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リアクション
康之が離れ、葵達が気分の悪くなった子供達を連れて会場から出ていた後。
アレナの周りに子供達が集まり始めた。
「ユノちゃん、ユノちゃん」
くいくい、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の服を引っ張って、耳打ちする。
「明らかに怪しい子が紛れてるよね。あんな如何わしい目つきの子供はいないっ」
「……ですよね」
アレナの足から顔をなめまわすような目つきで見ている子供や、パンよりもアレナを見ながらよだれを流している子供がいる。
「そういえば春だもんね。春になると増えるんだよねー。 やっぱりアレかな、前に呼雪やユノちゃんもなったみたいな薬……」
「呼雪は気付いていない……といいますか、純粋に子供達の世話をしています、ね」
「うん、そうなんだよね。ガッカリさせたくないなー」
途端。
子供の一人がテーブルの下に入り込んだ。
「あっ!」
ユニコルノが持っていた食器をテーブルの下に投げつけ……もとい、落してしまう。
「すみません、アレナさん。ボールを落としてしまいましたので、椅子少し引いて下さい」
「あ、はい」
アレナが椅子を引いて後ろに下がる。
「あれ? かくれんぼですか? お行儀が悪いと、お姉さん達に叱られますよー」
ユニコルノは瞬時にテーブルの下に入り込み、アレナのパン…を狙おうとしていた少年を皿と一緒に引っ張り出した。
「ぐぐぐ、せめてキミのパン…を」
子供が屈んでいるユニコルノのスカートにダイビング。
「……パンならテーブルの上にありますから」
無表情でユニコルノは子供の腰を掴んで、持ち上げて。ストンと椅子の上に落とした。
それからは、アレナの側でガードガード完全ガード。
子供の手や視線をも自らの身を盾に防いでいく。
「ぐー、柔らかさがたりない」
「ぐぬぬー、温かさも足りない」
「生パン…ほんのり温かな生パンがほしい」
子供達はユニコルノにタッチしては、そう呻いていた。
「ん? 生パン? 生クリームを詰めたパン…ならあるぞ? あとはいちごパン…に、クマ模様のパン…もある、どうだ?」
集まっている子供達に、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がバスケットの中のパンを勧める。
「パン…はパン…でも、俺達が一番欲しいのは、アレナちゃんの生パン…なんだ!」
ユニコルノに阻まれまくっている子供の一人が言った。
「トーストしていないパンのことですね? それとも私が作ったパンのことでしょうか」
「俺らが欲するのは、キミがつくぁったパン…だ!」
「そうか、アレナが作ったパンが欲しいのか。まだ人数分残ってる。ちゃんと座って食べろ」
わらわら集まっている子供達を呼雪は微笑ましく思いながら、席に座らせれていく。
ちなみに優子からのメールは呼雪の携帯にも届いていたが、仕事中ということもありまだ見ていない。
「呼雪さん……それ、可愛いですね。あっ、呼雪さんも“かわいい”はダメでしょうか?」
アレナは呼雪の背から飛び出している尻尾を見ている。
呼雪はヘルに押し切られて、超感覚の黒猫耳と尻尾を出して、ギャルソン服で給仕の手伝いをしていた。
「そうそう、可愛いよね、可愛いでしょ!」
ヘルが呼雪の後ろから、耳を弄ったり、尻尾を弄ったり。
「まあ可愛い、でも構わない」
苦笑しつつ言って、呼雪はサービスとばかり、アレナや子供達の首、肌が出ている部分に尻尾をこちょこちょ当てていく。
「ふふふっ、本物、です。ぎゅっと掴みたくなります」
アレナは笑顔でそんな反応を示すが、アレナの周りに集まった子供達の反応は薄かった。
(別のテーブルの子供達は喜んでくれたんだけどな)
呼雪はちょっと自信を無くす……。
「ほふほふ。むふふふ。この感触、アレナちゃんの感触を再現したものだというのだな。確かめなければー」
アレナの隣でパンを食べていた子供が、椅子から飛ぶ勢いでアレナに体に手を手を伸ばす。
ふにっ。
「そうか、そんなに柔らかなパン…が欲しかったのか」
子供の手は、空いた皿を片付けようとたまたまテーブルに近づいた、呼雪のバスケットの中にヒット。
柔らかなパンをぷにっとしていた。
「アレナのパン…には及ばないかもしれないが。食べてくれ」
呼雪は彼らの皿に沢山パンを追加していく。
「食べてくださいっ。パーティ、楽しんでくださるのなら……嬉しい、ですから。お土産も、用意しますね」
「くっ……アレナちゃんがそういうのなら、アレナちゃんのパン…はデザートにとっておくぜ」
「さいごの楽しみだな! お土産はリクエストさせてもらうよ!」
などと言いながら、子供達は皿の上のパンを食べていく。
――そして、数分後。彼らのお腹が膨れてきたころに。
「眠くなってきたか? 医務室の隣の部屋を借りてある。そちらで休むといい」
小さな男の子が眠そうにしていることに、呼雪は気付いた。ちなみに、その子は一般の子供だ。
「皆も、一緒に行こう、な?」
「俺らは全然平気ー。これからこれから」
「パン…まだ食べてねぇし!」
「アレナちゃんが寝室に連れて行ってくれるのなら……。ううーん眠くなってきたかもぉ」
子供がアレナに抱き着こうとする。が、その間にユニコルノが入り、押し返す。
そんなアレナを求める子供達の反応に、呼雪は穏やかな笑みを浮かべる。
どうやら、この子達は、寝ぼけてパンをまだ食べていないと思い込んでいるらしい。
子供ながら、遠慮しているのかもしれない。
「遠慮しなくて良い。アルカンシェルに泊まれる機会なんて、そうないぞ」
「……ねむーくなあれ、ねむいねねむい♪」
ヘルはこっそり子供達の子守唄を囁いて回る。
「こら、この子達も眠くなっちゃったって」
にこにこ、ヘルが言い。
「大変! 医務室に運ばないと」
「お昼寝の時間ですね……。ゆっくり休んでいただきませんと」
戻った葵とイリスが子供達を抱え上げる。
「すまない、医務室の隣に部屋を借りてるから、そちらに寝かせよう」
呼雪も眠ってしまった(ヘルがこっそり眠らせた)子供を一人、大切に抱き上げて子供達用の寝室に運んでいく――。
「あ、あの……ユノさんごめんなさい」
「何がですか?」
答えながら、ユニコルノはアレナのカップにお代わりの紅茶を注いだ。
「庇ってくれ、ましたよね。代わりに変なことされたりして……」
「特に問題はありません」
「そ、そうですか……」
「ところで、アレナさん」
アレナがいる場所は調理室に近い下座。
上座の方にいる人物に目を向けた後で、ユニコルノはアレナにこう言う。
「アレナさんは、アムリアナ様のことをどう思っていましたか?」
その問いに、戸惑った後。
アレナはユニコルノに、アムリアナへの想いをシンプルに語った。
「大好き、でした。すっごく、とても大好きでした。たった一人の大切な人、でした」
その気持ちは、十二星華としての想いだけではなく、アレナという人格の想いだとユニコルノは感じた。
「何の力もない只のヴァルキリーになってしまっても、 彼女は確かにアムリアナ様なんです」
ユニコルノがそう言うと。
恐る恐るといった表情で、アレナはジークリンデに目を向けた。
彼女の顔が緊張のあまり、赤くなっていく。
瞳を潤ませて、アレナはしばらくジークリンデを見ていた。
大好き、だった人だけれど。
もう、昔のように、自分達を見てはくれないということもわかっていて。
アレナ自身にも、アムリアナに向けていたのと同じ感情を向ける相手――優子がいるから。
かつて、アムリアナは、周囲の求めにより渋々十二星華を作った。
彼女達は、女王の血より制作された、女王の緊急用のクローン。
十二星華達は、個々違いはあるものの、日陰の存在であった。
そして古王国中枢の人間にとって彼女達は『重要アイテム』という扱いであった。
アムリアナはそれらの事を――星剣のことも、ゾディアックのことも、このアルカンシェルのことも勿論知っていて。
1人、胸を痛めていた。
十二星華を哀れみながらも、交流を持ち、申し訳なく思いつつ彼女達を頼りにしてきた。
だから、アムリアナは優しかった。
遠くで見ているだけのアレナにも、優しかった。
大切に、想ってくれていた。
その想いはもう、消えてなくなってしまっている……。
女王の力を委ねて、1人のヴァルキリーとして生きている彼女に求めてはいけない。
だけど、どうしても心の底で思ってしまっている。
“甘えたい”
アレナという人格は、今も昔も、依存できる対象を、支配してくれる人を求めていた。
「それに……記憶がなくとも、想いは残る筈です」
ユニコルノがそう言うと、アレナは目を見開いた後、ぎゅっと彼女の腕を掴んだ。
「楽しんでもらえたら、それで十分、です。また、こういうふうに、喜んでもらいたい……です。今は、それで十分……なんです」
微笑むアレナの目から、涙がぽたりと落ちた。
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