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リアクション
11.互いの成長の為に
7月半ば。
エリュシオンに向かう船の中に、樹月 刀真(きづき・とうま)は風見 瑠奈(かざみ るな)と一緒にいた。
エリュシオン領内にあるハーフフェアリーの村へのツアーが行われると聞いて、刀真が瑠奈を誘ったのだ。
自分の誕生日付近に、多くの人がいる場所で、2人で会いたいと瑠奈に言われていたこともあって。
「春のパーティの時は、すみませんでした」
デッキで風に当たりながら、瑠奈は刀真に謝罪をした。
軽く酒に酔った刀真の行為を拒否して、非難するようなことを言ったことについて、だった。
「気にしてない、というか普通の反応だ」
刀真は手すりに両腕を置き、瑠奈と並んで風に当たりながら言う。
「問題があるのは俺の方だよ。ただ、それを自覚はしているけれど、その在り方を変えるつもりはない」
「……」
「変えるという事は、一緒に歩いてきたパートナー達を裏切る事になるから……それなら最初からやるなという話だ」
刀真のその言葉を聞いた瑠奈は、しばらく黙ってしまった。
こんな時、どんな言葉をかけたらいいのか。刀真には分からなかった。
自分の在り方を変えるつもりはない。だけれど、瑠奈のことも特別に好きだということ。彼女が欲しいということにも変わらない。
「樹月さん。……樹月さんに、お願いがあります」
「何?」
「あ、あの……」
刀真と目が合った途端、瑠奈は少し赤くなり目を逸らした。
それから深呼吸をして真剣な目で刀真見て言う。
「よかったら……私と付き合ってくれませんか?」
「……!? ……!!?」
瑠奈のその言葉に、顔を赤く染めている彼女よりももっと赤くなって、刀真は片手で自分の顔を押さえた。
「ずっとじゃなくていいの。半年の期限付きでどうかな。私は……あなたに釣り合う女性じゃないけれど、少なくてもあと半年は、白百合団の団長として、恥ずかしくない活動をしてるはず」
「ま、まって……」
刀真は手を差し出して瑠奈を止めて、顔をそむけた。
(待て待て、何故顔が赤くなる?)
自分の反応に、刀真は凄く戸惑っていた。
(何だこれ……とりあえず、落ち着け俺)
ドンと、自分の腹を打ち、刀真は自分を落ち着かせようとする。
(多分、告白されたことがないから、ビックリしたんだろうな……冷静になって考えて、キチンと返事をしないと)
「恋愛は人を成長させるものだから。パートナー達と付き合ってるわけじゃないのなら、互いの為に半年だけ……っ、半年だけ私と恋人……私だけの恋人になってくれませんか?」
瑠奈は刀真の反応を不思議に思いながらも、伝えたいことを口に出した。
(期間限定か、自分の夢を叶えるために、一度自分の気持ちを受け入れて恋人になる……その上で乗り越えようとしているのか?)
刀真は自分のよくわからない感情を封印し、瑠奈の言葉を冷静に分析していく。
(俺もパートナー達と付き合っている恋人だという線引きをした事がない……今の関係は必要だから契約をして、そのまま当たり前に一緒に居続けた結果だ)
付き合ってくれませんか? そう言われた直後の自分の反応を刀真は思い出す。
自分があんな反応をするとは、思わなかった。
(うん、成長の為に何かはあるだろう)
そう思って、刀真は瑠奈に顔を向けた。
瑠奈は不安そうに俯いて、自分自身の手を見ている。
「うん、じゃあ瑠奈、俺は君の恋人(もの)で君は俺の恋人だ(もの)だ」
直後、瑠奈は顔を上げて、刀真に目を向けた。
彼女が何かを語るより早く、刀真は瑠奈の手を引いて顔を近づける。
「ま、まままって!」
途端、瑠奈が自分の顔を手で覆う。
「わ、私ずっと女子校で、こういうの慣れてないから……す、少しずつ……お願いっ」
刀真はくすっと笑って。
真っ赤になって動揺している彼女を抱きしめて、唇を耳に近づける。
「俺は君の事をずっと好きなままでいられるよう、君にずっと好きでいてもらえるように努力しよう……瑠奈にもそうして欲しいな、いい?」
「嬉しい、です。でも、半年だけって言って、樹月さんのパートナー達に許してもらったから」
少し苦しそうに、瑠奈は続ける。
「変えられ、なくても。せめて半年だけは、普通の恋人のように互いの気持ちを尊重して、互いを一番――私のことを、一番に考えて欲しいの。他の人に強い想いを向けたり、好きだと言ったり、抱きしめたりしないでほしいの。私は、半年だけでいいから……っ」
「月夜達が、半年だけならいいって言ったの?」
腕を緩めて、刀真は瑠奈に問いかけた。
瑠奈は首を左右に振る。
「私が勝手に言っただけです。私、短大で百合園を卒業することに決めたの。その後は……地球に帰ります」
瑠奈は少し切なげに刀真に言った。
自分は中途半端だから。
地球の大学に編入して、地球の文化を学んで。
多少嗜みのある、お茶やお琴を教えられるようになって、それからパラミタにまた来るか――地球で、家庭を築くことを目指すか、決めたいと。
「ゼスタ……レイラン先生と百合子様が卒業された地球の大学に、まだミケーレ様が在籍しているそうなんです。そちらの大学に推薦してもらおうと思ってるの」
「ミケーレ……ミケーレ・ヴァイシャリーか……」
刀真は軽く眉を揺らした。
「それまでの間に、私は白百合団団長として、やらなければいけないことがあって。その相談のために、神楽崎先輩のお部屋――東シャンバラのロイヤルガードの宿舎へは頻繁に行ってるんです。泊めてもらったりもしてて。だから、樹月さんがこちらの宿舎を利用されるようになったら……っ、時々、夕飯のおかずとか持って行けるかも」
それから瑠奈はバッグの中から本を取り出した。
「これ、誕生日プレゼント」
瑠奈が刀真に差し出したのは『恋愛マニュアル』という少年向けの本だった。
本には可愛いうさぎの形をした栞が挟まっており、そのページを開くと。
『女の子の気持ち』について、書かれていた。
女の子達にとって、どんなことが浮気なのか。どんなことが裏切りなのか――。
その内容に、刀真は思わず苦笑する。
「自分のものであることを相手にだけ強要しない形で、お互いを尊重しあっていけたらいいな。……たとえば、樹月さんが、1人の時に、部屋に私以外の女性を入れないのなら、私も樹月さんに心配をかけるようなこと……男の人が1人でいる時に、お部屋にお邪魔したりはしません」
瑠奈は詳細は語らなかったが、彼女がとある相談をしている相手は、優子よりむしろ彼女のパートナーで白百合団のコーチでもあるゼスタ・レイランだった。彼は最近週に1度くらい、ロイヤルガードの宿舎の優子達に割り当てられた部屋に泊まっていっている。
優子は泊りで代王の護衛任務につくことが多く、話し合いは瑠奈とゼスタの2人で行うことも少なくはなかった。
「漆髪さん達が、百合園生になったら。私は白百合団の団長として、彼女達を全力で守ります。だから……」
「瑠奈のことは、俺が守るよ」
間髪入れず刀真がそう言うと、瑠奈は凄く嬉しそうな顔で目に涙を浮かべて、微笑んだ。
「半年間、今年いっぱいまでは、私の恋人でいてください」
「あくまで、期限付きなんだね。期間限定の恋人……」
でも恋人って――どういうことをしたら恋人っぽいのだろう?
「詳しいことはまた今度で、行こうか」
船が泊まり、客達が並んで下りていく。
刀真は右手を差し出して、先に歩き出す。
瑠奈は刀真について行きながら、その手に触れて、握りしめて。
「今年のクリスマスは、ずっと側にいてね……とうま、さん」
切実な声で、言った。
〜ハーフフェアリーの村にて〜
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