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リアクション
5
「カガチと一緒にヴァイシャリーに行ってくる」
という椎名 真(しいな・まこと)の言葉に、彼方 蒼(かなた・そう)の耳はぴこんと反応した。
ぱっと真の方を向き、
「みーちゃんくる? くる!?」
考えるよりも先に、質問を投げる。
もしも、東條 カガチ(とうじょう・かがち)と一緒に柳尾 みわ(やなお・みわ)が来るのなら、絶対に蒼も行こうと思った。行って、みわと一緒にクリスマスツリーを見るんだ。
(おととしにみたきらきらが、今年もあるといいなぁ)
記憶の中の光景を思い出しながら、蒼は遊んでいたおもちゃを片付けた。これでいつでも出かけられる。真に駆け寄って、服を握った。
「じぶんも行くぅ!」
連れてって! と頼み込むと、真は苦笑いじみた表情を浮かべ、「わかった、わかった」と言って蒼の頭を撫でた。
「みーちゃんも呼ぶから、ちゃんと寒くない格好をしておいで」
「はぁーい!」
元気よく返事をして、部屋へぱたぱた走っていく。
コートを着て、マフラーを巻いて、帽子をかぶってミトンをつけて。
それでも寒い時用に、ホッカイロをポケットに放り込んで。
最後に、前もって買っておいたプレゼントを、ラッピングのリボンが崩れないようにそっと鞄に忍ばせたら準備完了。
「にーちゃぁん。準備できたぁー!」
大きく声を出して、すぐにでも出発できるとアピールをして玄関へ。
外に出ると、冬の澄んだ空気が蒼たちを包み込んだ。
二年前に来たときは、偶然ここでカガチと出会った。
お互いにクリスマスパーティの買出しに来ていて、つい会話が弾んでしまって、気付いたら蒼とみわの姿がなくて、大慌て。
(懐かしいなぁ)
今は、蒼もみわも十四歳。
集合場所と時間を決めておけば問題ないだろう。カガチも同じ考えのようだ。
と、いうわけで。
「カガチ。時間どうしようか。一時間後くらい?」
「余裕持って一時間半で。だからええと……ああ、丁度三時だねぇ」
「わかった。蒼、みわちゃん。ここからは二人で行っておいで!」
真が言うと、蒼とみわもきょとんとした顔になった。お互い、顔を見合わせている。だけどすぐに理解したらしく、「わかったぁ!」と、元気のいい返事があった。
「みーちゃん、三時になったらここで待ち合わせだよ」
「わかった。三時ね」
「蒼、携帯持って。使い方はわかるね?」
「わかるぅー! じぶんがもってていーの?」
「いいよ。しっかりみわちゃんを守ってね?」
「わかったぁ!」
いってきまぁす、と手を振る蒼に、真もいってらっしゃいと手を振った。ちゃんと前見て歩かないと危ないぞー、と思ったそばから人にぶつかりそうになって、みわに袖を引っ張られている。
「……大丈夫かなぁ」
「大丈夫っしょ。椎名くんは心配性だねぇ」
人ごみにまぎれていく二人を見送りながら、カガチの言葉に「そうかなぁ」と返す。そうだって、という笑い声が聞こえた。
「あったかいもんのんであったかい話であったまってようぜぇ。リンゴのホットワインとか美味いよ」
「いいな、ホットワイン……っておーい高校生、」
二年前と同じツッコミを入れかけて、気付く。
「……じゃ、なくなってたんだよな俺たちも」
二年で変わるのは、ちみっこ二人だけではなく。
「学生じゃないし成人してるし、……飲むかー」
「おうよー」
みわの元気が、ない。
(きのせい?)
では、ないと思う。いつもより大人しいし、甘くて美味しいココアを飲んでいてもちっとも表情を柔らかくしてくれないし。
「みーちゃん?」
「何よ」
「えっと。どっか、悪いのぉ……?」
「? なんで。どこも悪くないわよ」
だけど、言ってぷいっとそっぽを向いてしまうし。
やっぱり何か、変だ。
気遣って、ゆっくり歩いていってあげたいけれど、今日は時間が決められている。一時間半があっという間に過ぎてしまうことを、蒼は知っていた。
「む、無理しないていどに、あるける?」
「平気だってば」
とは言うけれど、どうなのだろう。
考えた。どうすればいいか、考えた。
しっかりみわちゃんを守ってね。そう、真は言っていた。
(じぶんが)
ちゃんとしなければ。
「みーちゃんみーちゃん!」
「……?」
呼びかけると、みわが怪訝そうな顔で蒼を見た。蒼は、すっと手を差し伸べる。
「つかまって!」
「……別に、引っ張ってもらわなくてもあたしは大丈夫よ。さっきから平気だって言ってるでしょ?」
言葉に詰まった。もしかしたら、空回りしているのだろうか。
差し伸べた手を引っ込めようとしたところ、手に手が重ねられた。小さくて柔らかな、みわの手だ。
「迷子になったら大変だから、手くらいなら繋いであげる」
「! うんっ!」
そうだ、迷子は大変だ。みわと離れ離れになりたくない。
「行こぉー!」
「わかってるって、ほら引っ張らないでよ!」
一昨年と同じ場所に、同じようにツリーは立っていた。
大きなツリーは、やっぱりきらきらしていて、きれいで。
「…………」
みわは、黙ってツリーを見上げた。
「おととしと同じきらきらー!」
対照的に、蒼ははしゃいだ様子でツリーを見ている。
「ね、ね、みーちゃん! きらきらだねー!」
「そうね」
星みたいに目を輝かせて、きれいきれいとツリーを見る蒼は、あの日と同じ蒼なのに。
同じだった背は、蒼の方が高く、今はほんの少し見上げるくらいなっている。
声もちょっぴり低くなり、繋いだ手だって太く、大きくなっていた。
(また、来年になったら)
去年より、今より、ずっと変わっているのだろうか。
どんどん、男らしく? 大人に?
「…………」
蒼を見ていると、どきどきした。
同時に、寂しくも思った。
(何が? なんで?)
自分に問いかけてみても、答えは返ってこない。
「なんかちょっと、お星さまがちかくなったかなぁ?」
隣で蒼が、呟いた。
(違うの)
星が近付いたんじゃなくて、あんたが近付いてるの。
「……ねえ蒼」
「なーに、みーちゃん」
「あたしも変わったのよ」
ふと気付けば、喋り出していた。
「身長伸びたし、胸だってちょっと生えてきたんだから」
「えと。……?」
蒼は、突然のみわの言葉にきょとんとしている。そんな反応がじれったいような、でも蒼らしくてほっとするような、相反する気持ちが心に浮かんだ。
「ねえ蒼。あたしたち変わってってるのよ」
きっと蒼は気付いてないだろうけど。
時間は確実に、二人を進ませている。
「う、ん……」
蒼は、眉をハの字にして、戸惑いをあらわにしていた。えっとえっと、と言うものだから、何か答えてくれるのかと思いきや。
「プレゼント!」
と、きた。
「……プレゼント?」
このタイミングで?
「うんっ。みーちゃんにって、にらめっこして、えらんだー……」
後半尻すぼみになっていく言葉と一緒に渡されたのは、リボンが巻かれたぬいぐるみだった。もこもことした手触りの、可愛らしい猫のぬいぐるみ。
「ふつう女性に贈るならアクセサリーとかじゃないの?」
「うぇ? そうなの?」
「そんなだから蒼はいつまでも子供なのよ!」
「でもでも、みーちゃん、気に入ってくれた……?」
なんでそう思うのよ、と返そうとして、みわは自分がぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていることに気付いた。
「べ、別に気に入ったわけじゃないんだから。抱っこしてたらあったかいからしてるだけなんだからね」
「気に入ってくれたら、じぶんうれしー」
「……気に入ってないわけでもないわよ」
ぼそ、とごくごく小さく呟いた。蒼には聞こえなかったらしい。「みーちゃんが気に入ってくれますようにー!」なんて、お星様にお願いしている。
「クリスマスって、そういう行事じゃないわよ」
「あれ?」
冗談交じりの他愛もないお喋りのあとで。
「しっかしみーちゃんも成長したよなあ」
カガチは、ホットワインを飲みながら感慨深げに呟いた。
「少しずつだけどどんどん女の子っぽくなっちゃって」
「見た目?」
「中身も。蒼くんにプレゼントするって、手編みでマフラー作ろうとしててさあ」
本を読んだりして頑張っていたけれど、まだ難しかったらしい。今年は諦めて、カガチとお店に行ったのだ。
うんうん唸りながら、これは子供っぽいとか、この色は合わないとか、真剣に選んでいた。
それほどまでに、蒼のことを想っているのに。
「まだ気付いてないってんだから甘酸っぺー」
「青春だなあ」
真の相槌に頷きつつ、ワインを呷った。
「蒼もさ。言動幼いから気付きにくいけど、大人になっていってるんだよなー」
「蒼くん声低くなってたよねぇ」
「なってる。成長痛もちょっとあるって」
子供から、少年少女に変わりはじめる。その辺りの年頃である今は、ちょうど。
「身体も心も回りもどんどん変わってくから不安つーか焦るつーか」
「ん? 実体験?」
「うん。
でそういう変化にいち早く気付くってのは、やっぱ女の子の方なんだろうねえ」
言って、ホットワインをもう二つ買いに行く。一つを真に渡して、カップに口をつけた。
「不安って言えばさ」
「うん?」
「蒼があのペースで身長伸びていくとさ、将来的に俺より背がでかくなりそうなんだよな」
「あらら」
「……あと二センチ、俺も身長ほしかったなー」
「まあまあ。飲みねえ飲みねえ」
「なんか悔しいから、そうする」
ふと気付けば、戻ると約束した時間まであと数分になっていた。
蒼もそのことに気付いたらしく、「戻らなきゃぁ……」と、寂しそうな声音で呟いていた。
(戻る前に、)
渡したいものが、あった。
蒼のために、蒼に似合うものを、と考えて買った、マフラー。
「みーちゃん、」
行こー、と声をかけてくる蒼の胸に、それを押し付けた。
「?? なーに、これぇー?」
「プレゼント」
「! じぶんに?」
「蒼以外誰がいるのよ」
渡されたマフラーを見た蒼は、さきほどよりもずっと目をきらきらさせて、「わぁいマフラー!」とはしゃいだ声を上げた。
「えへへ……うれしいなぁ……」
その声が、本当に嬉しそうだったから。
「……さっさと戻るわよ」
あげたこっちまで嬉しくて、恥ずかしくなってきて。
誤魔化すように前を歩いた。
「みーちゃん待ってぇー」
追いかけてきた蒼が、みわの手を取った。
大きくなった手はみわの手をすっぽりと覆い、とても温かかった。
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