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リアクション
「やぁファビオさん、雑用ご苦労さま!」
会場の外に置かれたベンチで、スポーツドリンクを飲んでいたファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)に、客として訪れていた琳 鳳明(りん・ほうめい)がにこにこ笑みを浮かべながら近づいてきた。
「こんにちは。楽しんでもらえてるかな?」
ファビオは優しそうな青い目を鳳明に向けた。
「ほら、勤労に励む友人を労わるために差し入れ持ってきてあげたよっ」
優子が大地に教わって作ったケーキに、千歳とイルマが作ったカレーパンを乗せた皿を、ファビオに差し出した。
「俺はいいよ」
「まぁまぁ遠慮せずに〜。はいフォーク」
鳳明は隣に腰かけると、ファビオに皿とフォークを持たせた。
「……ありがとう」
ファビオは苦笑しながら受け取って。
ケーキをフォークで小さく切って口に運び、カレーパンはかぶりついて食べて「うん、美味い」と微笑みを見せた。
「あ、笑った」
彼の笑みを見て、鳳明も微笑みを見せる。
「ん?」
「何だかボーっとしながら働いてるように見えたから。……まぁ、何となく理由は判るけどね」
鳳明とファビオは、会場の方へと目を向ける。
窓から場内の見えるようになっていて。
この場所からは、要人達の席が見える。
「ジークリンデさんは、きっと幸せだよ。だって笑ってたもの」
そして、今も彼女は皆の中にいて、パンを食べながら時々、笑みを浮かべている。
「過去を大切にすることは悪いことじゃない。むしろいいことだって私は思ってる。けど、『今』も大切にしなくちゃね……」
そう言って、鳳明はファビオを見る。
「『今』を何してたって、未来(さき)へ進まなくちゃいけなくなっちゃうんだしさ」
「……そうだね」
ジークリンデを見るファビオの目は、切なげだった。
顔に出さないようにしているのだろうけれど、想いが溢れている。
「『今』を見ていかないと、な。シャンバラを護りたいという気持ちは、変わらずあるのだから」
誰かの、命令だからではなく。
大切な一人の人の為でもなく。
「さてっと」
鳳明はこくりと頷いた後、飛び下りるように勢いよく立ち上がる。
「私はパーティを楽しむために会場へ戻ります!」
「……琳、鳳明さん」
扉へと向かっていく鳳明をファビオが呼び止めた。
振り向いた彼女に。
「ありがとう、君のも今日を――今を楽しんでほしい」
「うん、勿論。休憩終わったら、ちゃんと持て成すように!」
鳳明の元気な言葉に、ファビオは優しい笑みで頷いた。
「やっぱり見てる」
客として瓜生 コウ(うりゅう・こう)と共にパーティに訪れていたマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)は、ファビオが時折ジークリンデを見ていることに気付いていた。
「何がだ」
コウは懐いている犬のように寄ってくる子供達の世話をしていた。
「アムリアナ様のこと。私も気になるけれど……」
マリザはファビオを見て、ため息をつく。
古代の戦乱時。
深く女王を敬愛していたファビオは、離宮守護の役目を果たした後、1人疲れた体で敬愛する女王の元に向い、エリュシオンの魔道書に討たれたという過去を持つ。
「かつて仕えた女王陛下か、たしかに気になるだろうな」
コウは子供達を座らせて、仲良くパンを食べているようにと優しく話した後。
マリザと共に、ファビオの元へと向かった。
休憩を終えたファビオは、皿洗いをする為に厨房に戻っていた。
厨房に置かれた、モニターを。
要人席にいる女性を見た後で、ファビオは皿を洗い始める。
皿洗いを終えたら、大量のゴミだしをしなければならない。
「アムリアナ様……いえ、ジークリンデのことが気になるの?」
その様子を見ていたマリザが後ろから彼に話しかけた。
「あ……まあ」
ファビオは軽く苦笑する。
「私たちのことは、もう覚えていないでしょうね」
「それは……元々、騎士一人のことなんて、記憶にないだろうけど」
学校長が目立たない1生徒の顔と名前まで把握していないのと同じことで、自分も女王の目に留まる存在ではなかったから、当然のことだけど――と言いながらも、ファビオはどことなく寂しげであった。
「かつては遠い存在だったかもしれない。で、今も、遠くから見てるだけ?」
マリザの問いかけに、ファビオは答えに迷っているようだった。
「いっしょに、行ってみましょうよ」
そう、マリザはファビオの肩に手を置いた。
「ジークリンデの記憶には残っていなくとも、あんたの記憶には残っている。鮮明に、な」
コウはファビオの手から、汚れた皿を取る。
「ココはオレがやっとくよ、行ってきたらどうだ? マリザも」
コウの言葉に、少し迷った後。
「それじゃ……挨拶、だけ」
そうファビオは答えた。
「そうだな。ハグと頬にキスくらいしても、問題ないだろう」
「いや……それは無理」
そう答えるファビオは純情な少年のように、少し赤くなっていた。
「緊張しなくても大丈夫だ。マリザが一緒だしな」
コウは2人を送り出して、ファビオの代わりに皿洗いをすることに。
「しかし、子供達に抱き着かれたり、汚れた手で触られたりして服が汚れてしまったな。雑用もこのままじゃやりにくいし、これが終わったら着替えさせてもらうか」
コウはパーティ用の服を纏っていた。
動きにくいし、腕まくりもしにくい。
今洗っている分を終えたら、シャワーを借りて作業服に着替えることにする。
「国軍に所属しています、ファビオ・ヴィベルディです。現在は、シャンバラ教導団に籍を置いています」
ファビオはアムリアナに近づくと、そう自己紹介をした。
「……マリザ・システルースです。現在は、イルミンスール魔法学校に籍を置いています。かつては、シャンバラの離宮を守護していました」
2人の方に体を向けたジークリンデは、少し迷った後。
「初めまして。お会い出来て嬉しいわ」
と、手を差し出した。
マリザは固まっているファビオを肘で小突く。
彼はピクリと指を震わせた後、伸ばして。
ジークリンデと握手を交わした。最中に、もう一方の手をも伸ばして、彼女の手を包み込んだ。
「お会い出来まして、光栄です。一生の思い出にします」
「地球のフリーターに対して、大げさすぎなのでは。シャンバラの軍人さん」
くすりと笑みを浮かべて、そう答えた後、ジークリンデはマリザとも握手を交わした。
「初めまして。ヴァイシャリーの騎士の橋に姿が刻まれている方ね? パンフレットで見たことがあるわ。確か、小賢しきマリザ!」
「違います。美しきよ、うつくしきー」
「あ、そうそう」
2人はくすくすと笑い合う。
ジークリンデはもう、圧倒的な力を有した女王ではない。
マリザは、親しい友人に再会したような感覚を覚えていた。
「あなたの事も知ってるわ、嘆きのファビオさん」
ジークリンデがファビオに目を向ける。
ファビオは何も言えずに、彼女の前につっ立っていた。
「一庶民としての言葉ですが……ありがとうございます。私達の故郷を護ってくださっていて」
彼女の言葉を、ファビオは黙って聞いている。
「でも、この言葉が、あなたの枷になってしまってはいけませんね。あなたは、今のあなたが愛するモノのために、今と未来のために頑張ってください」
今を大切に。
それは、さっき鳳明が言っていた言葉だ。
「はい」
ファビオはジークリンデに深く頭を下げた。
今でもやっぱり、彼女はファビオにとって、憧れの人だった。
恋とは違う意味で、深く敬愛している。
「そろそろパーティ会場に行きませんか? 皆さんお待ちかと思いますし」
セイニィと共に、理子の護衛をしているシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)が、メンバー達に問いかけた。
パーティが始まって随分と経ったが、理子は会場に向かおうとはせず、居住区の辺りを見て回っていた。
「そうだね。リ……皆の事、心配だし」
理子は時計を確認して、そう言い、会場に向かおうとした。
先ほどまで、子供達が理子やシャーロットの足に絡みつくように、一緒に行動していたのだけれど、その子達はいつの間にか、いなくなっている。
「お待ちしておりました! セイニィさん」
会場につくなり、ジュースを持った男――天斗が現れたかと思うと。
「あっ」
突如、天斗は躓いてしまう。零れたジュースはセイニィ……を庇ったシャーロットの服にかかった。
「おっと、失礼……衣服にシミが残っては申し訳ございませんので、早急にクリーニングを! お連れ様の分もあります。代王の理子様も!」
そんなことを言い、天斗は、セイニィと理子の手を引っ張って、女子更衣室に案内する。
「汚れたのは私だけですのに」
シャーロットは警戒しながら、セイニィ、理子の後に続き更衣室へと向かう。
「こちらにはシャワールームもあります。備え付けの櫛やバスタオルもご自由にお使いください」
「……アンタ、ロイヤルガードじゃないけど、ここのスタッフなわけ?」
セイニィが訝しみながら訪ねる。
「勿論です! ささ、お急ぎください。パーティが終わってしまいますよー」
にこにこにこにこ、天斗はセイニィを女子更衣室に入れようとする。
「あたしは着替えないけど、着替えるんなら手伝ってあげるわよ?」
「……そうね、あたし着替えよっかな!」
そう言ったのは、理子だった。
「私も拭けば大丈夫ですけれど、お着替えお手伝いしますね」
言って、シャーロットはセイニィ、理子と共に更衣室に入った……。
そして数分後。
「十二星華の生パンは手に入らなかったが、代王理子の脱ぎたてを手に入れた……超超超重要文化財ゲットだぜ!!」
更衣室の前には、純白のパンティーを手に吠える天斗の姿があった。
「ぬぁにやってんだーーーーー!」
声を聴き付け、隼人がすっごい勢いで駆けてきた。
「俺にもよこせ! ……じゃなかった、バレたらどうすんだよ! つーか、何でそんなコトやってんだッ!」
「フッ」
ニヒルに笑い、天斗ははっきりと言う。
「俺が生パンゲットに勤しむのはな、いつまでも少年の夢を忘れないためだ!」
「それの何処が少年の夢だ!?」
「は? いい大人ならそんな夢もったりはしねえだろうが!」
カッコよく?言い切る天斗だが、その時には既に、隼人につかまり羽交い絞めにされていた。
「なんなんだ、その主張は……とにかく、これは回収……ん? どこにやった」
「既に、俺はシャンバラの重要文化財と一体化している。隼人、俺から奪いとるつもりなら、今すぐここで脱がして奪ってみせろ!」
「そ、それは……」
無理だった。さすがに女子更衣室の前だし。
「殴りたかった、殴りたかった……っ」
セイニィは拳を握りしめて、震えていた。
「でもまあ、穏便にやり過ごすには、満足していただくのが一番ですから……」
シャーロットは深くため息をついて、理子を見る。
「嫌な予感が当たったわ。理子様をお守りできてよかった」
はあ、と大きく息をついたのは、理子ではなくて。
理子に変装した酒杜 陽一(さかもり・よういち)だった。
理子を護衛してアルカンシェルを訪れた陽一は、言いようもない悪い予感がして……。
そう、ある意味、鏖殺寺院やイレイザーよりも恐ろしい何かが待ち受けているような、危機感を感じてしまっていて、土下座する勢いで理子やロイヤルガード達にお願いをして、理子に変装をしてもらい、代役をやらせてもらったのだ。
洗濯に出し、天斗に奪われたパンティーは――陽 一 が 穿 い て い た も の だ。
理子は陽一が用意したボーイッシュな服を纏い、セレスティアーナの側でパーティを楽しんでいる。
「怪しい子供達も、沢山引き付けることに成功しましたし……なによりです。疲れましたけれど」
シャーロットは苦笑した後。
「さ、パーティを楽しみましょう」
と、微笑んだ。
「そうね。イラついた分、お腹空いたわ!」
「また、パン、沢山あるようです。いただきましょう」
シャーロットは、セイニィと共に理子を護る振りをしながら、要人席の方へと向かうのだった。
一方。
セイニィと理子に扮した陽一につきまとっていた子供達は。
「本当はもっとイイ体してるんでしょ?」
酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、魅惑のマニキュアを使って誘惑し、別室に誘い込んでいた。
そして、どぎ☆マギノコを混入した茶を振る舞い、更に誘惑して。
「勿論、俺の頭は、君のパンツに合うサイズだぜ」
「だから、くれよー」
「大切にする、毎日愛でるからぁ」
子供達は泥酔したような表情でそう言い、美由子にべたべたひっついてくる。
「そうねぇ、もう少し教えてくれたら、あげちゃうかも?」
などと、巧みに期待させ、焦らしながら子供達から情報を聞き出し、録音しておく。
後に、優子に提出予定だ。
「なんだかドタバタ音がするの……」
料理を取りに、調理室に戻った翠は、廊下から聞こえる物音に不安を感じていた。
「パン…を連呼する声が聞こえるような……。でも、気にしないで仕事しましょう」
ミリアは、何が起きても仕事に徹しようと思いながら、下げてきた皿を洗い場に持っていく。
「嫌な予感がしないでもないですけどぉ〜。お仕事お仕事ですよぉ〜」
スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)も、頼んでおいたパンを、ワゴンの上に乗せていく。
「このパンにはクリームシチューが良く合うんですぅ〜」
今回はパートナーと同じ仕事をするようにと言われているため、調理は行えなかったけれど、メニューの提案は調理班の皆にも喜んでもらえたようだ。
「パン作り、難しそうよね。専用の機会を使えばそうでもないんだろうけれど……」
まだパンを作っている料理人たちの動きに、感心しながら、アンナ・プレンティス(あんな・ぷれんてぃす)も、スープやシチュー用の皿を用意して、ワゴンの上に乗せていった。
そろそろ、メインディッシュの時間だ。
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