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死いずる国(前編)

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死いずる国(前編)

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 ――行かなくては。
 どうしても行かなくてはいけない気がするから。
 生きて、横須賀に。

1日目
AM10:30 死人の相談


「死人かもしれない奴らと一緒にいられるか。俺は一人で行かせてもらう」
 オヅヌに向かうかと聞いたサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)にそれだけ言うと、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は走り出した。
 単身、横須賀基地に戻るために。
 そして死んだ。
 走り出した恭也は、すぐに立ち止まざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
「ふふふ、横浜に急ごうと思ったら、こんな素敵な出会いがありますなんて」
「くっ……!」
 金色の縦ロールを揺らした上品そうな少女、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が恭也の前に立つ。
 相手は一人。
 それでも恭也は即座に踵を返すと逃げ出そうとする。
 が。
「ククク、三浦半島へ行こうと思ったら、な」
「房総半島に向かうつもりだったのですが」
 ダーク・スカル(だーく・すかる)が、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が、彼の行く手を阻む。
 完全に囲まれていた。
「どうする?」
「こういう時には、異性が吸うのが礼儀らしいですわよ」
「いや、ジャンケンだろ」
「そ……そうそう思い通りになると思うなよ!」
 逃亡不可能と判断した瞬間から、覚悟は決めた。
 ミネルヴァに飛び掛かる恭也。
 戦闘開始の合図だった。
 しかし、それは彼の生きている期間を僅かに延長させただけだった。
「くそっ、死人め……」
「すぐにあなたもお仲間入りですわ」
 ミネルヴァの笑顔が近づく。

「柊さん……」
 柊を見送ったサズウェルはそれだけしか言えなかった。
 幸いな事に、その後彼にどんな運命が待ち構えていたのか彼は知らない。
 サズウェルの傍らには、墜落したばかりのティルトローダー機が煙を上げている。
 ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が乗っていたものとは別の機体。
 こちらも虚無霊に襲われ墜落したところを、サズウェルが通りかかったのだ。
 急ぎ救助活動を行うも、助かったのは恭也一人。
 同乗していた仲間たちは全員即死だった。
 放っておけば、まもなく死体は敵として動き出し、サズウェルたちを襲うだろう。
 オズヌ基地のことを告げたサズウェルの言葉を、恭也はただ拒絶した。
 サズウェルに対しても、短く礼を言ったものの警戒しているのは明らかだった。
 無理もない。
 この国には、死が満ちあふれているのだから。

 サズウェルもまた、オヅヌへの合流は考えていなかった。
 信頼できる同行者を募ろうと思ったのだが、彼の側には誰もいない。
 彼が信頼できる人が少ないように、彼を信頼する人もまた少なかったから。
 オヅヌには、ハイナによって希望がもたらされた。
 宝珠を横須賀に運ぶという、目的が示された。
 それは、未来への指針。
 ほんの僅かに見えた光明に縋るように、オヅヌの人間の大部分はハイナに同行することを望んでいた。
「はっ」
 人の気配がしたので、慌てて隠れた。
 そっと、聞き耳だけを立てる。
 生者ならまだいい。
 しかし死者だとしたら……
 緊張するサズウェルの耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。

「お前ら、死人だろ?」
 男性の声だった。
 数人の集団に、一人の男性が近づいて声をかけたらしい。
 男性がそう断じたのも無理はない。
 10人程だろか、その集団から漏れ聞こえてきた会話は、尋常なものではなかった。
『横須賀崩し』
 彼らは、その作戦をそう呼んでいた。
「間違いありませんのね?」
「ええ。この間『食事』した相手にも確認したわ。宝珠を横須賀に持ち込まれたら終わり、って」
「私は……まだ消えたくない!」
「今度こそ、守るよ」
「もちろん、私もですわ。ですから」
「だから、横須賀を私たちで制圧する!」
「フハハハハ、横須賀基地は我らが破壊する!」
 そんな、明らかに物騒な会話に割り込んできた命知らず。
 彼は生者だった。
「あなた……生きているの?」
 その声には警戒よりまず驚きの色がにじみ出ていた。
「ああ。けど、死にたいと思ってる」
「生気を吸わせてくれる、ってこと?」
「フハハハハ、まあこの状況では嫌でもそうさせてもらうがな!」
「でも、何故?」
「死んでも生きていられる。それはすげえ魅力的じゃねえか」
「ふむ、良い心がけだ。では……」
「待て!」
「む、今更命乞いか?」
「いや、どうせなら……女性がいいな」
「くす。正直ね」
 言葉が途切れた。
 ストレートの長い髪がこすれる音、湿った音、そして僅かにくぐもった声。
 どさり。
 大きな人間が倒れる音がした。
「ふふ、ごちそうさま……少しタバコ臭かったけど」
 満ち足りた声。
 倒れた男は、やがてふらりと立ち上がると歩き出した。
 先程、恭也が走って行ったのとは逆の方へ。
 オヅヌのコロニーへ。

「……っ!」
 そこまで聞いていたサズウェルは、急いでその場から離れようとした。
 ぱきり。
 足元の枯れ枝が、絶望的に大きな音を立てた。
「誰!?」
「生きてる人かな? だとしたら逃がすわけにはいかないよね」
「い……いや、僕は死人だよぉ」
 内心の動揺を押し隠すと、サズウェルは努めてのんびりした様子で姿を現した。
 そこには10人ほどの男女の姿。
 全て、死者。
 なんとか誤魔化すしかない。
「キミ達はオヅヌには行かないのぉ? 僕は今から潜入する予定なんだけど……」
「どっちでも構わないわ。ひとまず、試してみましょう」
 先程、男の生気を吸った黒髪の女性、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がサズウェルに近づく。
「あら、待って」
 祥子とうり二つの容姿を持つ同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)がそれを止める。
「母様ばかり、ずるいですわ。次はわたくしが」
「仕方ないですわねぇ」
 イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が肩を竦めた時には、静かな秘め事はもうサズウェルの目の前だった。
「あ……ぐっ……」
 静かな秘め事の喉が上下する。
 サズウェルの意識が途切れた。
 次に目を覚ます時、彼の存在は違う物になっているだろう。


<死亡>
 柊 恭也
 サズウェル・フェズタ