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はっぴーめりーくりすます。3

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はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



2


「メリークリスマス」
 出迎えてくれたクロエ・レイス(くろえ・れいす)に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は笑いかけた。
「メリークリスマス、コハクおにぃちゃん!」
 屈託なく笑うクロエの頭を撫でて、工房に入った。ここへ来るのは、なんだかすごく久しぶりな気がする。懐かしさを感じつつ、コートとマフラーを脱いで置いた。
「今日、クリスマスパーティをするんだよね? 高いところの飾りつけ、手伝うよ」
 柔らかく微笑んで言うと、クロエが「たすかるわ!」と喜んだ。
「わたしじゃ、てっぺんのおほしさま、かざれないもの」
「椅子に乗ったりしなきゃだね。でもそれだと危ないし」
「それに、まどのおけしょうやガーラントはむりなの。わたしがしたくてやってるから、リンスにはたのみにくくって」
 見れば、リンス・レイス(りんす・れいす)は人形作りの真っ最中だった。
「忙しそうだね」
「うん。あれ、きょうのうひんのものなの」
「今日?」
「クリスマスだから。いそがしかったのよ、ここのところ」
 それじゃあ余計に頼みにくい。特にクロエなら。年の割に、空気を読んだり遠慮をしたりしてしまう子だし、その上リンスはきっと、無茶でもクロエの願いなら引き受けてしまいそうだから。
「早く来て良かった」
「ほんとうに。ありがとう!」
 素直に喜ぶクロエに、いえいえと首を振って。
 一緒になって、工房の飾りつけを。


*...***...*


 人形工房では、今年もクリスマスパーティを開くらしい。
 クロエから電話でパーティのことを聞いたミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)立木 胡桃(たつき・くるみ)を連れて工房まで来ていた。
「クーちゃん、メリークリスマス!」
 工房のドアを開けるなり恒例の言葉を高らかに。
 ツリーの飾りつけをしていたクロエが、ミーナを見て目を輝かせた。ぱたぱたと駆け寄って来るクロエを、ミーナは抱きとめて抱きしめた。優しく、暖かに。
「きてくれたのね!」
 腕の中で、クロエが嬉しそうな声を上げている。「もちろん」とミーナは頷いて、頬擦りをした。くすぐったそうにクロエが笑う。
 ぱっと手を離すと、今度はフランカがクロエに抱きついた。
「くーちゃん」
「フランカちゃん」
「めりーくりすます」
「うんっ。メリークリスマス!」
 手を取り合って、きゃっきゃと笑う様子はとても微笑ましい。かと思えば見つめ合い、はにかんでお互いに抱きしめ合った。見ているととても温かい気持ちになる光景だ。
「くーちゃんだいすき」
「わたしもすきよ」
「ミーナも! ミーナも好きだよ!」
 ここぞとばかりにアピールして、一緒になって抱きついた。胡桃も、なにやら楽しそうだと思ったらしく飛び込んできた。四人でぎゅうぎゅう。幸せだ。
 けれど、ただ抱きつきに来たわけじゃない。それではいつもと同じである。ミーナはひとり、ハグから離れた。鞄から、プレゼントにと持ってきたものを取り出す。
「くーちゃんっ」
 呼びかけると、クロエがフランカを抱きしめたままこちらを見た。プレゼントを後ろ手に隠し、近付く。
「目を閉じてー」
「こう?」
「そうそう。いいって言うまでだよ」
 目を閉じさせてから、ミーナは指通りの良いクロエの髪に触れた。軽く梳いてから、プレゼントであるリボンを結んでやる。それから手鏡を用意して、クロエに向けて。
「もういーよー!」
 元気よく言って、目を開けさせた。
「わっ」
 想像通り、クロエが驚きの声を上げる。
 どうかな、どうかな。
 この後どういう反応をしてくれるかな。
 わくわくしながら、ミーナはクロエの様子を窺った。
「リボン、かわいい!」
 今度は一転、嬉しそうな声。満面の笑みで、鏡に映った自分を見ていた。ミーナも満足して、笑う。
「クーちゃんに似合いそうなの探してきたんだー」
 もっとあるよ、と鞄から包みを取り出して。
「これぜーんぶ、クーちゃんへのプレゼント!」
 クロエの腕に、抱かせるようにして渡す。
「いっぱいよ。いいの?」
 もちろんだ。ミーナは大きく頷いた。
「どれもきっと、クーちゃんに似合うの」
 何せ、どれが似合うか考えて、どれも似合いそうで選べなくなったものたちだから。
「ミーナおねぇちゃんがそういうなら、きっとほんとうね。ありがとう、とってもうれしい!」
 それに、クロエがこんなに喜んでくれたのだから、全部買ってきてよかった。


 パーティの最中、フランカはクロエから離れなかった。
 ここ最近、クロエに会いに来れなかったから、その分傍にいたくって。
 胡桃を真ん中に挟んで、クロエと抱きしめあって、クリスマスの空気をのんびりと堪能していた。
「かぁーわいいー」
 しばらくそうしていたら、ミーナに写真を撮られた。ミーナはすごく幸せそうな顔をしていて、なんだかフランカも嬉しくなった。笑う。クロエも笑った。それがまた嬉しくて、笑う。
「えへへー」
「ふふー」
 ゆるゆるとした空気の中で、「きゅー」という胡桃の声が聞こえた。
「くーちゃん、くーちゃん」
「なぁに?」
「ふらんかからぷれぜんと」
 まだ、子供のフランカにはあげられるものは少なかったけれど。
 これくらいは、できる。
「らいねんもいいとしでありますようにって、しあわせのおまじない」
 頬に、ちゅっとキスをした。
 相手のことを想って、優しい気持ちでキスをすれば、気持ちは相手に伝わると。
 相手は幸せになれると、本に書いてあったから。
「……しあわせ?」
「しあわせよ!」
 どうやらしっかり伝わったようだ。
 ふにゃりと笑うフランカの頬に、今度はクロエからおまじないがされるまで、あと一秒。


*...***...*


「すっかりクリスマス模様ですね」
 コハクより少し遅れてやってきたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、工房をぐるりと見回して、言った。ツリーはきれいに飾られて、窓にはスノースプレーで『メリークリスマス』という文字とスノーマンが描かれ、壁にはガーランド、といった具合である。
「コハクおにぃちゃんのおかげよ。ひとりだときっと、もうちょっとざんねんなかんじだったわ」
「それはそれは。ではクロエさん、今度は私がお手伝いしましょう」
「ベアトリーチェおねぇちゃんがおてつだい、ってことは、おりょうりね!」
「はい。チキンの準備、してきましたから。一緒に焼きましょう」
 チキンの入った保冷バッグを見せて、クロエと一緒にキッチンに入る。エプロンのリボンを結んであげていると、「みわおねぇちゃんは?」クロエがこちらを向いて、問いかけてきた。
「美羽さんは、瀬連さんに会ってからこちらへ来るそうです」
「クリスマスだものね」
「ええ。大切な人には会わないといけませんね」
 今頃はもう、楽しい時間を追えてこちらへ向かっている頃だろう。
 途中で『Sweet Illusion』に寄って、クロエやリンスのためにケーキを買いながら。


「遅くなっちゃった! メリークリスマス!」
 ばんっ、と派手な音を立ててドアを開け、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は人形工房に飛び込んだ。
 人形を作っていたリンスが、ちらり、美羽を見る。
「遅かったから」
「う、」
「間に合った」
「へ?」
「仕事の人形。作り終えた。これで一緒にパーティできる」
 あ、そういうことか。美羽は頷いて、リンスの傍に寄った。
「お疲れ様! ケーキ買ってきたから、楽しもうね!」
「美羽さん」
「みわおねぇちゃん、メリークリスマス!」
 図ったかのようなタイミングで、ベアトリーチェとクロエがキッチンから出てきた。ベアトリーチェの手には、焼きたてのチキンが乗った鉄板がある。料理もちょうど出来たところのようだった。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。だんだんと楽しい気持ちになってきた。あとは。
(あとは……)
 美羽は、コハクの姿を探した。きょろきょろ、視線を彷徨わせる。くすくす、クロエが笑った。
「な、何よー」
「コハクおにぃちゃんなら、キッチンよ」
 コハクを探しているのが、バレていた。なんとなく、恥ずかしくなって頬を掻いた。
「美羽?」
 声をかけられて、振り返る。コハクがいた。取り分けるためのお皿や、フォークを持って。
「コハク」
 美羽も、コハクの名前を呼んだ。コハクが優しく微笑む。急に、幸せだ、と感じた。
(うん。本当、幸せ)
 コハクと、想いが通じて恋人になれて。
 エリュシオンへ行くため、百合園女学院を辞めてヴァイシャリーを離れてしまった瀬連が復学し、戻って来てくれて。また以前と同じように会えるようになって。
(これ以上なんてないくらい)
 幸せがたくさん、訪れたから。
 誰かに分けてあげたいと、思った。そう思った時、浮かんだのがクロエとリンスだった。
「あのねー。ケーキ買ってきたよ」
「さっきも聞いたよ」
「特製なんだから。もっと驚いてほしいな」
「わたし、おどろくよりさきにうれしいわ。ことしもみわおねぇちゃんたちといっしょなんだもの」
「それは、」
 こっちのセリフでもあるんだからね?


 美羽が買って来てくれたケーキを見て、クロエは思わず目を丸くした。
「わたし?」
 すごく可愛い、デフォルメされた二頭身の自分がケーキに乗っている。
「特製だって言ったでしょ?」
 クロエの驚きに、美羽は満足したようだ。得意げに胸を張っていた。
「クロエの写真を渡して、この子の砂糖菓子を乗せてほしいって頼んだの。どう?」
「すごいそっくり! びっくり! これ、どうやってるの?」
「それは私にはわからないけど。マジパンっていうので作るみたいよ」
「へえ……」
「気になるなら、今度一緒に作ってみます?」
 興味深くてじっと見ていたら、ベアトリーチェが提案してくれた。一も二もなく、クロエは頷く。マジパン。響きからはどんなものか想像もつかない。
(マジカルなパンなのかしら。……パンはさとうがしじゃないわね)
 ベアトリーチェによって切り分けられるチョコレートケーキを、クロエはじっと見た。そういえば、当たり前のようにチョコだけど、これはリンスの好みに合わせてくれたのだろうか。きっとそうだろう。美羽は、すごく自分たちのことを想ってくれているから。
 そう思うと胸がいっぱいになって、「ありがとぉ」とクロエは美羽に囁いた。
「何が? なんで?」
「なんでもよ」
 きょとんとしている美羽を見て、「あ」と声が漏れた。工房に到着してまだ間もない美羽は、コートもマフラーも脱いでない。そしてマフラーには見覚えがあった。
「そのマフラー、コハクおにぃちゃんのといっしょ」
 そう、コハクがつけていた。おそろいだ。
 なかよしね、と言いかけて、ふたりが顔を赤くしていることに気付いた。言葉を飲み込む。すると、ベアトリーチェがそっと教えてくれた。
「美羽さんとコハクくんは恋人になったんですよ」
 こいびと! クロエは口元を押さえて、美羽とコハクを交互に見る。
 美羽はコハクをちらりと見てはにかみ。
 コハクも美羽を見て、幸せそうに笑う。
 そういえば、寄り添うように隣に座っているじゃないか。
「とってもすてきね! おめでとう!」
「あっ、ありがとうっ」
 素直な気持ちを声に乗せると、赤い顔のまま美羽が礼を言った。
「お幸せにね」
「なんだか恥ずかしいな……」
 次いでリンスも祝福の言葉を言い、コハクが照れ笑いを浮かべ。
「こんな幸せな日が、いつまでも続くといいですね」
 ベアトリーチェが、心からの願いを口にした。
 クロエも、そうなればいいと思った。
(サンタさんに、おねがいしておくわ)
 しあわせがずっと、つづきますように。