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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

「ちょっと素敵な場所だよね。露天風呂からは、音楽祭の会場を一望できるんだって」
 温泉宿に到着したレイカ・スオウ(れいか・すおう)は、赤らんだ顔を恋人のカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)に向けた。
「ああ、いい場所だな。誘ってくれてありがとう」
 カガミはレイカに礼を言い、宿の入口のドアを開けた。
「い、いらっしゃいませ」
「ようこそです!」
 明るい声と、笑顔が2人を出迎えてくれた。
 仲居のバイトをしているリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)と、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)だ。
「こ、こんにちは、よろしくお願いします」
 レイカは2人にぺこぺこ頭を下げる。
 彼女はとても緊張していた……。
 なぜなら、カガミとの初めてのお泊りデートだからだ。
「お部屋にご案内します」
 マーガレットが、レイカの荷物を持って、歩き出した。
 レイカはカガミと並んで、彼女の後についていく。
(2人部屋、とったんですよね……。同じ部屋で寝るのも、初めて)
 勢いで自分から誘ったことは後悔していない。
(嫌でも……い、嫌じゃないですけど……意識しちゃいます、カガミのこと)
 隣にいる彼を見ることが出来なかった。
「今日はオアシスで音楽祭が開かれるんです、知ってますか?」
 マーガレットに声をかけられて、レイカは思わずびくっと震える。
「ああ、露天風呂から見えるようだから、観賞させてもらうつもりだ」
 カガミは普段と変わらぬ様子で、答えた。
「はい! 楽しんでいってくださいねー。……っとあれ?」
 部屋へ案内しようとしていたマーガレットだが、自分がどこにいるのかよく分からなくなってしまった。
 周りには同じようなドアばかりある。
「ええっと……206号室は……」
 こういうときは、お客様に待っていてもらって、探してくるべきなのだろうか。
 でも、荷物を預かってるし……。
 と困っていると。
「お待たせてすみません、206号室はこちらです」
 颯爽と現れた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)が、レイカとカガミの前に出て角の部屋へと案内する。
「オアシスの景色が良く見える部屋です」
 説明までして、2人を部屋に通していく。
「あ、ありがとっ」
 マーガレットは、ぺこりと隆元に頭を下げると、荷物を部屋に運んでいく。
「まったく、仕方のない奴だ」
 隆元は廊下に残り、苦笑する。
 彼も、リースとパートナー関係にあるのだが、リース達とは違いバイトとして訪れていたわけではない。
 マホロバで温泉宿を経営している隆元は、温泉宿の経営について学べることがあるかもしれないと思い、客として泊りに来ていたのだ。
 既に一通り宿の中を歩き回り、構造程度は頭の中に入れていた。
「やれやれだな」
 ため息をつきながら、隆元は自分の部屋に戻っていく。
 数分後、荷物を運び終えて、仲居としての挨拶と案内を済ませてマーガレットが廊下に戻ってきた。
「……ふう、案内はちゃんと出来たよ。ありがとね!」
 廊下に隆元の姿はなかったが、もう一度礼を言って、マーガレットは受付に戻っていく。

「ペンライト配りに行ってきます。受付、お願いしますね」
 カウンターの前で、リースがペンライトが入った籠を持って、マーガレットを待っていた。
「うん、温泉と音楽祭、楽しんでもらえるといいね」
 マーガレットは笑顔でリースと交代して、カウンターの前に立った。
 音楽祭を見に行くために予約してくれた客もいるけれど、音楽祭が行われると聞いて、急遽泊っていくことに決めた客も、音楽祭開催を知らずに、泊っていく客もいる。
「せっかくのお祭りですから、お、多くの方に楽しんで欲しいですし」
 リースは客に使ってもらうための、ペンライトを用意して、部屋でくつろいでいる客たちに配って回ることにしたのだ。
 その他にも、各部屋に置かれた石鹸や、露天風呂の洗い場に置いてある石鹸も、リースの提案で変えてある。
 引っ込み思案なので、ちょっと勇気が必要だったけれど。
「よ、よろしければ使ってください」
 全ての部屋を回り、リースはペンライトを届けたのだった。

○     ○     ○


「シャウラ、落ち着いてください」
「え……?」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は、パートナーのユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)に、落ち着くように言われて初めて、自分が廊下をうろうろ歩き回っていたことに気付いた。
「いつも通りだ。お、俺は普通だぞ」
 そう言うものの、何故か鼓動が高鳴っている。
 2人は、浴場の入口にいる。
 男2人で訪れたのはなく、もう一人連れがいる。
 その人物――金元 ななな(かねもと・ななな)を待っているところだった。
 女友達も多く、女性に声をかけることも多いシャウラ。だが最近、彼は少しおかしい。
(なななもただのダチだった筈なのに、なんか違うっていうか)
 他の女の子達も変わらず皆好きだが、なななに対しては少し違う想いを抱いていることに、シャウラは気付いていた。
 温泉への誘いを喜んでOKしてくれたことや、飛空艇の後ろで騒いでいた彼女が……なんというか、とにかく可愛くて。
 だけど、部屋も当然別々にしたし、スキンシップも一切していないし。
 シャウラはなななに対しては、口説くような行動は何もしていなかった。
 そのなななは今、温泉に入っている。
 先に出たシャウラとユーシスは部屋には戻らず、ここでなななが出てくるのを待っているというわけだ。
「ななな、遅いな。何かあたんじゃ……」
 またうろうろしだすシャウラを見て、ユーシスはため息をついた。
「分かってますよ、シャウラの気持ち」
 ユーシスがそう言うと、シャウラは足を止めて彼に目向けた。
「貴方がなななに今一歩踏み出せないのは、今の関係を壊したくないのと、ななな以外の女性にも目が行く自分の性質を自覚しているからでしょう?」
「……!」
「けどシャウラ、踏み出さなければ何も変わりませんよ」
 自分を睨むように見るシャウラに、ユーシスははっきりと言った。
「時間は有るようでいて無いものです。特に貴方達短命種にはね」
 僅かな時間、沈黙した後で――シャウラは大きく息をつき、真面目な顔でこう答えた。
「ああ……。分かっているさ。けど、なんでわかった?」
「何がですか?」
「俺の、なななへの気持ちとか、踏み出せないわけとか」
 シャウラの言葉に、ユーシスは笑みを漏らす。
「ですから伊達に長く生きてないと言ってるのです。ま、頑張りなさい」
 ぽん、とユーシスはシャウラの背を叩いた。その時。
「宇宙刑事ななな! 温泉水質調査より生還っ!」
 女性用更衣室から、ぴょんと少女が飛び出してくる。
「水質調査って……ちゃんと温泉入ったか?」
「うん、肌で水質を確かめたからね! ちょうどいい温度だったよ。味もよかったし!」
「そ、そうか……」
 シャウラはドキドキしてしまい、なななをまっすぐ見る事が出来ない。
 湯上りの彼女は、青色の浴衣を纏っていた。
「どーしたの、ゼーさんは、のぼせた!? まさか戦闘民族宇宙微生物の仕業!?」
 なななは様子が変なシャウラを気遣い、顔を覗き込もうとする。
「い、いや。温泉は気持ちよかったぜ。ほらよ!」
 シャウラは照れ隠しのように、フルーツ牛乳をなななに手渡した。
「ありがとー! 仕事の後の一杯は最高だね!!」
 ななながごくごくフルーツ牛乳を飲む姿をちらりと見てから、シャウラは深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「ええっと、そうだな、ベタついでに卓球やらね? それか宇宙刑事としての温泉施設のパトロールだ。どっちがやりたい?」
 そう尋ねると、なななはは少し考えた後。
「卓球場のパトロールしよっ! 卓球の弾の中に、宇宙寄生虫の卵が紛れ込んでるかもしれないからね」
「そうか、それは大変だな。ラケットで叩いて確かめるか!」
「うん!」
 笑い合って、2人は卓球場へと向かう。
「ふふ……次のお出かけでは、私は外した方がいいかもしれませんね」
 ユーシスは楽しそうななななと、緊張しながらもやはり楽しそうなシャウラを見ながら、ひそかに笑みを浮かべていた。
 シャウラの軽さはある種のポーズであり、内実は真面目だと知っている。


 それから3人は、くたくたになるまで、宇宙寄生虫探しという名の卓球を楽しんだ。
 部屋は男女別にとっていたので、別々だった。だけれど、夜は遅くまで一緒に喋っていたし、目覚まし時計の代わりに、朝一番でなななが男性陣の部屋に飛び込んできたりと、色気はなかったけれど共にとても楽しい時間を過ごした。