First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
9
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)の仕事が終わったのは、夜も更けた頃だった。
人形工房が見えてきても、聞こえる音はなにもない。クリスマスパーティがあったらしいけれど、もう終わってしまったようだ。別にそれでも構わない。電気が点いている。リンスが、待っていてくれている。
「こんばんは」
ドアを開けて声をかけた。リンスがテスラの方を見て、「おかえり」と返した。遅くに訪ねると、彼はそう言うことがある。そのたびテスラは少しの気恥ずかしさと嬉しさを感じた。
ただいまです。微笑んで言って、テスラはリンスの傍にある椅子に腰掛けた。
あの日から、半年経った。
その間、何度ここへ来ただろう。
こうして傍に座っただろう。
だけど一度も、あの時のことには触れなかった。リンスから言ってくることもなく、何事もなかったかのような日々が過ぎた。
そろそろ、聞いてもいいだろうか。
考える時間としては、十分あったと思う。
「リンス君」
「うん?」
「リィナさんのこと、聞いてもいいですか」
「いいけど」
何を話せばいいの? とリンスが疑問符を浮かべて問い返す。
なんでもよかった。
なんでも。
「聞きたいんです」
「前にもこんなやり取りしたね」
「そうでしたっけ」
とぼけてみせた。だってテスラはその時の会話を覚えている。
「一昨年くらいに。……ああ、あの日もクリスマスイブだった」
リンスも覚えていたようだ。一瞬、懐かしそうな表情を浮かべた。あの時とは違う、どこか吹っ切れたような色の、顔を。
静かな工房に、リンスの言葉だけが響く。
ふたりで暮らしている時の話。
『戻って』きてからの話。
そして、『還って』からの、話。
「俺はね。いいと思ってるんだ」
リィナが、リィナ自身の決断で決めたことだから。
自分で決めて、自分で動いたことだから。
それに何より最後は笑っていたから。
「良かったのかな、って」
「聞いてみましょうか」
「聞くって?」
「リィナさんが『帰って』きたら」
「帰ってくるかな」
「きますよ」
テスラははっきりと言い切った。あれこれ細かな理由なんてなかった。ただ、信じていた。
リンスが、「そうだね」と頷いてドアに目をやった。今にも開くのではないか、と。
(なんてそんなの、できすぎかしら)
しばらくドアを見つめていたら、
――がちゃり。
「!」
ドアノブが回される音がした。一瞬リンスと顔を見合わせる。ぎ、というドアが開かれる音に、再び視線をそちらへと戻した。
そこに立っていたのは、
「あ」
「アヴァローン」
「よう」
ウルスだった。肩の雪を払って、工房に入ってくる。
ほんの少しだけ窺える疲れが、まだリィナは来ていないのだと物語っていた。
自然と、沈黙が落ちる。
どれくらい時間が経っただろうか。
ぽつりぽつりと会話を再開した頃に、
コンコン、
というノックが、聞こえた。全員が、ドアへと目を向ける。
マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)だろうか。それとも、今度こそ本当に?
「はい」
リンスが、椅子から立ち上がってドアに向かった。鍵のかかっていないドアを開け、
「……おかえり」
そう告げたので。
「……っ!」
ウルスは椅子を蹴倒して立ち上がり。
テスラも、ウルスに続いてドアへと向かった。
ドアの向こうには、リィナが立っていた。
生きた、身体で。
「ただい、」
彼女がはにかんで全て言う前に、ウルスがリィナを抱きしめた。「わ」とい驚きの声がリィナの口から漏れる。
「ウルスくん。ウルスくん?」
ウルスは何も言わなかった。テスラにはその気持ちが、わかる。
「……お待たせ。ただいま」
ぽんぽん、とウルスの背中を撫でながら、リィナは優しく微笑んで言った。声に、ウルスがリィナを離す。肩を掴んで真っ直ぐ目を見て、
「待ったよ! おかえり!」
はっきりと、告げた。するとすぐさま振り返り、
「オレちょっとデートしてくる。リィナと」
唐突な、提案を。
先にリンスが、動じもせずに「いってらっしゃい」と手を振った。テスラも倣って、二人に手を振る。
手を取り合って出て行く姿を見送ってから、ドアを閉めた。
驚くほどあっさりと、結末はついた。物語の端役ってこんな気持ちなのかしら、と思う。気付けば全て、終わっているのだ。
(これはあの二人のお話だもの)
仕方がない。
だからここからは、私たちの物語を始めよう。
*...***...*
デート、と言っても街に向かうにはもう遅く、結局いつもの場所についた。
手を繋いだまま、樹の下でいくつか言葉を交わす。半年前までしていたような、他愛のない話だ。他愛のない話で、笑い合える。そんな毎日が、戻ってきたのだと実感した。
そして、もう離してはいけないと。
「リィナ」
呼びかけに、リィナがウルスを見上げた。なあに、と首を傾げる彼女に、言葉を続ける。
「契約しよう」
突然の切り出しに、リィナがきょとんとしていた。
「ウルスくんは地球人じゃないもの。契約はできないよ」
「できるよ」
「あれ? そうなの?」
「一生一緒にいたいっていう、そういう類の契約」
つまり、それは。
「……なんだかプロポーズみたいだねぇ」
「オレはそのつもりで言ってるけど?」
肯定すると、リィナの頬が赤くなったのがわかった。
「あー、えっと。えっと。
……よろしくお願いします?」
おずおずと。
手探りのように伝えられた同意の言葉に、ぎゅっと彼女を抱きしめて。
「寓話の結末、変えなきゃな」
「うん。幸せなものにしなくちゃね」
囁き合って、くすくす笑った。
*...***...*
「考えなきゃいけませんね」
意地悪く微笑んで、テスラはリンスに告げた。
「自分自身のこと」
今まで引っかかっていたことが、すとんとハッピーエンドに落ちた。
だから、今度は。
「今日は、マナもいません。ウルスは出て行っちゃいました」
クロエは部屋に入っているから、この部屋に二人きりである。
ここでもし、例えば。
「私が二年前と同じことをしたら……リンス君、どうします?」
サングラスに手をかけた。躊躇うことなく外し、瞬いてからリンスを見た。それからすっと、目を閉じる。
――『私の初めてを、差し上げます』。
二年前、そう言った。
返答はなくて、有耶無耶に終わって。
(ねえ、リンス君)
今も返事を、待っているんですよ。
とはいえ。
「冗談です」
別室といえど同じ屋根の下にクロエがいるし。
そもそも。
(どうにかなりそう)
目を閉じていると。
待っていると。
どきどきして、頬だけでなく身体が熱くなって、頭がぼうっとしてしまって。
(どうこうなったりしたら、どうなってしまうの)
想像もつかない。
だから、誤魔化して目を開けた。勿論、こんな風に心中乱されていることは察されないよう平静を装って。
クリアな視界の中で、リンスがじっとテスラを見ていた。
「リンス君」
テスラも真っ直ぐ見返して、想いをはっきりと声に乗せた。
「大好きです」
いつだって、何度だって。
声に出して、あなたに伝えよう。
リンスが、「マグメル」とテスラの名を呼んだ。咄嗟に身構える。数秒の間のあと、リンスが何か発しようとして――。
「ただいま!」
ドアの開く音と、明るい声に遮られた。ウルスとリィナが戻ってきたのだ。
「……おお? すげえお邪魔虫……?」
「だったねぇ……」
「……今日はまだ、『その日』じゃなかったみたいです」
結論が出る、『その日』では。
一方で、ウルスとリィナの間にはそれがあった。
「取り込んでいたところ邪魔した上に申し訳ないんだけど、テスラ」
ウルスが言いたいことはわかっていた。テスラはリィナに向き直る。テスラと目が合って、リィナが丁寧に腰を折った。
「よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
*...***...*
「旅立ってしまわれましたね」
マナの言葉に、ディリアーは扉を見た。何もない場所に浮かんだ、両開きの扉を。
ほんの数時間前に、リィナがあれを通って帰っていった。たぶんきっと、もう会うことはない。
「寂しくなるわねェ」
半分本当で、半分嘘だった。
ハッピーエンドは嫌いじゃないし、『次』の子だっているわけだし。
「『魔女』はそろそろお役御免ね」
「では、役を必要としている場所へ向かいましょう」
「アナタって本当、酔狂ねェ」
「貴女ほどでは」
よく言うわ。くつくつ笑って、立ち上がる。
扉をくぐれば簡単には戻ってこれない。
いいのか、なんて無粋なことは聞かないままに、扉に手をかけた
「行くわよ」
「ええ、どこまでも」
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last