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はっぴーめりーくりすます。3

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はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



6


 三年間、来るかどうかわからない人を待った。
 来ないだろうと思いながら、半ば惰性的に。
 だから、月日はあっという間に過ぎていった。過ぎてくれた。
 だけど、今度は。
 今度の別れは。
「…………」
 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は、リィナと最も過ごした場所でひとり、彼女を待っていた。
 工房よりさらに奥まった丘の上。ひと気などなく、自然が奏でる音以外はなにもない。
 ――『ウルスくん』。
 今にもそう、呼びかけが聞こえてくるのではないか。
 ただいまと言って、はにかんで立っているのではないか。
 幾度も振り向いた。辺りを見回し、リィナを探した。そのたび落胆して、息を吐いた。
 半年。
 まだ、たったそれだけしか、経っていない。
(長い)
 なのに感じた時間は長く、胸が苦しかった。
(待つのってこんなに、……)
 途中まで考えて、頭を振った。思考を飛ばす。一度でもそう考えたら、そのままそちらへ引きずられてしまいそうだったから。
「そういや、今日はクリスマスだな」
 ウルスは、空を見上げて呟いた。答えるものは、誰もいない。
「プレゼント。これなら届くかな?」
 丘の真ん中に立つ、大きな樹へと近付いて。
「…………」
 手にした道具で、文字を彫った。
 それは、既に死んだ少女と、傍観者たる少年が、出会い、そして別れる、そんな寓話。
 樹に彫れば、この、年をとっても立派な樹に彫れば、遠い未来でも形として残るのではないか、と。
 いつか、リィナが未来で見つけてくれるのではないか、と。
 願って、ひたすら話を彫った。
 高く上っていた太陽が彼方へ落ちていっても、延々と。


*...***...*


「あの」
 少しだけ、どきどきしながらミミ・マリー(みみ・まりー)フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)に声をかけた。
 うん? と軽く首を傾げた人懐っこそうな顔の店主は、優しそうな目でミミを見る。緊張がほぐれていくのがわかった。次の言葉はすんなり出たからだ。
「僕、ソレイユのマリアンさんの知り合いで、ミミ・マリーっていいます」
「まーちゃんの」
「はい。それで、マリアンさんからロシュカさんのことを訊いて」
 言葉を切って、ミミは鞄から手紙を取り出した。白地にピンクで花の絵が描かれた、女の子が喜びそうな可愛らしいデザインのものを。
「手紙、書いてきたんです」
 ここ、『Sweet Illusion』のパティシエ、ロシュカ・レージェスはひどく人見知りだというから。
「渡してもらえますか?」
「もちろん」
 差し出した手紙を、フィルは笑顔で受け取ってくれた。
 よかった。心から、そう思う。
(気持ちだけでも、伝えられたら)
 それで、満足だ。
 満足ついでにミミは言った。
「ケーキって、テイクアウトできますか?」
「できるよー。お決まりですか?」
「はい。ここからここまで、全部」


 ミミから受け取った手紙をロシュカに渡すと、彼女はたっぷり一分少々、目を見開いて硬直していた。手紙を握る手が、僅かに震えている。
「…………」
「読まないの?」
 放っておいたら十分でも二十分でもこのままの状態でいそうだったので、フィルは声をかけた。すると大げさなほどにロシュカの肩が跳ねた。おろおろとした様子でフィルと手紙とを交互に見ている。
「別に、怖いことは書いてないと思うよー? いい子そうだったし」
 ミミのことを思い出しながら、フィルは言った。相手のことを気遣える子なのだろう。会ってみたいと言うこともなく、返事をもらいたいとも言わなかった。ただ、渡してほしいと、真っ直ぐフィルの目を見て伝えてきた。
 フィルの言葉に背中を押されたのか、ロシュカはミミからの手紙をじっと見つめた。開けるのかなーと眺めていたが、結局彼女は手紙の封を切ることが出来なかった。ぶんぶんと頭を横に振り、半泣きのような表情でフィルに手紙を差し向ける。
「フィ……、フィル。読んで」
 そして、蚊の泣くような微かな声で、言った。「えー」と、思わず苦笑いじみた声が出る。
「だ、……だめ?」
「駄目じゃないよー」
 ただ、差出人に失礼じゃないかな、とは思った。もっとも、何も言わずに従うわけだけど。
「読むね」
 と、前置きひとつして。
 手紙の内容を、読み上げる。

『ロシュカさんへ

 突然のお手紙ごめんなさい
 ツァンダに住んでいるミミ・マリーといいます

 前に自然公園で食べたケーキがおいしくて
 それからこのお店に時々通ってるんだけど
 ソレイユのマリアンさんから
 そのケーキを作ってるのはソレイユ出身の
 ロシュカさんだと聞いて驚きました
 不思議な縁もあるんだなあって

 いつも美味しいケーキをごちそうさま
 また食べにいきます

 ミミ・マリー』

 便箋を畳んで、ロシュカに渡す。ロシュカは半分呆然とした様子で、手紙を受け取った。
「怖くなかったでしょ?」
「う、あ。……うー」
 顔が真っ赤だ。『ケーキが美味しい』だとか、『ご馳走様』と言われて恥ずかしがっているらしい。それもそうだろう、フィル以外の人間からそれとわかる形で気持ちを伝えられたのはしばらくぶりのはずだから。
(わかるけど、恋する乙女みたいな目で見つめられてると、嫉妬しそうだなー)
 もちろん、そんな感情は微塵も出しやしないけど。それにこんなロシュカを見るのも新鮮なので、しばらくそっとしておいた。
 そわそわと、ロシュカは手紙を読み返す。一瞬、嬉しそうに笑った。ミミくんやるなー、とフィルは思う。しかしその直後、ロシュカの表情が固まった。最初、手紙を受け取った時のような顔をしている。
「?」
 疑問符を浮かべてロシュカを見ると、ぱくぱくと口を開閉し、何か言おうにも言葉が出てこない、そんな様子で手紙を振っていた。
「うん?」
「じゅ、住所……」
「住所?」
 言われて記憶を手繰る。住所。ああ、確か、封筒に住所が書かれていたっけ。
「記載。ある。……へ、返事……要求……?」
「違うと思うよー。これこれこういうものです、怪しいものではありません、ってことじゃない?」
「……怪しい。違う?」
「うん。まーちゃんのお友達さんだしねー」
「マルの」
「手紙にもあったでしょ? ロシュカのことは、まーちゃんから聞いたって」
「……んー。……む、ぅ」
 マリアンの友達だということと、手紙の文面や、真摯さから。
 ロシュカはどうやら、僅かに心を開いているようだ。
「便箋、買ってきてあげよっか?」
 返事を書いて、出せばいい。そう提案すると、ロシュカは目をぱちぱちと瞬かせた。頬に赤みが差したように見える。
「この手紙に負けないくらい、かーわいーやつ」
 どうする?
 にやにや笑いながら訊くと、おろおろとした様子で視線をあちこちに飛ばした。
「い。ら、な」
 い、のか。
 じゃあいーや、と思った瞬間、
「く、ない。……もらう」
 言葉が継がれた。
 あらあら、まあまあ。
「りょーうかい。じゃあ明日、買ってきてあげる」
 だから今日はお休み。
 どきどきしたり、疲れたでしょう?
 柔らかな銀色の髪を撫でて、ほんの瞬間、抱きしめる。
 ん、と腕の中でロシュカが首肯したのがわかった。