リアクション
「露天風呂は気持ちよかったカナ?」 ○ ○ ○ リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、食堂でくつろいでいたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)を自分達の部屋へと誘った。 一緒に訪れたパートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)と、 プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は、音楽祭に行ってしまった為、部屋にはゼスタとリンの2人きり。 2人きりですることといったら。 「そう、チェス! わたくしはあれからも切磋琢磨を怠らなかった。勝負だゼスタ・レイラン!」 ……というわけで、リンからの誘いで、2人は部屋でチェスをしていた。 「それにしても、夕飯食べたばかりなのに良く食べるね」 リンが持ってきたお月見団子と緑茶はもうほとんどなくなっている。 チョコレートとトマトジュースも既にゼスタの腹の中に納まっていた。 「リンちゃんと二人きりだと腹が減るんだよ。極上のごちそうを目の前にしてんのに、食えないから」 自分の血のことを言ってるんだろうなと、リンは軽く苦笑した。 「俺が勝ったら、キミを好きなようにしていいっていうんなら、どんな手を使っても絶対勝つんだけど」 「あたしは物じゃないから、上げられないんだよ。だけど、血をあげる以外なら、何でも言うこと聞くつもりだよ。負けないけどっ! チェック!」 リンはルークでキングを狙った。 ゼスタはクイーンを使って、ルークの進行を阻む。 「リンちゃんが勝ったら、何を求めてくるんだ? 温泉合宿ん時と同じ?」 「ふふ、実は、温泉合宿の時のお願いは『唇から生気を吸う方法』を教えてもらう事でした!」 リンの言葉にゼスタは少し驚きの表情を見えた後、にやりと微笑む。 「……今ならきちんと教えてやれるぜ?」 「でも今は変わっちゃったよ、お願い」 そうリンが言うと、ゼスタは「ふーん」と残念そうな声をあげた。 チェスの勝負で勝った方の願いを、負けた方が叶える。 2人はそんな約束をしていた。 「よぉし、ここだっ、チェックメイト!」 「え!? ちょっとまったッ。やっぱり勝ってみようかと思ってたのに」 「んんん? なにそれ、わざと負けようとしてたとか?」 「いや、そーゆーわけじゃねぇけど、ゲームに集中すると会話楽しめないじゃん? だから、力半分だったってわけさ。……ま、負けた言い訳じゃないぞ?」 「あはははは、わかった。わかったよ、ぜすたん。悔しいんだね」 いいこいいことリンはゼスタを撫で、ゼスタは軽く膨れた。 「さて、負けを認めたのなら、ぜすたん。そっちの台の上に座って」 「はいはい」 ゼスタは言われた通り、出窓カウンターに腰かけた。 「これから俺は、いたずらっ子のキミに何をされるんだ?」 「ふふふ……それじゃ、目をつぶって」 リンがそう言うと、ゼスタは目と閉じた。 「しばらく動かないでね!」 リンはじっとゼスタを観察する。 「まつ毛ながーい、本物。これはピアスー?」 「あたっ」 みよーんと耳を引っ張ると、ゼスタが小さな声を上げた。 くすくす笑いながら、リンは続いて、ゼスタの唇をみよーんと引っ張ってみる。 「前にも見たことあるけど、これが吸血鬼用の歯かー」 そして1人、うんうんと頷いた。 「目つぶってなくてもいいじゃないか。見せてやるし、触らせてやるぞ?」 「ダメダメ、ぜすたんからは動かないでいいの」 それから。 リンはゼスタの頭を胸に抱き寄せた。 「!?」 髪をわしゃわしゃとかき混ぜて、乱し。 「逃げないでじっとしてー」 動こうとしたゼスタをより強く抱きしめて、乱れた髪を指ですいて整えて、頭を撫でる。 「うごかないでね、いいこいいこ」 「…………」 リンは彼を撫でながら、ゆっくりと語る。 「あなたが欲しいのは言葉なのかもしれないけれど、言うだけならいくらでも言えるし、嘘もつけちゃうし、言葉にするとなんかぜんぶ違うものになっちゃいそうだし」 リンはゼスタの頭を胸に抱きしめ、撫で続ける。 ゼスタの体は、強張っているように感じた。 それをほぐそうとするかのように、抱きしめ直す。 「だからここに在るあたしの心臓の音と体温を答にして」 彼は黙っていた。 「……物じゃないからあなたのものにはなれないし、血はあげられないし……いいことないね」 そう、リンが微笑んだ途端。 彼女の体がふわりと浮かんだ。 そしてすとん、と床に落ちる。 目の前に、目を開けたゼスタの顔がある。 彼の両手は、リンの両肩を床に押さえつけていた。 リンはゼスタに組み敷かれている。 「俺は今晩、この宿にアレナ・ミセファヌスと泊るんだ」 行動よりも、突然の言葉にリンは驚いた。 「お前は俺の物にはならないそうだが、彼女はいずれ俺の物にするつもりだ」 (物? あの子も物じゃない、けど……) 怪訝そうな顔をするリンを押さえ付けたまま、ゼスタは話していく。 「彼女は、極めて出来のいい人形兵器だ。彼女をモノにするために、俺は慎重に立ち回っている」 彼の表情は真剣だった。 「アレナにも、神楽崎にも誰にも、見抜かれるようなヘマはしちゃいない」 「なんで?」 リンの問いに、ゼスタは厳しい目つきのまま、口元に笑みを浮かべた。 「楽が出来るからだ、彼女が生きている限り、永遠に。今は失っているが彼女には力がある。地位も約束されている。家事も出来る、そして素直で操りやすい。彼女は俺にとって、理想の伴侶――傀儡だ」 「あの子のこと、好きじゃないの?」 「好きだよ『物』として。人としての魅力は何も感じないがな。彼女はなんとしてでも手に入れたい、最高の宝だ」 「…………」 リンはじっとゼスタを見つめた。 彼の言葉は、嘘ではないようだった。 だけれど、彼の心の全てではないことも、わかった。 「これが俺の本心だ。女は好きだが重い愛は不要。好みの女からは欲求を満たしてもらえれば十分。お前は俺に恋愛感情は抱いてないみたいだが……なんだか、ダチとは違う感情を向けられてる気がする。なんか、ペースが狂う」 リンを押さえるゼスタの手に力が籠った。 (痛い……動けない。怖い、目……) 彼にこんな目を向けられたことは、今までなかった。 「わけわかんねぇ。胸に顔押し付けられて、何もせずに帰る男だと思ってんのか?」 ゼスタの片方の手がリンの肩から離れて、彼女の首に触れた。そして、服の襟をつかむ。 「……負けたから、ぜすたんからは何もしちゃダメ。願いを言えるのは勝った方だけだからね」 リンはいつも通りの表情で、そう微笑んだ。 数秒、ゼスタはリンを睨んでいた。 そして、舌打ちをすると立ち上がり、部屋から出ていく。 「もし……また勝負を挑んで来たら、容赦しない。その後は覚えておけ」 バタン、とドアが閉まる。 (……ぜすたん、なんか辛そうだったね) 起き上がって、衣服を整えて。リンはドアをじっと見ていた。 望み通り“あの子”を手に入れても、彼は永久の幸せを手に入れることなんて出来ない。 リンには、それが分かる。 |
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