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リアクション
リュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)は動けない。
村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)がネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。リュナは石像となった。
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――
『蛇々おねえちゃん、大丈夫かなぁ。
あたしが動ける身体だったら辺りを散策して情報を集められるんだけど。
今はおねえちゃんの頑張りに賭けるしか……
おねえちゃん、頑張って!
いつもあたしが傍にいるから、いると思って、ねっ。』
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。
西カナンの中央部。すでに廃墟と化した村の一つを、征服王ネルガルは今回の拠点に構えていた。
ここはかつて周辺の村が団結してネルガル軍に立ち向かい、そして敗れた場所、その最後の抗戦地だった場所である。 砂に埋もれているのはもちろんの事、多くの建物や田畑の跡には多くの戦痕が残っている。
無論、村人など一人も居ないのだが今のこの時ばかりは、ネルガルが率いてきた神官兵やオルトロス、ワイバーンやらが村を闊歩していた。
『西カナン各地に奉られているイナンナの女神像を破壊する』ために。ネルガルは兵の統率を、そして彼に仕官した生徒たちは彼の補佐を命じられ、共に西カナンへと赴いていた。その内の一人、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)が征服王の元へと歩み寄った。
「あの……」
彼の足下で彼を見上げて、
「……連れてきました。彼らも……仕官したいそうです」
村で最も高い石造りの建物、その屋上。持ち込んだ玉座に腰掛けながらにネルガルはその者たちを見下ろした。
「仕官するのであれば、主らの大切な者を余に人質として差し出す事になる」
「分かっています」
天司 御空(あまつかさ・みそら)、そしてパートナーの白滝 奏音(しらたき・かのん)が応えた。
「人質には私がなります」
「でもその前にネルガル公にお聞きしたい事があります」
ネルガルは応えずに先を促した。
「代々神官長が継承してきたとされるイコン『エンキドゥ』、何故御使いになられないのですか?」
「何?」
「御使いになられれば反乱軍の鎮圧など容易いでしょう」
「あのっ!」
御空の言葉に蛇々が異を唱えるべく意を決したが、
「そんな言い方は! ………… 失礼だと…… 思う……」
と失速した。侍女として必死に尽くそうと奮闘しているがどうにも臆病な面が彼女の邪魔をする。それでも必死に「だから……」と次の句を発しようと彼女はしたが、
「良い」
とネルガルが言葉を告いだ。そうして黒水晶を奏音へ向けると光りを彼女に浴びせかけた。
光りに包まれた彼女は瞬く間に全身が石化してしまった。
「己が考えを主張したくば成果をあげよ。話はそれからだ」
差し出した人質は石化刑に処された後、その石像は神聖都キシュにある漆黒の神殿にて保管、管理されるという。
突然の出来事に言葉を失う御空を余所に、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、
「うひょお〜ひょっひょっひょ!! 水晶での石化なんて初めてみたぜ、悪くないねぇ!!」
と石像と化した奏音を舐めるように見回すと、
「人質が石化って事は〜ぁ〜んふぅぅぅ、ジェンドちゃん! もうすぐ石像になれるんだってさ」
「そ…… そんなの…… ボクは聞いてないですよ!」
「あれ? ジェンドちゃん怖いの? タンポポちゃんも?」
「あたりまえなのです。そんなの見て分かれコノヤロウなのです」
石化するのを目の当たりにしたからか、ジェンドも俺様の秘密ノート タンポポ(おれさまのひみつのーと・たんぽぽ)も体を震わせて怯えていた。
そんな2人の様子を見てシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)は「……私も石になりましょう」と手をあげた。
もともとは2人が人質になる予定だったのだが、2人だけを石化させておくことなどとても出来ない。自ら『救世主』と名乗るだけの慈愛と責任感は備えている様だが、この姿勢はこの場ではゲドーにとっては面白くないもののようだった。
「ん〜〜〜まぁ一人変なのが居るんだけど〜〜ん〜〜まぁ構わないよなぁ! 俺様はこの3人を人質に出すよぉ〜! 3人も出すんだ、もちろんそれなりの地位はくれるんだろうねぇ〜〜?」
「何度も同じ事を言わせるな。まずは余の信頼を得るに足る成果をあげることだ」
「成果? 成果ねぇ〜? 何だっけ? 『イナンナの石像壊し』だったかな?」
「これを」
東雲 いちる(しののめ・いちる)が地図を広げて見せた。西カナンの地形が描かれる中に幾つかの印が付けられていた。
「南東部をお願いします。神官兵とオルトロスが同行致します」
「ふぅ〜ん、でもさぁ、任務って石像を壊すだけなんだよねぇ〜え?」
ゲドーは『アンデッド:ゾンビ』や『アンデッド:ゴースト』そして自慢の『アンデッド:冥界鯱(砂鯱)』を披露して見せた。
「そんなの俺様一人で十分じゃなぁ〜い? そっちの方が評価も上がるだろうしぃ」
体長8mを越す砂鯱を前にしてもいちるは顔色ひとつ変える事なく言葉を次いだ。
「では、あなたは単独で向かって下さい。石像を破壊次第直ちに帰還、また破壊した石像の周辺地域の様子も報告して頂きたいので、視察の程もお願いします」
御空も同じく砂鯱を有しているというが、彼は神官兵たちの同行を所望した。ネルガルに仕官した生徒たちは既に各地へと散り発っている、成果を上げて彼らに追いつくには神官兵たちの土地勘は必要になる。石像になった奏音、そしてその横に同じく石像にされたジェンド、シメオン、タンポポたちが並べられてゆく。
もう後戻りは出来ない、いや、もとより後戻りなどするつもりなど毛頭にない。
新たに加わった者たちを含め、第二次群が村を発った。
「ネルガル様、イナンナの石像を破壊する事も『征服』に関わることなのでしょうか?」
「なぜそのような事を訊く」
いちるの問いにネルガルは笑みを浮かべながらに返した。
「いえ、以前にシャンバラでも女王像が破壊されるという事がありましたので。それからやはり…… 『征服』という言葉を使われた事とも何か関係があるのかと……」
「はっはっは、主はそこに執着するのう。そんなに気になるか」
声をあげて笑ったものの、彼がそれに答えることは無かった。代わりに、
「まぁ見ておれ。直に分かる」
そう言って口端を不気味に上げたのだった。
ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)は動けない。
東雲 いちる(しののめ・いちる)がネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。ギルベルトは石像となった。
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――
『いちるの為に人質になる、石化は想定外だったが、願ったとおりになったわけだ。
腑に落ちない違和感の為に、それを知るまで、いちるは危険な場所に身を置き続けるのだろう。
無理はするな、無茶だけはするな。何かを聞き出すには距離を詰めること、傍に居ること、まずはそれだけに徹すればいい。 俺が戻った時、どうか変わらぬ顔で笑んでいてくれ』
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。
ノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)は動けない。
東雲 いちる(しののめ・いちる)がネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。ノグリエは石像となった。
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――
『悪くないね。
完全に突然で不意打ちで心の準備も何も無かったけれど、これはこれで面白い。
ただ何も起きないのでね、正直どうかと訊かれれば、うーん、ちょっと退屈?
誰か解いてくれないかなー、そろそろ、いちるの可愛らしい顔を拝見したいのでね』
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。
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