天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【4周年SP】初夏の一日

リアクション公開中!

【4周年SP】初夏の一日

リアクション


8.絆を

 7月の夜。
 ヴァイシャリー湖のイルミスール側の湖畔に、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と共に訪れていた。
「この辺りは自然も多いし、空気も澄んでるから……ほら、凄いだろ」
 空には、沢山の宝石が散りばめられていた。
「とおくの、とおくのお星さま。とってもキレイです」
「首が痛くなるからな、寝転んで観よう!」
「はい!」
 康之は持ってきたレジャーシートを広げて、アレナと共に横になる。
「……不思議な、感じですね。凄く遠くにあるはずなのに、光に触れそうな気がします」
「太陽もずっと遠くにあるけど、光に触れることは出来るよな。星の光も、僅かに届いてるかも? 感じ取れないだけで」
「はい」
 初夏の夜の風が、優しく草を揺らし、水の香りを運んでくる。
 沢山の自然に囲まれながら、美しい星々の光を、2人はのんびりと浴びていた。
「アレナの星座……射手座もあるかな? 探してみよう!」
 東シャンバラから見える星空は、パラミタの星空。
「あれかな!」
 地球の星々とは配置が少し違うけれど――サジタリウスは、確かに存在していた。
 康之が指差す方向に、目を向けて微笑むと、アレナはこくんと頷いた。
 彼女の手は、自然と康之の手に重ねられている。
 そうして、しばらく静かに2人は瞬く星空を見ていた。
 そらに、吸い込まれていくような……。
 広い宇宙の中を、2人きりで漂っているような不思議な感覚を受けていた。

「……アレナ、そのままでいいから聞いてくれ」
 突然の康之の真剣な声に、アレナは不思議そうな目を康之に向ける。
「俺は前に来た時、この夜空を見てる間、あの時――空京で昼飯を一緒に食べた時の事をずっと考えてた」
「は、い」
「俺が言った事はアレナを困らせて結局悲しませるだけじゃないかって。すげぇ考えて、星空に手伸ばしてそれでも届かなくて――」
 康之は空へと手を伸ばすが、星には届かないし、何も掴むことはできない。
「この空の遥か向こうにあるニルヴァーナも救うために動いた契約者なのに、たった一人の女の子に何もできないのかって考えて……ふと思ったんだ」
 星空に目を向けている康之と同じように、アレナも空へと視線を戻した。
「こうして届かない星より遠い場所にあるニルヴァーナにはたどり着けた。これって不思議だよな。なんでそんな事ができたんだろうって」
 康之がアレナの方に目を向けると、すぐに彼女も康之の方に顔を向ける。
「アレナはなんでだと思う?」
 分からない、というような顔をしているアレナに、強い目で微笑みかけて康之は続ける。
「俺は、絆の力じゃないかって思ってる。
 皆の絆が、そんな不思議な事を、不可能を可能にしたんだって。
 だから、俺も生きてる間アレナとの絆をもっと深めていくって決めたんだ」
「……」
「アレナが信じたい『不可能』を可能にするために」
「きず、な」
 アレナの小さな声に康之は強く頷く。
「今度は荒唐無稽なんかじゃねえ。実際、絆の力で今まで何度もパラミタの危機を救ってきた。その中には不可能だって言われてた事もあった。
 その絆の力が、女の子1人の不可能を覆せなくてどうする!」
 康之の声が静かな大地に響き渡る。
「でも、それは俺一人じゃ使えない。
 だから、アレナも信じて欲しい。俺達が築いてきて、そしてこれからも続く絆の力を!」
 康之はアレナの小さな手をぎゅっと握りしめた。
「そうしたら、不可能だって絶対覆せるから!」
 真剣な彼の言葉と。
 片手に確かに感じる、力強い温もり。
 息遣い、そしてまなざし。
 大好きで、こころが温かくなる、笑顔――。
 間近で、彼を感じて。
 アレナの顔に小さな笑みが浮かんでいく。
「康之さんとは、大きな、絆あると思うんです。これ以上どうやったら、絆、深められるんでしょうね……」
 決して悲観的な声でも顔でもなく。
 純粋にアレナはそう思った。
「康之さんとは、契約のつながりも、血のつながりも……ない、です」
 アレナは星空を見ながら、ゆっくりと語る。
「川原のパーティの時『幸せを共有できる子、できるかな?』って、康之さん言っていました」
 それは康之がカップル達をみて、ぽろりと零した言葉だ。
 アレナはその言葉を少し、気にしていた。
「優子さんにお相手が出来たら、私は嬉しいです。優子さんの子供、見て見たいとも思います。それはホントの気持ちです。
 優子さんに結婚相手が出来ても、私がパートナーであることは変わりませんから」
 優子が友人と共にいる時、アレナは嬉しそうに後ろからついて行くことを望む。
 康之もアレナのそんな優子への想いは、概ね知っている。アレナは優子に一番愛されたいわけではない。一番のパートナーになりたいのだろうということを。
「でも、康之さんに他に一番の人が出来たら――私は、嘘を言わなきゃならないと思うんです」
 だから、そんな日が来なければいいなと、アレナは思ってしまうのだ。康之の幸せを願うべきなのに。
「今は、先の事を考えすぎない方が、いいのかもしれません。こうして、お話できる大切な時間を、大事にしていくことが、絆を深めることに、つながるのでしょうか」
「……ああ。
 色々なところに出かけて、いろんなモノを見て、いろんなものを食って。一緒に楽しく過ごそう、アレナ!」
 康之の言葉に、アレナは「はい」と微笑んだ。
 そして。
「覆、せますように」
 ぎゅっと、康之の手を握り返してきた。