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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

 音楽祭の熱気は、露店風呂まで伝わってくる。
「明るい音楽ですね、千百合ちゃん……」
「ホント、声援おくったら、届くかな?」
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)と、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、湯浴み着を纏って、ゆったり温泉に浸かりながら、響いてくる音楽を楽しんでいた。
「日奈々、気分悪くない? 大丈夫かな」
「はい、楽しいです〜」
 千百合が日奈々を気遣うが、日奈々は元気そうだった。
 これで何曲目だろうか。
 演奏されている曲は、ハイテンポで明るい曲だった。
 リズムに合わせて、湯船を叩いている子供もいる。
「ふふ……次は、女の子のようです」
「うん、バラードかな」
 伴奏から、聞いたことのあるバラードだと2人は気付く。
 日奈々と千百合は並んで、心地良い音楽にうっとり耳を澄ます。
「素敵ですね……」
 日奈々が感嘆の声を上げた。
 千百合からは「うん」と小さな返事が返ってくる。
「はぁ……素敵な曲でしたね、千百合ちゃん……」
 曲が終わると、日奈々は笑顔を千百合に向ける。
 だけれど、千百合からは返事がなかった。
「あれ? 千百合ちゃん」
 返事の代わりに、日奈々の体に千百合の体が覆いかぶさってくる。
 意識がないようだった。
「千百合ちゃん……? しっかり」
 日奈々は千百合がのぼせてしまったのだと気づき、抱き抱える。
「すみません、手を貸してください〜」
 そして、周りの人にも助けてもらいながら急いで湯船から出た。

「うーん……」
 ベッドの上で、千百合は目を覚ました。
「千百合ちゃん……!」
「え、日奈々?」
 日奈々は心配そうに、濡れタオルを頭に乗せてくれていた。
「あれ……あたし……?」
 日奈々と一緒に、温泉で音楽祭を楽しんでいたはずなのに。
 何故ベッドで寝ていたのだろう。
 そう思い千百合は首をかしげる。
「のぼせちゃってたんですよ」
「あ……そっか。……介抱してくれて、ありがとね」
 千百合はばつが悪そうに苦笑する。
「また横になっててください〜。何か飲みますかぁ?」
「うん、それじゃお水もらってもいいかな」
 千百合がそう言うと、日奈々はすぐに湯冷ましを持ってきてくれた。
「冷たくない方がいいそうなんですよ〜」
「……なんか新鮮かも」
 コップを受け取って、千百合ははにかむように微笑んだ。
「いつもはあたしが介抱する側だから」
「確かに……新鮮かもしれないですねぇ〜。でも、気をつけてくださいですぅ、心配したんだから……」
「うん。気持ち、良く分かる……あたしも、いつも日奈々が心配だから」
 千百合は水を飲むと、再び横になった。まだちょっとふらふらする。
「たまにはこういうのもいいかもね」
 仰いでくれる日奈々を見ながら、千百合は微笑んだ。
「千百合ちゃん、てば……」
 千百合が笑顔であることを感じて、日奈々の顔にも微笑が浮かんでいく。
「ふふっ」
 病気でも怪我でもない、これくらいのことなら。
 たまには、こうして日奈々に介抱してもらうのも……嬉しい。
 千百合はそう感じて、幸せでいっぱいになっていた。

○     ○     ○


「うーん、気持ちいい〜」
 昼過ぎ。
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、パートナーのミア・マハ(みあ・まは)と共に、温泉に浸かっていた。
 専用のお盆の上に、フルーツの盛り合わせと麦茶のグラスを乗せて、半身浴しながら頂いて。
 青空の下、のんびり、ゆったりくつろいでいた。
「やはり眼鏡が雲ってしまうの」
 ミアは雲ってしまう眼鏡を、頭にひっかけておくことにした。
 眼鏡がないと周りが良く見えないので、ふらふらしてしまう。
「レキ」
「うん、ミア、転ばないようにね」
 ミアが伸ばした手をレキが掴み、自分の方へとゆっくりひっぱる。
 一緒に、湯の中に体を漂わせたり、フルーツを食べたり、麦茶を飲んだり。
 のんびり至極の時間を過ごしていく――。

○     ○     ○


「え!? ここの露天風呂って混浴じゃないのか!?」
 温泉旅館に到着した四谷 大助(しや・だいすけ)は、パンフレットを見てがっかりした。
「混浴って……」
 音楽祭会場から訪れた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、訝しげな目を向けてくる。
「あ、変な意味はないよ? ほら、湯浴み着OKだし、水着専用混浴とかあったらよかったのにって思ったんだ。だって、せっかく一緒に来たのに、一緒に音楽祭を観賞出来ないのは残念だろ?」
「まあ、そうだけど……その方が、安全よ。私と一緒にいると、碌な事ないから、ね」
「それは絶対ない。一緒の方が安全に決まってる。何より楽しいし!」
 強く言いきって、大助は荷物を預けると、雅羅を誘って外に出ることにした。
 庭園を散歩したり他愛無い話をして楽しく過ごし、夕方になってから。
 大助は雅羅を露店風呂へと誘った。

(結構賑わってるな……)
 男性用の露天風呂には、先客が沢山おり、音楽祭を見ながらのんびりとしている。
 女性用の露天風呂との間には、木製の仕切りがあるが……時折、女性の声や、水音が聞こえてくることから、かなり薄いということが分かる。
 音楽祭が見下ろせる方向が混んでいることもあり、大助は仕切りの近くの湯船に入った。
 日が落ちると同時に、明るい月が目に入った。
(今日は満月か……そういえば、今日は月見だったな。ますます、雅羅と一緒だったらって思うよ)
 ため息をつきながら、大助は水面に映った月を見つめていた。
「雅羅と2人で見たかったな……」
 つい口に出してしまった、途端。
「何が?」
 と、声が響いてきた――仕切りの向こうから。
「ま、雅羅!? なんでこっち側に」
 大助は動揺してしまう。
「景色が見える方には、人が集まってるから。近づいて、何か迷惑をかけたくないし」
「そっか。大丈夫だよ。だけど……何かあっても助けに行けないから。うん、こっちにいてくれると嬉しいな。ここまで、音楽も聞こえてくるしね」
「ええ、盛りあがってるようね」
「この曲、日本の曲だ〜。雅羅は知ってる?」
「聞いたことくらいはあるわ。歌詞まではわからないけれど」
「ドラマの主題歌だった曲で……」
 流れてくる音楽を聞きながら、大助と雅羅は互いの姿が見えないまま、会話を楽しんでいく。
 ……ふと、大助の目に、また水面に映る月が映った。
 見上げれば、幻想的で美しい月が、空から自分達を見つめていた。
「あのさ、雅羅」
「ん?」
 大助は少し間を開けて、呼吸を整えて言う――。
「……『月が綺麗ですね』」
「あ、ホント……満月ね、綺麗」
 返事はすぐに返ってきた。
 その答えに、大助はちょっとがっかりして。
 でも、かなりホッとしていた。
「うん、凄く綺麗だ。後で庭にでて、一緒に見よう」
 そしてもう一度、同じ言葉を彼女に言おう。
 いつか彼女はその言葉の意味を、理解してくれるだろうか。
 答えを聞くのは……まだちょっと怖くもあった。