腹に頭から突っ込んだ、クレーメックの飛空艇が。そうしてどうにか軌道を逸らし砂畑を抉らせ止めた。
 横倒した『砂鯱』の影から、人在らざる者が飛び出してきた。真っ先に着地したのは『アンデッド:ゾンビ』だった。
「いったい何なのです? それ以上近づけば―――」
 乃木坂 みと(のぎさか・みと)は律儀にも通告したが、スキルを使わずとも相手の殺気は明らかだった。
「くっ」
 跳びかかり来るゾンビの胸部へ『火術』を放った。ゾンビを相手どるなら言わずもがなに的確、あっと言う間に体は燃え上がった。 しかし、それでも体が炎に包まれながらもゾンビは奇声をあげて飛びかかってきた。
「きゃっ!」
 追撃が間に合わない。みとが顎を下げ引いた時、後方から十字の砲火が過ぎていった。ゾンビを撃ち返したのは華嵐の『クロスファイア』だった。
「振り向くな! そのまま続けたまえ!」
 飛び出してきた影は全部で3体、まだ2体居るはずである。
 みとが敵姿の一つを捉えた時にはケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が間合いを詰めていた。
 『神速』で加速、『軽身功』で宙に跳んで敵姿を捉えた。一体は『アンデッド:スケルトン』、もう一体は『アンデッド:レイス』だった。距離が近いはスケルトン。
 ――操り主が居るはずだがな……まずは!
 間合いを詰めて足下へ『鳳凰の拳』を叩き込んだ。
「どぉりゃあああッッッ!!!!」
 強烈な拳撃が砂を、そして砂にまみれた衝波がスケルトンを吹き飛ばした。
「ふっ!」
「待て!!」
 地を蹴り、跳び出そうとしていたケーニッヒ天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)が止めた。そして視線を前方へと促した。
 吹き飛ぶままにスケルトンが道から田畑へ出ようとした時、その足下で爆発が起こった。魔法ではない、爆薬によるものか、地雷の類だとは思うがスケルトンは宙を浮いて……というより吹き飛ばされていたわけで―――
 腑に落ちないと思っていると、ニヤリと口端を上げた豹華がリモコンを見せていた。
「あの一帯は俺の領域だ。追い込んでくれりゃあ引き受けるぜ」
「なるほど」
 となれば残る一体を追い込めば―――ってオィ!!
 パートナーのオルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)に『アンデッド:レイス』が迫っていた。彼女はまだ気付いていない―――
「オルキス!!」
 どうにも小っさいオルキスみとを見上げて両手をピンと伸ばして両掌を広げていた。声に気付き、ようやくに顔を上げたのだが―――
「なっ…… おい! ちょっと待―――」
 『パワーブレス』を唱えたままに敵姿に向いた、両掌は今も敵姿に向いたままで。慌てすぎていて『パワーブレス』を唱えるを止めていない。そのままレイスが突っ込んで来たら敵を強化してしまうぞ。
「って、馬鹿なこと言ってる場合じゃねぇ! オルキス!!」
 迫るレイス、それに巨柱の如き炎撃がブチ当たった。
「ふぅ」
 みとが放ったのは、ただの『炎術』だったのだが。『パワーブレス』で強化されたその威力に彼女はすっかり陶酔していた。
「やはり魔法は素敵ですわ。それにこの威力、これなら十分イケますわ」
 『パワーブレス』を唱えてくれた事への礼に、オルキスは助けられた事への礼で返した。炎撃を直撃で受け飛びながらも『アンデッド:レイス』は上手く体を旋回させて脱出していた。一撃で仕留める事が出来なかったのは厄介だが、今はどうにも驚異を感じない。幾らか時間はかかっても確実に仕留められる。あとは……。
「あとはお前だけだぜ」
 横倒しになったままの『砂鯱』、その体上からクレーメックが声を放った。今にも跳び出そうと屈めていた体を起き上がらせてゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は両手をあげた。
「おいおい、一体なんだっつーのよ」
「白々しいことを。そのまま頭の後ろで手を組むんだ」
 言われた通りに彼はした。そこまでに妙な動きは見られない。
「ネルガルの手の者だな?」
「ネルガル? 知らないね。俺様はただ、あの女神像に参拝しに来ただけだ」
「にしては随分派手な登場だったように思えるが?」
、女神像ごと轢き壊す勢いで、そしてそれを止めるべくクレーメックの『小型飛空艇オイレ』が犠牲になった。
「バカ言え、こいつが暴走しただけだ。んで、そのまま暢気に気絶してやがんのさ。ったく、オラ起きろ!!」
 ゲドーが『砂鯱』の頭に蹴りを入れた時だった。彼の背後から『不幸(アンデッド:ゴースト)』が飛び出してきた。
「キシャァァァアアアア」
「そんなつまらない手が、」
 華嵐が『スナイパーライフル』を構え向け、そして放った。
 十字の砲撃がクレーメックの路傍を過ぎ行き、ゴーストの胸部を見事に撃ち焼いた。
「通用すると思われているとは。随分見くびられたものだ」
「見くびってなどいない、ただ見下しているだけだ」
 ゲドーは目玉だけを『砂鯱』へ、。まだ朦朧としているだろうが意識は取り戻している。女神像は……!!!
「残念だったな」
 クレーメックの宣告で詰みだった。女神像の周りを『小型飛空艇』と2台の『軍用バイク』、そして『砂鯱』が取り囲んでいた。
「手が残っているとすれば砂鯱での突進くらいだろうが、そうはさせない」
 機体は全て像に背を向けてあり、いつでも発進する事が出来る。砂畑ならまだしも、先刻のように滞積の少ない路面を強引に突き進んで来たとしても、十分な加速が叶わないならば止めるは決して難しくない。
「ちっ!」
「うおっ!」
 『砂鯱』の腹を蹴り上げた。水揚げされた鰯のように激しく、しかし巨体ゆえに重々しく体を跳ねさせた。揺れる足下を強く蹴りてクレーメックは跳び退いた。
「うぃ〜ひゃっははは〜!!」
 ゲドーが背に乗ると『砂鯱』はピタリと落ち着いてみせて、そして砂畑へダイブした。
「参拝は取り止めだぁ〜!! んなもん心の中ですりゃあ良いんだからなぁ〜!!」
 最後にそれっぽいことを言って退散していった。
「追うな!」
 クレーメックが制止をかけた。追わせる事が次なる罠という事も、また手薄になった所で像を狙うという事だって考えられる。何より彼が一人で攻めてきた事が腑に落ちない、神官たちが一人もついていないというのは明らかにおかしい。
 目的は女神像を守ること、今回は上手く撃退する事が出来たが、刺客が彼だけとは限らないのだ。
 しばらくは緊張状態が続くであろう事を、ここに全員が覚悟したのであった。