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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

 日頃の疲れを癒しにこの露天風呂へ来たネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、響いてくる音楽祭の演奏をBGMにゆったりと過ごしていた。
「気持ちいいなあ……ん?」
 ふと、ネージュはどこからか視線を感じて辺りをきょろきょろと見回す。
 しかし、何も怪しい感じはない。
 他の女性客も穏やかに温泉を楽しんでいる。
「気のせいかな。それよりも、この温泉水の利用方法だよね。女将さんが言うには飲料水としても使えるらしいから」
 お湯をすくったネージュの手から、肌触りの良いやわらかなお湯はすぐにこぼれていく。
「これを使ったおいしい料理、何かできないかなぁ」
 ネージュは頭上に輝く星を眺めながら、思考に没頭していった。
 しかし、ネージュがかすかに感じた何かを、確実に捉えている者達がいた。
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)のディテクトエビルに、とても邪な感じのものが反応したのだ。
 ユーリカは、ひっそりと神降ろしを自身にかけた。
 すぐ傍にいたために彼女の気配に気づいたアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が、ハッとして湯あみ着を胸元にたぐり寄せると、同じように神降ろしの言葉を呟く。
 少し離れたところで、岩縁に腰かけて音楽祭を眺めていたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は、連れの二人の様子にはまだ気づいていなかった。
 アルティアはイグナにも知らせるべきか迷ったが、ユーリカが人差し指を唇の前に立てたため黙っていることにした。
 どうせすぐに気がつくことになるのだから。
 そしてユーリカは、男湯との仕切りを指さし魔法を発動する。
「ブリザード!」
「ぎゃああああ!」
「ああっ、バレた!?」
 慌てふためく男達の声を頼りに、アルティアも稲妻の札を投げた。
 天から青白い雷撃が落ちた。
「ぽぎゃあああ!」
「おい、しっかりしろ! おいコラ女湯のヤツら! いきなり何しやがんだ!」
「とぼけたって無駄ですわ。あなた達の邪な気配はしっかり掴んでるのですから。女湯をのぞくなんて、いけませんわよ」
「い、言いがかりはよせ! 仮にも俺はE級四天王だぞ。そんなマネするわけねぇだろ」
 ユーリカの言葉に、仕切りの向こうから焦ったような怒鳴り声が返ってくる。
 しかし、その声の周りから、嫌な予感がしたんだといううめき声を聞き、アルティアはため息を吐いた。
「往生際が悪いですよ。ディテクトエビルが反応したのでございますよ」
「こ、故障だろ」
「故障しているのはあなたのほうでございましょう。きちんと反省してくだされば、これ以上は何もしませんから」
 できるだけ落ち着いた声でアルティアが話しかけたが、返ってきたのは沈黙だった。
 いったいどうしたのかと、アルティアとユーリカが顔を見合わせた時、今までとは違う位置で雑巾を引き裂いたような悲鳴があがった。
「逃がすわけないであろう。愚か者め」
 いつの間に仕掛けたのか、イグナのインビジブルトラップに逃げ出そうとした不届き者達が引っかかったようだ。
 静かになったかなと三人が安心しかけた時。
「まだいるか!」
 キッと目元を鋭くさせたレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が、仕切りをランスで一突きにした。
「おまえはもう、沈んでいる」
 仕切りの向こうから世にも情けない叫び声が細長く響いた。
 ランスを引き抜いたレオーナは、達成感に満ちた表情をしていた。
(守った! 私のハーレム……!)
 レオーナにとって女湯とは、たくさんのお姉さまや子猫ちゃん達が高い露出度で一か所に集まってくるパラダイスである。聖地である。
 その場所を、のぞきなどに汚されるのは我慢ならなかった。
 だから、朝からずっとここで見張りをしていたのだ。
 そのかいあって見事、不届き者を撃退したレオーナを、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)は不安げに見ていた。
(レオーナ様は確かに女湯を守りました。けれど、わたくしにはさらなる猛獣が放たれたようにしか思えませんわ)
 クレアの心配をよそに、レオーナはユーリカ達と戦功を讃えあっている。
 さらに、周りの女性客からも拍手を受けている。
 それは、レオーナの理性のリミッターを切るには充分すぎた。
 目の保養に留めてきた対象が、実際的に愛する対象に変わ──
「いけませんわ!」
 恍惚とした表情のレオーナの手がアルティアに触れようとした時、クレアが氷術で作り出した氷の礫がレオーナを直撃した。
 不意打ちとなったレオーナの体がふらりと傾く。
 その先は、ランスで一突きにされ、少しもろくなっていた薄い仕切りで……。
 レオーナは仕切りもろとも、男湯に倒れ込んだ。
 その大きな音に、ネージュの集中力もさすがに途切れてしまった。
 けれど、今までひたすら温泉水を使った料理について考えていたため、どうしてこうなったのかがわからない。
 その代わり、料理のヒントを得た。
 ネージュは広い露天風呂にぷかぷかと浮かぶ男女数人と、慌てふためく多数の男女の客を見てひらめく。
「スープカレー!」
 ネージュは目の前の惨事などまるで目に入っていない様子で、脱衣所に駆けていった。
「あー……我らもそろそろ上がるか。近遠も気にかかるしな」
 イグナの提案にユーリカもアルティアも異論などない。
 今頃、内風呂でのんびり音楽祭を楽しんでいるだろう非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)の様子を見るためという理由で、三人はさっさと風呂から出ることにした。
 クレアも、E級四天王一味はそのままに、レオーナを支えてその場を去ったのだった。
 仕切りを壊したのは、E級四天王達ということになった。
 少しして、この温泉宿のバイトに申し込んだネージュが、料理長との交渉の末に特別メニューとして、温泉水で作ったスープカレーを出せることになった。
 他の料理も手伝って大忙しだったネージュの耳に、料理長がこっそりと「スープカレー、けっこう好評だぞ」と教えてくれるのは、もう少し先のこと。