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リアクション
PM7:00 発覚
温かく、香ばしい香りが漂っていた。
即席で作ったかまどの横で、菊は忙しく動き回っている。
張りつめた一日の中で、唯一気持ちを和らげることができる食事の時間。
人間の住む集落は危険だと判断した一行は、大きなトンネルの中で休憩することになった。
それでも、生きている人間はお腹が空く。
菊が道中見つけた野草を入れたスープに、米を入れた粥。
そして近くの池で取れた魚。
シンプルな内容だが、菊の心づくしの料理だった。
にゃん子がぱたぱたと一行の間を駆け回って配膳している。
しかし、それに手を付ける者は少なかった。
食欲がないと、口にしない者。
あからさまに警戒して、自分が携帯している食料を食べる者。
「やっぱり、あたしのやってる事は余計な事だったかね……」
その光景を見ている菊は、浮かない顔のまま。
彼女は、ずっと悩んでいた。
彼女はオヅヌで食全般を担当をしていた。
仲間の飯の世話をしたり、食材を栽培したり。
しかし、だんだんその事に疑問を持つようになってきた。
(あたしがやっている事は、生者に飯を作ることは、結果的に死者の餓えを満たすだけだったんじゃないか)
日本が死に包まれ、希望を見いだせなくなってから、常にその疑念は頭にあった。
どうせ、生者はいつか死ぬ。
死者に生気を吸いとられて。
それまで、食料を与えて生かしていくことに何の意味があるのだろう。
ずっと、悩んでいた。
あの日までは。
ハイナが来て、宝珠という希望を知った。
生きている事に、意味はあった。
その一つの希望、菊はそれに救われた。
だから、なんとしてでもその手伝いをしようと思ったのだが……
こうして、どこかバラバラな仲間を見ると、残った食事を見ると。
どうしても、気が滅入ってくる。
「菊さんのご飯、おいしいですよ」
座り込む彼女を励ますように、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は菊の横に座る。
「ありがとな」
小さく嗤う菊の頭を撫でる。
そして。
「菊さんも、おいし、そう……」
ロザリンドの瞳から、理性の色が消えた。
手が、菊の首に絡みつく。
「う……ああっ!」
その声を聞いたロザリンドは、はっと手を離す。
「あ……ご、ごめんなさい! 違うの、これは、私は……っ」
「何が、違うの?」
声に振り向いたロザリンドは見た。
自分に対して警戒の視線を向けている千歳とイルマの姿を。
自分に向けられた、イルマの銃口を。
「まさか、ロザリンドさんが死人でしたとは」
「ちが……違います! 私は、私は他の死人とはっ!」
「嘘は、言ってないみたいだけど……」
『嘘感知』でロザリンドの言葉を吟味する千歳。
たしかに、彼女の言葉に嘘はない。
しかし。
「疑わしきは、排除すべきです」
刀を構えた水無月 徹が、ロザリンドの前に立つ。
「オレも、皆を守らなくちゃいけないから……」
皐月もそれに倣う。
のんびりした口調だが、その構えに躊躇はない。
「待って……待ってくださいますか!」
思わず間に入ったのは、冬山 小夜子だった。
「仲間じゃ、ありませんの? ねえ、まず話をさせてください」
「うん。今、皆の前で行動を起こすメリットは、死人にはないはずだよ」
七瀬 歩もそれに混じる。
「ありがとう……でも、もういいん、です」
ロザリンドの声が掠れた。
「何とかなるって、思ってたんです。私は他の死人とは違うから、きっと、克服できるって」
瞳を閉じる。
絶望したように、微かに笑う。
「でも、違っていました」
徹の獲物を握る手に力が入る。
「夜……気が付いたら目の前に人が倒れていたんです。私が、生気を吸った……殺した、人でした」
ロザリンドの瞳が再び開いた時、その瞳には諦めの……悲しい色が浮かんでいた。
「私は、死人です。ですから、これ以上あなた達と一緒にはいられません」
くるりと、仲間だった存在に背を向ける。
「次に会う時は、敵ですね」
その背に攻撃を仕掛けようとする徹を、小夜子が止める。
「邪魔しないでください」
「申し訳ありません。ですが……」
彼女も、頭では分かっていた。
それでも、思わず動いてしまった。
「あ、ひとつだけ」
小さくなっていくロザリンドから声が聞こえた。
「私が殺したのは、ひとりだけ。きっと、他にも死人がいます」
だんだん見えなくなっていくロザリンドの、最後の言葉。
真実なのかブラフなのか。
いずれにしてもそれは、残された人間たちの更なる混乱の火種になった。
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