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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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 東部の峠下の集落から北方を目指した如月 和馬(きさらぎ・かずま)たちは、すぐに別の戦線にぶつかった。緩やかな登り道、その道端で同じくネルガルに仕官した秋葉 つかさ(あきば・つかさ)の姿を見つけた。どう見てもここも戦況は悪い。
「んなとこで何遊んでやがる」
 爆風で飛ばされたのだろう。クルクルと回りながらに宙を滑るつかさを受け止めて言った。再会の笑顔もつかの間に彼女は口を尖らせた。
「遊んでなどいませんわ」
「おっと」
 機体に『小型飛空艇ヘリファルテ』が迫ってきた。速度が速い上に乗り手の青葉 旭(あおば・あきら)は『破邪の刃』を撃ってきた。この状況で視界を遮られる攻撃は正直堪えた。
「女神像はどうした! 壊したんだろうな!」
 自分の事は棚に上げた。そうとは知らないつかさは、いかにも気まずそうに「それが……隠されてしまったようで……」と呟いた。
「隠された? んなデケェもんをか?」
「そうなのです」
 困ったものですわ、なんて彼女は言葉を続けながらに道端の一角を指さした。そこには先の集落で見たような台座が見えたが、女神像はそこに乗ってはいなかった。
 女神像を隠したのは山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)だった。
「狙いは像なんだから、隠しちゃえば良いにゃ」
 と思い立ったまでは良かったのだが…… アテが外れた。
 像を抱えて『光学迷彩』を使えば女神像ごと隠せると思ったのだが、自分よりも大きな像が隠れるはずもなく、むしろ目立ってしまったため、そのままに抱えて道端の隆起した砂塊の陰に隠したのだった。
「ようし、そろそろワタシも参戦しようかにゃ」
 襲来した神官戦士は2名。4体のオルトロスはうち、3体は既に眠りに墜ちている、そして、
「これで終わりです」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が正面からオルトロスに向かってゆく。
 怪犬の牙をフィリッパは『聖剣エクスカリバー』で受け防いだ。そうして力で押し耐えた。双頭といえど片方の動きが止まれば他方は自在には動けない。そこへシャーロットが『ヒプノシス』を唱えた。
 ネルガルに凶暴化させられているからだろう、いつも以上に念を押して唱え続ける必要はあったが、この個体も無事に眠らせる事ができそうだ。
 片頭が眠ってしまうという異変に、もう片頭は戸惑いを見せる。そこへフィリッパが柄尻で脳天を突撃をすれば完全に決まり。シャーロットの『ヒプノシス』で双頭が眠りに墜ちる、そうしてこれまで沈めてきたのだ。
「さぁて、君たちはどうするのかな」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が『小型飛空艇』からつかさたちを見下ろした。
「見ての通り、ワンちゃんたちは寝ちゃったみたいだけど?」
「もうっ! どうして邪魔するのです?! 女神像を隠したりして!!」
「当然でしょ! 女神像が壊されたらイナンナちゃんが―――」
 言いかけて…… どうにか留まった。マルドゥークの考えではイナンナが女神像を媒介としている事はネルガルにはバレていない。 各地の女神像を壊している以上、気付かれたと考える事も出来るがこちらから情報を渡す必要は一つもない。
「イナンナちゃんが?」
「イ…… イナンナちゃんに祈りを捧げる人々が困るでしょう! みんな彼女のことが大好きなんだからっ!!」
「私だってネルガル様の事を愛してますわ!」
「愛し…… って、えぇっ!」
「おい………… つかさ……」
 和馬は止めようとしたが止まらない。完全に血がのぼってる。一体何に対抗してんだか。
「ネルガル様が……ネルガル様が直々に私に像を壊せ、そう仰ったのです! それを…… それをあなたたちは……」
 いや俺にも…… というか全員の前で言ってただろうが。どんだけ前向きな解釈してんだか。
「これで最後ですぅ」
 地に倒れていたはずの神官戦士たちが彼らのワイバーンに積まれていた。やったのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だった。
「連れて帰るですぅ、それで見逃してあげるですぅ」
「だったら早く女神像を出すのです! 壊すべきものを壊したらしたら帰りますわ!」
 ――はぁ。
 和馬は神官戦士の一人に顎で合図した。下の2人は気を失ってるんだ、ワイバーンに乗り操る者が必要になる。
「おら、行くぞ」
「ちょっと、何なのです?! まだ女神像が―――」
「さっさとしやがれ」
 つかさを連れて、神官戦士どもを連れて和馬は『小型飛空艇オイレ』で空を駆けだした。眠ってるオルトロスは…… 知ったことか。くれてやる。
 イナンナの女神像を壊すことには賛成だ、だがネルガルは『イナンナ像の代わりにシャンバラ女王のアイシャ像を置いたらどうか』というオレの提案を破棄しやがった。
 理由は『代わりの像など造るのに時間がかかりすぎる』というものだったが本音はどうだか。アイシャの像が並べば自分の支配が薄まるとビビったか、それとも民にシャンバラに対する猜疑心を植え付けるという策の本質が見抜けていない馬鹿なのか。どっちにしても、命令とはいえ命を投げてまでする事じゃねぇ。
「その顔ですと、追わない方が良い、のでしょうか?」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)メイベルに問いた。
「正解です。よく分かったですねぇ」
 追おうとしている者が、そのように力なく操縦幹を握ったりするもんですか。彼女の『小型飛空艇』は完全に唸る気配を断っていた。
「神官の方にも家族はいるはずですから。殺さずに済むならそれに越したことはないですよ」
 神官戦士を相手取る際にもメイベルは『ヒプノシス』を唱える隙を作ることに意を向けていた。それはパートナーたちにも徹底していた。その成果だろう、オルトロスを含めてもこの戦線での致死者はゼロであった。
「フィリッパ?」
「大丈夫ですわ」
 彼らが逃げ飛びる先、その空を見つめてフィリッパが応えた。
「あの方角に集落はありません」
 彼らは南西に飛んでいた。到着してすぐにと共に周囲の地理を調査、把握していた。
「どうにもキレイに事が片づきましたね」
 ふとウィングが呟いた。
「ぷぅ。良いことです」
 唇を弾いてメイベルが返した。出来すぎな程にキレイに収束した。まぁ、平和であることに何一つ不満などはあるはずもないのだが。
「なるほど、あんな所に隠していたのですね」
 道端の先でにゃん子が女神像を引っ張っていた。忘れていたが、当然元の場所に戻す必要がある。
「掃除が必要でしょうね」
 緊張感の欠片もない、がこれが本来の西カナンの日常であるはずなのだ、ネルガルがこの国を支配するまでは。
 今もまだカナンの各地で戦いは起こっている。まだまだこの力を振るう機会は続くのだろうと思い馳せるウィングの心境はどうにも複雑な色をしていた。




 ヴァレリー・ウェイン(う゛ぁれりー・うぇいん)は動けない。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)ネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。ヴァレリーは石像となった。
 刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
 刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――

『今頃は俺様の有難さを肌で感じているだろう。
 つかさ一人ではネルガルの寝所へ辿り着くのも難しかろう、そもそもあの男、色事に傾く気配すら見せぬからな。
 せいぜい他人にいびり弄られるが良い。さすればより愛おしく俺様を感じ味わえるというものだ』

 刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
 だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
 願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。