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死いずる国(前編)

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死いずる国(前編)

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PM4:00 死人の村

 助けて、助けて、助けて……!
 ここに残っているのは、もうあたし一人……

 辺り一面、死の香り。
 生きている人の気配はない。
 殺された人は次々に死人になって、死が死を呼んでいる。
 だけどこのマジカルホームズが、きっと突破口を見出してみせます!
 左手の天眼鏡にぎゅっと力が入る。
 死人が占拠する村に単身、潜入したのは霧島 春美(きりしま・はるみ)
 その口元には血が流れ、顔色は青い。
 彼女は死人のふりをして、死人の調査を決行していた。
(なんとかして、死人を倒す方法を見つけ出さないと……)
 ぎりりと唇を噛む。
 この村に潜入して、半日が過ぎた。
 時折死人とすれ違うが、恐怖や驚きを押し殺して、死人のふりをして何とかやり過ごしていた。
 だけど、これといった成果は見いだせない。
 村の中を徘徊する死人。
 この場に、何か手がかりがあるのだろうか。
「きゃああっ!」
 小さな悲鳴。
 同時に、死人たちが生者の存在に気づいて集まる足音。
 生者の、生気を吸うために。
 堪えられない餓えを満たすために。
 春美も、声のした方向に走っていく。
 もしかしたら、何か助けるヒントがあるかもしれない。
 そうでなくても、この、死人が全員集まっている状況下では集まらない方が不自然だ。
 声の出所、村の奥の崩れかけた小さな家に、一人の少女、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が震えていた。
「ひ……あっ」
 死人に囲まれ、声にならない声がミルディアの口から漏れる。
 その目には、枯れ果てた涙の代わりに絶望が浮かんでいる。
(ごめん……ごめんなさい! 後で絶対助かる方法を見つけてあげるから)
 死人と一緒にミルディアの元に集った春美は、状況を見て助けるという選択肢を放棄した。
 ここは、怪しまれない為にも一緒に彼女を襲う。
 その後、更に調査を継続しましょう。
 即座に決断を下し、武器を構えたその時だった。
 春美の首が、落ちた。

「大丈夫でありますか!」
 得物を手に、次々と死人を倒しながらミルディアに駆け寄ったのは、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)
 彼女たちは、横須賀に向かう一向の偵察隊だった。
 この死人の村は横須賀行きのルートに被っていたため、先行して偵察を行っていたのだ。
「あ……あり、がとぅ……」
「礼は、ここから無事生き延びれたらいただくであります!」
「吹雪、たくさんの死人が集まってくる気配がするのだよ」
「了解した」
 ミルディアの手を取り、走り出す。
 死人との戦闘はなるべく避ける予定だったが、目の前で人が襲われていたらそうもいかない。
 彼女を襲う死人を倒し、更に集まってきた死人から逃げなければ。
「は、早く早くこちらですー!」
 同じく偵察隊のブリジット・コイルが必死で手招きしている。
 本隊が、合流しようとしていた。
「理子、やっちまってもいいか?」
「もちろん! ガンガンやっちゃって!」
「おーし、死者には退場願うか!」
 理子に許可を貰った甚五郎が、砂煙をあげて駆けてきた。
「死者の仲間になるわけにはいかんからのぅ」
「ぼ、防御役は任せてください!」
「うむ、全力攻撃じゃ」
 甚五郎に続けとばかりに草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)もやって来る。
 形勢逆転だった。
「すぐ治りますからねぇ」
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)がミルディアに『命のうねり』をかけて傷を癒した。

「道を開けてください。私の任務は、宝珠を無事に運ぶこと。邪魔をする者は排除します」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が、感情のない瞳で死人の中に飛び込むと、倒していく。
 刀と鍵爪が舞う。
 死人の血肉を飛び散らしながら。
「ぐっ」
 フレンディスの肩に、死人の爪が掠る。
 傷は、危険だ。
 生気を吸われる。
 慌てて肩を押えた途端、バランスを崩し倒れる。
 そのフレンディスの横を、黒い風が通り抜ける。
「フレイぃいいいーっ!」
 漆黒の氷の翼を生やしたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
 仕込み杖で、フレンディスを傷つけた死人を攻撃する。
 しかしそのベルクに、更に死人が襲い掛かる。
「ベルクっ!」
「私の友達を、傷付けないでほしいねぇ」
 その死人の動きが止まった。
 一瞬の後、死人の首が落ちる。
 天野 木枯と天野 稲穂(あまの・いなほ)だった。
「やっぱり、首を狙えば一時停止するようだねえ」
「躊躇っている暇はありませんね」
 周囲の死人を警戒した後、木枯はフレンディスに手を差し伸べる。
 その手を無視し、黙って立ち上がるフレンディス。
「マスター」
「ああ」
 フレンディスとベルクは木枯たちと目を合わせることなく、先に進む。
「ちょっと……!」
「ああ、いいんだよ」
 思わず声をかけそうになる稲穂を、木枯が諌める。
「でも」
「誰が死人なのか分からない状況じゃ、誰も信じないのが得策だからねぇ」
 のんびりした木枯の台詞は、しかしいつもより若干テンション低めだった。

「死人さんこちら! よっといで!」
 村の中央付近の広場に立ち、大声で死人に呼びかけるのはミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)
 可愛らしいくまの着ぐるみの外見は、それだけ見るととてもファンシーな雰囲気だ。
 その周囲さえ見なければ。
 その声に呼び寄せられるように、わらわらと死人が集まってくる。
「おぉー、大量だねー……っとここで、クロスファイヤー!」
 炎が死人に襲い掛かる!
 めらめらと炎が着ぐるみを照らし、異様な迫力を醸し出す。
 その、ミリィの側にある木ががさがさと揺れた。
 木の上から、死人が飛び掛かってきた。
「させるかっ!」
 飛び掛かった死人はミリィに触れることなく、空中で弾き飛ばされた。
 何もない場所から、セルマ・アリス(せるま・ありす)が現れる。
 『光学迷彩』でミリィの側を張っていたのだ。
「ええと、死人は動きを封じなくてはいけませんので……手足を切り落としていきましょうか」
「足りませんね」
 得物を構えた冬山 小夜子の隣で、樹月 刀真が死人の首を切り落とす。
 更に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がその身体を剣で地面に縫い付ける。
「こっちもだ」
 セルマもまた、ミリィが倒した死人をロープでぐるぐる巻きにしている。
「ば……万全ですわね」
 拘束された死人たちを見て、小夜子がほうっと息を吐いた。

「死人の目的って、何でしょうね……」
「オデット?」
 首を切り落とされた、手足を切り落とされた、拘束された死人。
 それらを見ながら、オデットは小さく呟いた。
 フランソワにしか聞こえないくらい、小さな声で。
「死人にとっての目的は、生気を吸う事。だとしたら、死人にとって人間は『得物』であって『敵』じゃない」
 オデットのその言葉は、果たして真実だったのだろうか。

 首を切り落とされた、手足を切り落とされた、拘束された、死人。
 それらを村に残したまま、一行は先に進む。
 進まなければ、いけない。

「ひ……う……っ、しにたく、ないよ……っ」
 首だけになった春美は、まだ生きていた。
 しかし、命尽きるまであと僅か。
 そんな彼女に近づいてくる者があった。
 死人だ。
 彼女の生の声を聞いた死人が、春美に近づいてきた。
 そして嬉しそうに、傷口に口を近づけて……


<死亡>
 霧島 春美