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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

 少し陽が傾いてきた頃、明るい雰囲気のクラシック調の曲が軽快に始まった。
 曲は語りかけてくる。

 楽しいって何だろう。
 心臓が跳ねるようなドキドキすることかな?
 それとも、目を閉じたまぶたの向こうに浮かぶワイワイした声?
 気がついたら手拍子したくなるようなワクワクした感じ?
 地球人にとっては、初めてパラミタへ足を踏み出した時の、ウキウキした気持ちかもしれないね。
 それなら、ねぇ、こういうのはどうだろう。

 これから来る『何か』への期待と、好奇心と、ほんのちょっとの恐怖。

 ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)と一緒にステージ上で踊るようにヴァイオリンを操る五月葉 終夏(さつきば・おりが)
 ブランカは白のワイシャツ、終夏は白いブラウスという違いはあるが、その他はこげ茶色のベストとズボン、帽子とおそろいだ。
 終夏と微笑みを交わした後、ブランカはケルティック・ハープを弾くルクリア・フィレンツァ(るくりあ・ふぃれんつぁ)の元へ曲調に合わせてステップを踏みながら近づいた。
 ルクリアは綺麗な赤い瞳をやさしく微笑ませてブランカを迎える。
 彼女は終夏と同色でスカート姿でハープを奏でていた。
(おーちゃんもランちゃんも、とっても楽しそう。もちろん、私だって。私達の演奏で、みんなも楽しんでくれるといいな……っ)
 幸せそうなルクリアを見ているだけで、ブランカも幸せになった。
 終夏から音楽祭参加の話を聞いた時、同じ音楽家を志す彼女と一緒にステージに立てることを喜んだが、実はルクリアも誘いたいというほうに気持ちは強く傾いていた。
 そして、誘って、OKをもらえて、天にも昇るような気持ちになった。
 生きてて良かったとさえ思った。大げさではなく。
 ブランカはこのヴァイオリンに、誰かとの出会いや恋の始まりの喜びも伝えたいと思っていた。
(いつかは、想いを伝えたいんだ)
 ブランカは、ルクリアを愛しげに見つめた。
 そんな彼を、一歩離れた距離から見て楽しんでいるニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)
(ブランカのやつ、目に見えて浮かれているな。まぁ、失敗はないだろうが。というか、ルクリアもまた鈍いのが何とも……まぁいいか、放っておこう)
 など思いながらピアノを弾いている。
 ふだんは黒い服を着ることが多い彼も、今日はみんなに合わせてこげ茶色の燕尾服を着ている。
 ちなみに、グループ名を考えたのはニコラだ。
 ニコラは、終夏達より楽器演奏の経験は浅い。
 しかし、彼は練習の時に自信たっぷりに言い放った。
「たとえ経験が浅くとも、この私に不可能はない! はっはっは!」
 そして、みっちり練習した結果、ニコラは今回のパートを見事マスターした。
 ふと、終夏がニコラの傍に来る。
 ヴァイオリン・ゼーレを操る腕も、緑の瞳も、このステージでこの四人で演奏できることの嬉しさに満ちていた。
 こんなに楽しい思いでいっぱいの音が観客に伝わらないはずはなく。
 二人で、あるいはグループで輪になって、ダンススペースは踊る人々でいっぱいだった。
 ラストを迎えた曲を惜しみ、客席から盛大な拍手を受けて終夏達は深くお辞儀をした。
 めいっぱい踊った観客に、次に送られたのはやさしい愛の歌だった。
 ディーヴァとしての活動が長い蓮見 朱里(はすみ・しゅり)に比べ、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)はこういう舞台には慣れていない。
 そんな夫のかすかな緊張を感じ取ってか、それとも愛する人と一緒に歌えることの喜びのためか、朱里はアインに微笑みかける。
 包み込むようなその微笑みに、アインの肩に知らず入っていた力が抜けていった。
 機晶シンセサイザーの前に座ったアインは、妖精騎士の修行のことを思い出した。
 そこで彼は、風を感じ、妖精と心を通わせる歌を学んだ。
 アインはとてもリラックスした気持ちで、最初の音を発した。
 アインの伴奏に合わせ、朱里が機晶テルミンで演奏をする。
 曲調はゆったりとしてやさしい。クラシックやヨーロッパの民族音楽を連想させた。
 機晶テルミンによる深く穏やかなハミングのような音色の後、朱里はピンクのカラードレスの裾をつまみ、軽く一礼すると一歩前に出た。
 アインが音をハープシコードからピアノに切り替え、歌う準備を整える。
 朱里はマイクを持ち、静かに息を吸い込んだ。

♪ひとつ またひとつ 光が舞い降りる
 世界にただ一つの 命の歌 響かせて
 それ生まれ落ちた日から 誰もが持つメロディー

 空に
  風に
 水に
  森に

 この歌はどこまでも遠く響いてゆく
 いつか出会う誰かと 響きあうために
 ふたつの音 ひとつに 結び合うハーモニー

 あなたと出会えた喜びを抱きしめ

     孤独も悲しみも乗り越え歩み行く

 この世にただ一人かけがえなき人と

     共に分かち合うこの時を慈しむ

 歌いましょう 愛の歌を
 心重ね ひとつにして
 この幸せの時が 永遠(とわ)に続けと♪

 歌いながら、朱里はアインと一緒にこのステージに立てて良かったと思った。
 アインにもその想いは届いていて、朱里の背を眩しそうに見つめて声を合わせる。
 そして、彼女との思い出が歌声になぞるようによみがえる。
(機械の身体、作られた心の僕にも、人の魂を揺さぶる歌を紡げるだろうか)
 朱里の想いがアインに届いたように、アインの想いも朱里に届いたのだろうか。
 彼女はアインの傍に立ち、彼の背にそっと手を添えた。
 お互いを思いやる無償の愛の歌は、確かに観客の心に響いた。

 朱里とアインのデュエットを聞きながら、控え室でもう何度目かの確認をする想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)
「次か……ちょっと緊張してきたな。瑠兎姉、どこか変なところはない?」
「大丈夫よ。あんたは歌うことにだけ集中しなさい」
 義理の姉である想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)にピシャリと言われ、夢悠は不安げな表情を引っ込めて頷いた。
「わかった。雅羅……オレの想いを聞いてくれ」
 目を閉じて、心を寄せる人を思った。
 司会が夢悠を紹介し、彼はステージ中央に進み出る。
 夢悠はすぐに彼女を見つけることができた。
 とたん、再びの緊張感に襲われるが、それでガチゴチになったりはしない。
 そっと後ろをうかがうと、伴奏をする瑠兎子が小さく手を振って応援してくれているのがわかった。
(瑠兎姉に引きずられて立たされたような舞台だけど、ここまできたらやるしかないよな!)
 瑠兎子は言っていた。
「音楽祭に雅羅を招き、彼女の前で恋の歌を熱唱すれば、きっと夢悠の想いに心を揺さぶられるはず!」
 そして、アメリカ人には日本的なものを、と夢悠に用意したのはきらびやかな十二単だった。
 何となく瑠兎子が夢悠とは違う方向で楽しんでいるような気がしないでもなかったが、夢悠は雅なその装束を手に取った。
 女装はこれが初めてではない。
 それに、この女装のおかげで雅羅と友達になれたのだ。
 夢悠はただ、そこから一歩進んだ関係になりたいだけ。
 瑠兎子と五人囃子により、歌が始まる。

♪目覚めと共に 貴方は消える
 枕の下の 写真へ還る
 今宵も貴方と 会えるでしょうか
 恋の呪い(まじない) 夢の国
 愛が舞う舞う 花と舞う
 夢のパラミタ 恋吹雪♪

 伴奏が小さくなり、五人囃子のコーラスが響くと、夢悠は扇を開きゆるく舞いながら語る。
「慕う想いを告げられず
せめて夢でと お呪い(おまじない)
一夜寄り添い 私へ伝う
この温もりが 貴方でしょうか
この幸せが 貴方でしょうか」

♪今宵舞う舞う 二人舞う
夢のパラミタ 恋吹雪♪

 客席の雅羅は夢悠の雅な姿に感心していた。
「夢悠、気合入ってるわね。歌、好きなのかな。まぁでも、わかる気がするわ。こんな熱気の中でじっとなんてしていられないものね。それにしてもかわいいなぁ、十二単って。エンカの独特の節もまた……」
 はたして、夢悠の想いが通じたのかどうか、微妙なところだった。