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リアクション
第二章 羅針像
太陽の日差し。古代戦艦ルミナスヴァルキリーが巨大な影を地に下ろしていた。いつもよりも日差しが強く感じるのは、また影が大きく濃く感じるのは体中の細胞が沸き立っているからであろう。
張られたテントのその下で、 ホウ統 士元(ほうとう・しげん)のギョロ目が地図と資料を忙しなく行き来していた。そうして地図にも資料にも幾つもの印を付けながらに、
「被害範囲が広がってます。敵はかなりの人員を割いているようですね」
と報告した。風祭 隼人(かざまつり・はやと)も地図を覗いた。
「やはり数にものを言わせて来たか。できるだけ特定してくれ」
「了解」
2体の『使い魔:カラス』と『使い魔:フクロウ』『使い魔:紙ドラゴン』など、計4体の使い魔を四方に放っていた。ネルガル軍の進攻はこれで発見し、先手を打ちたい。しかし現状はどうしても遅れをとっていた。
「報告の来ていない地域にはみんなが向かってる。危険を承知で行ってくれた」
少しイジワルな言い方だったか。イナンナは唇を強く押し合わせていたが、決して瞳は閉じなかった。決して現状から目を逸らさない、そんな意志の表れに見えた。
「ダメだ」
戻り来たハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)はバツが悪そうに報告した。
「職人は何人か居たんだが、ストックは僅かだそうだ。寄せ集めても新しい像はとても作れそうもない」
避難してきた民の中には町や集落でイナンナの女神像を製造、修理する職人が数名ではあるが確認することができた。ネルガルに壊されたならば新しく造れば良いという案のもと、その是非を訊いて回ったのだが。現状では細部の修復が限度だという。
「セフィロトを押さえられている以上、どうしようもないわ」
新たに女神像をつくるという時には、特別な儀式を行った上で必要な分だけを削っていた。故に予備がある事自体、極めて不自然なことなのだとイナンナは補足した。
「ネルガルは当然このことを?」
「うん。というより一時期その役職についていた事もあったわ」
「なるほど。厄介だね」
これまで自分に仕えていた者に裏切られた。精神的なダメージはもちろんの事、内情を知り尽くされているだけに質が悪い。
「イナンナさんよ、俺たちは裏切ったりしねぇから、安心しとけ」
別卓で同じく打ち合わせをしているマルドゥークの傍らから、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が首を伸ばし、
「ん、まぁ、んなこと言う方が怪しく聞こえるかぁ」
と続けて豪快に笑った。
「おっと、もうこんな時間か。マルドゥーク、そろそろじゃねぇか?」
「そうか。というより今日も、なのか?」
「あぁ、そうみたいだぜ」
ラルクが北の空を見つめて言った。遠く小さく見えていた影が徐々に近づいて来ていた。それはネルガルが操るワイバーンの群れだった。
「ったく、毎度毎度飽きないねぇ。つーか、しつこい奴だぜ全く」
古代戦艦ルミナスヴァルキリーの周辺には既に形を成したポート・オブ・ルミナスを始め、建設途中のものも含めてもかなりの数の施設の建築が今も成されている。そこへ ワイバーンの襲撃が毎日のように起こっているのだった。
「まぁ、これはこれで良い運動にはなってるんだがな」
「不謹慎だ」
言いながらに沖田 聡司(おきた・さとし)は『雅刀』を携えた。
「行くぞ」
「冗談だろうが。ったく、お堅ぃねぇ」
2人が日差しの中へ出てゆく中、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が、
「ボクたちも行くね」
とイナンナへ告げた。エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と共にマルドゥーク、イナンナの両名に挨拶をしたばかりだったが、協力できることがあるなら積極的に参加する、もとよりそのつもりで最前線に赴いたのだから。
「まるで砲弾のようだな」
エヴァルトは『龍鱗化』を唱えながらに北空に言った。
「あぁ、あの巨体で突撃してくるんだ。正に身を投げ出してね」
聡司はこれまでも幾度となくワイバーンの襲撃を退けていた。無論、仲間たちと共に迎撃してきたのだが、その中で分かった事が幾つかあった。その一つが『襲撃の度にワイバーンの数が変わる』ことだった。そして今日の敵数は、3体。
「少ないが、ここじゃないな。移動するぞ、乗るかい?」
ワイバーンは既に翼をたたんでおり、その形から方向変換をしたことはこれまでに一度もなかった。故に着弾点を予想することはそれほど難ではない。
聡司は自分の『小型飛空艇』にエヴァルトとロートラウトを誘い乗せた。完全に定員オーバーだったが、距離も僅かだったので低空フルバーストで予想地点まで一気に飛び込んだ。
竜砲弾が空に見える。それはすぐに視界の中で肥大化してゆく。それに向かってゆくように、エヴァルトは力強く艇板を踏み込んだ。
『龍鱗化』で強度を増した拳を握り、勢いのままに『龍飛翔突』を叩き込んだ。横腹を凹まされた竜砲弾がその形を保っている事は叶わず、すぐに翼も手足もダラリと揺らして落下した。
それだけには終わらせない。エヴァルトが墜とした竜の胸部への追撃が瞬後になされたのだ。
ロートラウトの『鳳凰の拳』、体重を乗せた拳撃が竜の落下軌道を大きくズラした、そうして落下する軌道と交差するのは2体目の竜砲弾の落下軌道上。向かい来た3体の竜砲弾のうちの1体目と2体目が空中での衝突を果たしたのだった。
「へっへ〜、上手くいったね」
「いや、まだだ」
笑むロートラウトをエヴァルトが制した。竜砲弾はもう一体残っている。
『雅刀』を下げて自然体。聡司は『小型飛空艇』を竜砲弾へと直線で向かわせた。
正面から叩くには力を伴う。相手はドラゴン、ただでさえ強固な体皮をしている。幾ら三段突きを得意としているとはいえ、竜を頭蓋から貫けるとは思っていない。故に、
衝突の直前に飛空艇を旋回させて傾けた。すれ違い様は刹那に刻が止まったようで、その瞬間に聡司は砲弾の外一面に刀を突き刺すと、一気に滑り薙ぎった。
「今は目的が違うからな」
竜の肩から脇にかけて、そして翼の端くらいを僅かに斬った程度だろうか。それでも今はそれで十分だった。
「さぁみんなぁ! 来るよ〜!!」
掛け声をあげたは今坂 朝子(いまさか・あさこ)、これに応えるは西カナンの若い男共だった。
「ダンプ!!」
はぃな!! と叫ぶ男共。荷台を傾けたダンプカーが次々と列をなし、巨大な防壁が姿をみせる。
「今よぅ!!」
おぅよ!! との叫び声。そして墜ち迫る3体の竜が衝突する直前、ダンプカーがエンジンをフル回転させて急発進した。
激しい衝突音。それでも防壁は落下の衝撃にもどうにか耐えた。無論、開拓地への被害は出ていない。
「よぅ〜し、あとは竜を回収して終わりだね〜」
なんて言った朝子の笑顔に若い衆が沸き立った時だった。一頭の竜が翼を広げて雄叫びを上げた―――
「悪ぃな」
竜の頬へラルクが『鳳凰の拳』を叩き込んだ。もともと焦点が定まっていないような状態だった所に脳を強く揺らされた為だろう、ワイバーンはこの一撃で大人しく崩れ落ちた。
「大人しく眠っててくれぃ。悪いようにはしねぇからよ」
ラルクが竜を沈めるのを遠目に確認して、「終わったみたいね」と今坂 イナンナ(いまさか・いなんな)はイナンナに言った。姿形が似ている2人が並ぶ様は、生徒たちも既にどこか慣れたものになっていた
「頼もしいわね、朝子ちゃん」
「朝子は職人気質だし、姉御さんだから」
土木作業や運送、もちろん農作業を得意とする者まで、ガテン系と言われる若い衆たちの多くが朝子に魅かれていた。それは朝子の気質によるものが大きいと彼女は思っているし、彼女自身、パートナーでありながらも朝子のそんな所を好いている。
「イナンナさん」
クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)
の声に2人が振り向いた。クリストバルは「ごめんなさい。女神様の」と慌てて加えた。
「ここの守りは彼女たちに任せても良いのではないでしょうか。そうすれば、マルドゥーク様もこの場を離れる事ができますし」
毎日のように『ワイバーンの襲撃』があるなら、マルドゥークは民を守り続ける。彼をこの場に足止めできる、それがネルガルの狙いだろうというのが皆の見立て。そして事実、これまではそうしてきた。しかしクリストバルが言うように、女神像を守る戦いにしても土地勘のある彼が出向いた方が良いこともまた明白な事実である。
「これ以上女神像の数が減れば、あなた様にも影響が出るのではありませんか?」
「私に?」
「えぇ。神殿でお祈りを捧げる人が減ったり、お供え物が途絶えたりすれば、神であるあなたの力は余計に弱まるのではありませんか?」
ただでさえ神官たちが寝返っているのだ、その上この国の民たちまでもが祈りを捧ぐ事が出来なくなったなら、と考えたのだが。
「確かに極端にお祈りが減れば力も弱まるかもしれない。でも今はみんなが大地を再生してくれてるおかげで力も戻ってきてる感じがするし」
エヴァルトの『念のため、女神像は一つ確保して常に携行しては如何でしょう?』という提案を受け、既に一つの像を確保してあった。集まった民はそれに祈りを捧げれば良いが、各地に散った民たちはそうはいかない。やはりここはマルドゥークにも発ってもらい、是が非でも像を守ってもらった方が―――
「その必要はない」
葛葉 翔(くずのは・しょう)が遮った。
「この件は俺たちが引き受けたんだ。これ以上、女神像は破壊させない」
士元の情報収集と隼人の分析と指揮、それから生徒たちの奮闘があればこの頭脳戦を勝ち抜く事も可能なはずだ。と信じてはいるのだが、
「マルドゥークは民の指針であり拠り所でもある。今ここを離れれば、よほど状況が悪いのかと民を不安がらせるだけだ」
「それは……」
イナンナは不安げな顔をしたが、不安な要素を隠しているのは翔のほうだった。携帯電話は使うことが出来た、しかし蒼空学園の山葉理事長とは連絡が取れなかった。
シャンバラに大きく動いてもらうは筋違いか。各校生徒たちへの協力要請は今もなされているはずなので、応援は期待できるが、これらはあくまでも個人レベルでの話しである。現状の戦力でこれからも戦うことを想定した場合、民が重荷になるような状況は決して作ってはならない。
「この件は俺たちが引き受ける」
もう一度、念を押すように。また自分自身を鼓舞するように翔は言った。
みなの働きにかかっている。現地に向かったもの、ここに留まり策を練るもの、大地の再生に専念するもの。どの働きも必要であり、鍵となる。
女神像を巡る戦いはもはや、西カナンの情勢を大きく左右する戦いとなっていた。
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