リアクション
第5章 ヴァイシャリーにて
イルマ・レスト(いるま・れすと)は、離宮に向った朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)がいたと思われる地点にきていた。
動いていなければ、彼女はこの遥か下にいると思われる。
連絡が途絶えたのは突然だった。
本部で確認したところ、パートナー通話が他の人物も不能になっているとのことだった。
唯一転送が出来るソフィアは離宮に向ったまま、戻ってきてはいないらしい。
とにかく、一刻も早く離宮との連絡を回復しなければならないとイルマはここに戻ってきたのだ。
「私の体調に変化がない以上、千歳が無事なのはわかりますが……やはり心配です」
パートナーの千歳だけではなく、通信の断絶が長くなると、寄せ集めの離宮調査隊は統制を失って自滅する危険もあるのではないかと、感じた。
高出力の通信機なら、離宮の通信機へ通信が送れるのではないかと考えて試してみたものの、離宮側の通信機と関連性を持たせていないことから、離宮側の通信機管理者が調整をしてくれない限り、届きはしない可能性が高い。とはいえ、それを伝えることが出来ない。
長時間試しては、周辺住民に多大な迷惑をかけることにもなる。
ただ、指向性発信機の電波はごく微弱ながら届いていた。
「……よかったですわ」
電波は途切れ途切れで何を伝えようとしているのかは残念ながら判らなかった。
だけれど、発信機を扱える状況にあるということが確認できた。
それはつまり、拘束されたり、眠らされたりしている可能性は低いということ。
そして千歳自身は交戦中でもないということだ。
イルマはその場で電話をかけて、状況を本部に伝えるのだった。
メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、ユビキタスで離宮の地図に関するデータをどこかで得られないか探していたが、アクセスできるのはせいぜい自分の所属学校のコンピューターだけであり、何の情報も得ることが出来なかった。
携帯電話の繋がらない場所にいる離宮の者達はパートナー間であっても、データ通信は出来ないし、地上のコンピュータにデータを転送することも出来ないのだから、蒼空学園のコンピューターにアクセスが出来たとしても、得ることは出来なかっただろう。
「離宮の探索に向かった人達は地上に残る私達を信頼して、危険を承知で離宮に向かいました」
そして、パートナーが向った建物に目を向ける。
「その信頼に応える為、私たちは此処に居ます。そう、私たちはまだ諦めてはいません」
百合園女学院の生徒達が避難の説明のために、家々を回っていることもあり、離宮の大体の場所は一般人の耳にも入りだしていた。
そんな中、レン・オズワルド(れん・おずわるど)とノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、地下水路の管轄を担当している施設を訪れて、寝る間も惜しんで地図や資料を調べていた。
「レンさん……」
普及不眠で作業をしているレンの姿に、無理はしないでと声をかけそうになるノアだが、そっと飲み物を差し出しただけで、それ以上何も言わずに作業を手伝っていく。
初めて彼が自分に『頼む』と頭を下げてくれた。
それほど、離宮にいる人々、関わっている人々を救いたいと思っていることがひしひしと伝わってきて。
ノアにはもう何も言えなかったのだ。
レンからの要請を受けて、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とキリカ・キリルク(きりか・きりるく)、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)の3人は地下水路を探索していた。
危険な場所でもあることから、深部の水路探索の許可は得られていないが、構わず3人は封鎖しているロープや鎖をくぐって、奥へと進んでいく。
「迷わないよう気をつけませんと」
キリカは銃型HCでマッピングを担当している。
携帯電話の電波が弱くなってきた場所で、ヴァルはユビキタスでイルミンスールのコンピューターを介してレンからの情報を得た後、彼に電話をかけておく。
新たな情報をメモしながら、余計な発言を一切しない彼にこう言っておく。
「レン、もう少しお前は素直に自分の心を語るべきだな。助けたいんだろう? ソフィアという女も」
返答は帰ってこなかった。
全く素直じゃない男だ。
「お前の行動は誤解を招くが、その行動の結果は間違っていないから厄介なんだよ」
ぷつりと電話が切れる。電波の届かない場所に入ったようだ。
返答は聞けなかったが、どうせろくな返事は返ってこないだろう。
「ネズミのようですね」
キリカは見かける小動物に適者生存を使ってみる。……特に変わった反応はない。
ヴァルには噂程度の知識しかないが、百合園女学院が離宮の調査と封印解除を行っている程度のことは知っている。
離宮の封印が解けてきているらしいので、離宮と言う隔絶された空間に綻びが生まれているはず、という推論に基づいて調査を行っていた。
「臭いっスね、とにかく臭いっス!」
イグゼーベンは超感覚で探りながら、そんな言葉を繰り返していた。
使われていないこの地下水路は酷く汚れており、鼻が曲がるほどの臭いが充満していた。
「うわ……開けるためには触らなきゃダメっスよね」
躊躇しながらも、水路内の閉じられた門をピッキングで開く。
錆びた門を開いて、更に奥へと3人は進む。
水路には小動物の他、住み着いているモンスターの類もおり、戦闘を行いながら進むが、3人とてそう長く篭っていることは出来なかった。
百合園女学院の地下付近で、封印の綻びによる離宮への侵入可能地点がないかと注意して調べてみるが、そのような場所は見当たらない。
本部と協力を申し出て、良い方法を見つけた方が良さそうだった。
〇 〇 〇
先日、白百合団員に拘束をされた
八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、そのままヴァイシャリー軍に引き渡されたのだが、長時間の尋問の末、証拠不十分ということで釈放されていた。
フレイムジャンパーとヴァイシャリー観光マップ、それから携帯電話だけを持ち、優子は街の中を回っている。
自分の部屋に人形等を配置し、ヴァイシャリー観光マップと対応させることで、居場所を暗号で伝えられるように工夫をしてある。
白百合団員への恨みつらみを呟きながら、看板に拳を叩き込み、荒れた様子で歩き回る。
不良に絡まれたり、喧嘩をしたり、職務質問も何度も受け、散々な状態だった。
何故か襲いかかってくる者もいた。体も傷だらけだ。
「どーしたの!」
明るい少女の声に、優子は振り向いた。
パシャ
次の瞬間、シャッター音が響く。
その娘――
羽入 勇(はにゅう・いさみ)が写真を撮ったのだった。
「勝手に取ってんじゃない!」
優子がバシッと勇の手をひっぱたく。
「酷い。明日の記事はヴァイシャリーを荒らすパラ実生で決定ね!」
「パラ実じゃない」
「きゃー怒った」
勇はぎゅっとカメラを抱きしめる。
「カメラはダメ、カメラは壊さないでっ。スクープがスクープがー」
拳を振り上げた優子を前に、勇はカメラ乞いをする。
「なんだスクープって? 面白い裏取引とかあるんなら、聞かせなよ」
「河原、河原がね、大変なの。近づけないから高台で撮ろうと思って」
「河原?」
「そう、捕まるまで近づかない方がいいよ!」
そういえば、やけに河原方面が騒がしい。
「それじゃ、ボクは撮影に行くね!」
勇はさっと優子から離れる。
「ヴァイシャリーの写真を沢山撮るんだ!」
そしてそう言うと、勇はパタパタと高台の方へと駆けていった。
優子は河原の方へ出てみることにする。
「そっちだ、そっちに行ったぞ!」
「キャーッ」
河原では、旅行客と思われる人々が逃げ惑っていた。
「何だ? 何だ? 何だ!?」
配送会社の依頼で荷物を運んできた帰り、船に乗ろうと河原を歩いていた
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はこんなところにはいるはずのないモノを見た。
突然の事態に少し驚く。
そこには、キメラがいたのだ。
1体――いや、河原に停泊中の中型船の中からまた1体姿を現す。
「いやあっ」
逃げようとした小さな女の子が転んでしまう。
ライオンのような顔を持つキメラが、少女に襲い掛かる。
「待てっ!」
瞬時に正悟はブライトグラディウスを手に駆けて、キメラが爪を少女に立てる寸前、キメラの喉に武器を突き刺した。
「ほら、お母さんと一緒に早く」
泣き叫んでいる少女を起こして、駆けてきた母親の元へと押す。
「急いで避難してください。通路を封鎖します! 討伐にご協力いただける方はお願いします!」
警備員が大声で叫んでいる。
「臨時で検問が行われてたの。調べている最中に船の中からキメラが飛び出してきて、人々を襲い始めたのよ」
綾刀を手に果敢にキメラに飛び掛かりながら
ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)が正悟にそう説明をする。
「ちょっと、洒落にならないよね」
ユーナのパートナー
シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)も、増えていくキメラの数に顔をしかめながらも、勇敢に人々の前に立ちふさがる。
「行くよ!」
「お願い」
シンシアがバニッシュを放ち、怯んだキメラにユーナが刀を叩き込み、首を裂いた。
「俺達だけじゃ、止められないぞ、この数……」
正悟は冷や汗を流しながらも、逃げ惑う人々を見ながら戦う術のある自分が逃げることは出来ないと、武器を構えてキメラに挑んでいく。
「俺達が引きつけるから逃げて!」
全て1撃では倒せない程の強さを持ったキメラだった。繰り出される攻撃に、正悟の体が傷ついていく。
「落ち着いて逃げて。翼を持っているキメラはいないから、建物の中に入れば大丈夫だよ」
シンシアは魔法を放って、そう人々に声をかける。
「街には入らせないっ!」
キメラの爪に肩を裂かれるも、両手で剣を突き刺してユーナはキメラを1体仕留める。
「応援を呼んで! 街にいる契約者を集めて!!」
ユーナが大声を上げた。
逃げる人々にも、キメラは容赦なく襲い掛かっていく――。
八ッ橋優子のパートナー
タロー・ボヘミヤン(たろー・ぼへみやん)は、ラズィーヤの下を訪れていた。
親代わりでもあったマリザも最近ラズィーヤの家に顔を出しているということで、安心も出来た。
「で、ちょ、お前は大丈夫なのかよ!?」
皆が集まる客室で優子からの報告を受けたタローは思わず大声を上げた。
電話は返答なくそのまま切れてしまう。
ノートに書き記して暗号を解読し、優子が何者かに何度か襲われたことや河原の状況をタローはラズィーヤに報告するのだった。