天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



3


 たくさん遊んだ後に欠かせないものといったら?
「糖分摂取だよねー!」
「なのであります!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の同意も得て、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)は「いぇいっ!」と拳を天に突き上げた。二歩後方で、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が「ボクは休めればなんでもいい」と呟いている。先ほどまで遊園地で、スカサハのジェットコースター巡りに付き合っていたせいで体調が優れないらしい。
「ケーキ食べればよくなるよ!」
「ならねぇだろ」
「なるよ!!」
 持論を押し通し、向かうは巷で噂のケーキ屋さん。
 ケーキ、ケーキとうきうき歩くことしばらく。可愛らしい外装のお店が見えた。ドアを開ける。予約をしていたこともあって、すんなり席へと通された。
 ドリンクオーダーを済ませた後、スカサハが笑った。
「今日は楽しかったでありますね! お姉様に妹様!」
 遊園地でのことだろう。花琳は、「うんうん、楽しかったね!」と相槌を打って笑顔を向けた。
「途中でお友達にも会えましたし……最高のクリスマスイブだったのであります!」
 スカサハは本当に嬉しそうで、話を聞いているこちらまでほんわかとした気持ちになる。笑顔のまま相槌を打っていたら、彼女の表情がふっと翳った。
「朔様も一緒に行けたら良かったのですが」
 椎堂 朔(しどう・さく)が一緒に行けなかったことが寂しかったらしい。朔は今頃、どうしているだろう。
(考えるまでもないか)
 一緒にいる相手と、イチャラブしているに違いないから。
「新婚さんだからねー」
「で、ありますね」
「見てられないくらいイチャラブするに違いないよ! だからこれで良かったんだ。女パートナーの集いに乾杯!」
 丁度いいタイミングでテーブルに運ばれてきたドリンクのグラスを手に、花琳は高らかに宣言した。かん、と涼しげな音を立ててグラスがぶつかる。一口飲んだところで、飲み物を運んできてくれた金髪のウェイターが再びやってきた。
「お待たせしました」
「えっ? スカサハたち、まだ他に何も頼んでないでありますよ」
「へ? でもそちらのお嬢様から、予約だっつって」
 ウェイターの彼がテーブルに置いたのは、特大のクリスマスケーキだった。スカサハとカリンが目を丸くしているのが面白くて、『そちらのお嬢様』こと花琳は笑った。
「さっ、ふたりとも! 挑戦だよ!」
 デザートフォークを差し伸べて持たせる。スカサハは、まだ「えっ?」と戸惑っている。状況を飲み込んだカリンが、ジェットコースター酔いをした青い顔のまま花琳のことを睨んだ。
「今の状況考えて頼めよ!」
「頼んだのはもっと前だもん」
「予測しとけ!」
「つよーいブラッドちゃんがジェットコースターに酔うとは思わなかったし」
「ぐっ……」
「大丈夫、勇姿は残しておくから!」
「何が大丈夫なのか皆目検討つかねぇよ!」
「食べてくれないの?」
「……チッ。少しだけだかんな、付き合うの」
 唸りながら、カリンがフォークを手に取った。スカサハは既に食べ始めている。
 花琳は鞄からカメラを取り出し、にまにま笑いのままファインダーを覗き込んだ。


 十数分後。
 食べても食べても減らないケーキに悪戦苦闘する二人の様子を撮りながら、
「ところでブラッドちゃんにスカサハさん。二人とも『夢』って持ってる?」
 花琳はぽつりと問いかけた。
「なんだよ、突然」
 問いには、「んふふ」と笑って誤魔化す。カリンはそれ以上訊こうとはしなかった。「そうだな、ボクは……」と考えるように宙を見、
「……料理人」
 と答えた。ほんのかすかに頬が赤く見える。何か別のことを考えていたな、と花琳は察した。が、何も言わないでおいた。先ほどカリンが訊かないでいてくれたから。
「はいっ! スカサハはですね、機晶姫相手の機晶技師になることが夢であります!」
 スカサハが、勢いよく挙手して答える。「そっかぁ」と花琳は呟いた。ふたりとも、立派な夢を持っている。
「……私ね」
 沈黙の後、そろりと切り出した。意味もなく、カメラをいじる。今までに撮った写真が出てきた。笑っている。みんな映って、笑っている。
「今までは、『家族ずっと一緒に幸せになる』っていうのが『夢』だったんだ」
 こんな風に、笑っているときがずっとずっと、続けばと。
「だけど……お姉ちゃん自身の幸せを掴んだ今はさ……正直、お姉ちゃんと一緒にいられない自分は何をしたいのかよくわからないんだ」
 遊園地にいるときも、ずっとそのことを考えていた。
 朔は、幸せ。
 それはいい。朔が幸せなら、それは花琳にとっても幸せだ。だけど、だけど。
 ……どうしても、その、『だけど』の先が、浮かんでしまって。
「私、これから自分探しの旅に出ようと思うんだ」
「旅ぃ?」
 カリンが、目付きを険しくした。
「だったら、スカサハもお供を!」
 ほとんど同時に、スカサハが名乗り上げる。花琳はそれに首を振った。
「自分探しだから」
 一人がいいんだ、と。
「あ、でもね、一人旅っていってもちょくちょく帰ってくるつもりだし、そこまで心配するようなことはしないよ!」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。自分が夢中になれる目標みたいなものを見つけたいんだ」
 それを、『夢』と呼んでもいいような。
 叶えるための努力を惜しまないものを。
「応援してくれると嬉しいな」
「……そこまで決意してんなら止めねぇけど……気ぃ付けて行けよ?」
「妹様の新しい門出を祝うであります!」
 カリンとスカサハの言葉を受けて、花琳は微笑んだ。
 待っていてくれる人が、背中を押してくれる人が、いる。
 だからきっと、大丈夫。
「うん。ありがとう」


「……あ、ねえねえ。旅に出る前にさ、三人で映った写真が欲しいんだけど、撮らせてもらってもいいかな」
 頼んでみると、カリンに「何を今更」と言われた。
「さっきまでボクらのこと撮ってただろ」
「そうだけどさ。なんかこう、改まりたくて」
「勝手にしろよ。別に嫌じゃないから」
「スカサハもその写真、ほしいであります!」
「わかった! じゃあ、誰かに撮ってもらおう」
 誰に、と店内を見回したところ、先ほどドリンクやケーキを頼んでくれた店員さんと目が合った。ネームプレートいわく『紡界 紺侍(つむがい・こんじ)』という名前らしい彼に声をかけ、頼む。彼は、笑顔で承諾してくれた。ああ、そう、この笑顔だ。
「あの」
「はい?」
「あなたの夢って、目標って、なんですか?」
「は?」
「……働いている姿が素晴らしかったので。これからの私の参考にさせてもらおうかなと」
「夢、スか」
 彼は、先ほどカリンが考え込むときにしていたように宙を見た。随分と微動だにしないので、変なことを訊いてしまっただろうかと不安になってきた頃に、
「写真で、誰かの心を動かせたらな、って」
 ぽつり、と。
 決して大きくない声で言われたそれは、なぜだか心に触れた。