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第四師団 コンロン出兵篇(第1回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第1回)

リアクション

 
 
 ミカヅキジマに、内海を渡る艦隊より、連絡が入った。
 それを受ける司令官の香取中尉。
「わかったわ。ご苦労様」
 相手は、水原ゆかりのようだ。新星は、クレーメックとその直属の部下を除いた、青、皇甫、昴らがこの回でこちらへ向かってくる。青は、以降も往復して物資と兵を運ぶ。
「私の白玉兎が海岸から上陸の灯火信号を上げるから、それに従って」
 香取中尉のちらかった机の脇にちょこんと、座っている白 玉兎(はく・ぎょくと)。「翔子が山に芝刈り行くと罠に掛かった玉兎を見つけて、逃がしてやったら仲間になった」らしい。嘘臭いが翔子もそれを肯定している。多分嘘。らしい。
「では、コンロンの月の、いちばん暗い時刻に……」
 そう言って、香取は通信を切った。
「ふう」白玉兎の方を見て、「今まで働きがなかった分、しっかり働いてもらうわよ」
 机の反対側で、沙鈴は突っ伏して眠っている。本当に忙しいことだった。
「あーぁ」香取もあくび混じりでひとりごと。「今度は昴とかも来るし、少尉になって張り切ってるっていうし、また大変になりそうね」
 兵が、回廊を駆けてくる音。香取は、また仕事が増えそうな嫌な予感がした。
「え……龍騎士が、来た?」
 内地で、調査班が龍騎士に接触したとの報告があった。ひやっとしたが、またすぐに連絡があり、その場は事なきを得たらしく引き続き距離を置いて追跡してみるとのことだった。
 今度は龍騎士の方から、こちらへわざわざ出向いてくれたってこと。
 香取は思わず立ち上がっていたが、どさっと椅子にもたれ、すぐに冷静になった。
 さき、龍騎士がコンロンで活動していることを示す内地の情報が届いたときに、
『今はまだ戦うべき時ではないわ。戦うのは龍騎士の目的を見定めてからよ。
 もし龍騎士を見つけても、接触しても、
 それまでは息を潜めてじっとしていること、わかったわね』
 調査班にも、こちらへ向かってくる仲間、そしてクレセントベースの仲間たちにも、そう伝えておいた。
 早速その事態となるとは。しかし、これはこのコンロン出兵もやはり、衝突が避けられない運命へと傾いているのかもしれない。すでに。
 
 龍騎士。何が目的? 兵を率いているわけではないので、戦闘や、占領が目的ではない、と思われるが。交渉? でなければ、単なる偵察か。そもそも、教導団に気づいているのか。
 長猫一族とも相談するべきだ。香取は、王の間の奥へ進んでいった。交渉目的なら、平和的な会見の場を設けてもらおう。服属を求めたり、何らかの取り引きを持ちかけられたりすることがあれば、即答せずに会談を引き延ばしてほしいことを要求すればいい。そのやり方でいける。
 
  
「波紋、か」(※シナリオガイド部分を改稿し組み込んでいます。)
 静かに揺れる内海を見下ろし、急速度で南の方角へ飛んでいく飛龍の一群。
「何かが……」
「ハァァ! 龍騎士になって初の任務だ」
 龍……と言っても、その男が乗っているのは、ひ弱な小さい龍。同じ龍が、後ろに四騎。そして、もう一騎は彼らの上空を飛ぶ、
「フン。(貴様が龍騎士だと。賊あがりめが何とか小龍に跨って、振り落とされんよう必死にしてるだけだろう!)
 手柄を焦るな。まだ、真実は明らかになっておらぬのだ」
 巨きい。その翼は、夜空の闇に消え入ってどこ迄伸びているのかというくらい……そして美しい龍。しかし、乗り手の顔は、抑えきれない醜い感情に歪められたような表情。垣間見えただけで、すぐに仮面が付けられた。「間もなく見えるな。ミカヅキジマか」柄に手を置く。
「しかし、ラスタルテ殿。そこにいるのが、本当に教導団であれば……」賊風情の男はもう曲刀を抜いている。巨きな龍に乗る者はその抜いた剣を制し、
「フン。まあ実際そうだとして愉しみは後にしておいてもいいだろう。
 (しかし、教導団め。やつらもこの地へ、来たか……)」
 ラスタルテ。と呼ばれた龍騎士。
 帝国から、コンロン地方に遣わされた龍騎士団を束ねる者である。
 内地の部下から、教導団が来ている……との情報が入った。ラスタルテは駐屯していたシクニカから少数を率い、ミカヅキジマへ飛んだ。引き連れているのは、シクニカの賊の一味だが軍閥と裏でつながっている賊であり、頭は軍閥の長の弟だという。汚い軍閥であった。その分、取り引きはしやすかったが。働きもよかったが、増長し、飛龍がほしいなどとぬかしてきた。下等の飛龍をあてがったところ、そこそこに乗りこなし、戦力の足しにはなりそうなので連れてきたのだ。何かの実験には使えるだろう。
 ミカヅキジマの上空に来た。
「ラスタルテ殿。ミカヅキジマに着きましたぜ。ほら、三日月型をしてるや、この島。ハッハァァ!」
 賊あがりは、彼らだけでげらげらと笑い合っている。何が面白いのか。おめでたいやつらである。
 山と林ばかりで、建物らしきものも見えない。
 ミカヅキジマの住人という長猫一族は長く土から出てこずに、軍閥の中でも、コンロン山の一族同様、軍閥としての機能を失って久しいものと言われていた。八軍閥は、実質、軍としての最低限の機能を保持しているのはヒクーロ、クィクモ、ミロクシャ、シクニカ、ユーレミカ(ここは常に兵力があると聞くが謎に満ちている)、それにここ百年の間に現れたボーローキョーの六つ。軍閥を束ねる存在であった中央のミロクシャは夜盗勢力に乗っ取られようという風前の灯火。
 ここコンロンを我々帝国の属国化することなぞ……その内の幾つかの勢力を操れば造作もなかろう。ラスタルテはそう考えていた。ミカヅキジマなど接触する必要すらないとしていたのだが……だが、教導団が、来ている、だと。
「あっラスタルテ殿」
 賊の一人が地上を指差している。
「ハァァ! 見つけたぞぉ」
「いた! 軍服だ!」
「やつら、何してる。こんな辺鄙な山ばかりのとこで何をやろうってんだ。ハァァハァァ」
 島を旋回するうちに、また新たな報告が入った。
「部下の一隊(三騎)がボーローキョーの付近で全滅しただと? どういうことだ……骨の翼……?」
 ラスタルテは踵を返す。
「ここはいい。この様子じゃとるに足らない。事になれば一日で攻め滅ぼせよう。
 それより、さきの報告に気にかかることがあった。私は一旦、シクニカへ戻る」
「ハァァ! ラスタルテ殿。おいらたちは、この島をもうちょい隅から隅まで偵察しておきますぜ!」
「うむ……。隅から隅はいいが、空の上からで十分だ。地上には下りるな」
 ラスタルテはどうでもいいといった様子で返事も程ほどに、一騎で引き返していった。
「ハァァ! 了解しやしたぜぇぇ。ものども、隅から隅まで、見回るぜぇぇ」
「あっ、おいお頭。女だ!」
「はっ何。おいものども、下りてあの女を捕えろぉぉ」「ハァァ」「げへげへ、ヒャァァ!」
 
 
 上空に、旋回する五つの飛ぶ影。
「にゃぁ。ざうざりあす隊長」
「隊長なんて柄じゃないよ。どうした……はっ」
「こっちへ来ますにゃ」
 長猫を引き連れ、島を巡回していたザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)候補生。
 海岸に出ていたときであった。
 一つの巨きな影は去ったが、四つは、何度か旋回してみせた後、海岸に向かって降下してきた。げへげへと、汚い笑い声が響く。
 飛龍?
 にしては、小さい気もする。ワイバーンか何かの乗った、ただの賊なのか。しかし、さきの一体は……
 二騎は砂浜の砂を巻き上げ、一騎は静かに打ち寄せる波を砕いて、島に下り立った。一騎は、内海の浅瀬にずーんと突っ込んだ。
「ハァァいい着地!」「うはァァ。アイツ、死んだんじゃね」「いいよ、いいよ。死んだのおいらじゃねえし。おい、女ァ」
「はぁ?」
 ザウザリアスは、怖気ずく様子もなく、武器を取るでもなく、彼らの間にすらっと立ち、正面にいる一人を見据えて言った。
「何。あなたたちは」
「ハァァ!」「おい、こいつ意外といけるんじゃね」「おい、話しかけてたのはおいらだぞ、女ァ」
 後ろで、剣を抜いた音。「こっちを向け、女ァ。おいらが誰だかわかってんのかよぉ」
「龍騎士」
 ザウザリアスはそのままの格好で、答える。そう聞いた瞬間、後ろの男はニヤっと得意げな顔をしたのだがザウザリアスは見ていない。
「ではないわよね。あなたたちのその貧弱な龍。それに、どこの蛮族だかわからない奇声を上げて」
「ハァァ!」「おいおいおい」「だからこっちを向けぇぇ。女ァ」
 正面と、脇に見えている男二人も、剣を抜いた。
「頭、女の顔が拝みたいなら前に来ればどうよ」「うん、おれが思うになかなかそそるんじゃね?」「いや、いい。おいらはバックを頂く、覚悟はいいか。女ァ」
 じりじり、三人は同時にザウザリアスに間合いを詰めてくる。
「あなたたちは龍騎士ではないようだけど……さきの一体。あれは、違うでしょ」
 ザウザリアスはまだ武器を取る様子もなく、平然とした様子で問うた。
「あァん?!」
「あなたたち、龍騎士と関わりがあるわけ? それを聞かせてほしいわ」
「ハァァ! よくぞ聞いてくれたァァ。おいらたちなァァ、ハッハ、あの、えりゅしよん帝国のよぉ、龍騎士のよぉ、友達でよぉ、おいらたちも龍騎士にしてくれるってっからよぉ」
 ぎゃァァ!! はっ。ザウザリアスが予想外のことに振り向くと、男の目が見開かれ、見ると片目を槍が突き抜けていた。
 「やったにゃぁ!」長猫か。「おれのやりいちばんやりにゃ」
 取り囲まれたザウザリアスを心配しつつ、助ける機を窺っていた長猫の一匹が攻撃を仕かけたのだった。
 「なにおれだってまけないにゃぁ」長猫が、次々と槍を放る。
「ハァァ! か、頭ァァ」「頭、死んでんじゃね。しゃれになんねー」
 槍を受けた賊の頭は、砂浜にどさっと倒れてもう動かなかった。
「若い長猫。血気にはやったか。こうなれば」ザウザリアスも意を決した。
「ハァァねこ。死ねやァァ」「頭のかたき、うちどきじゃね」
 剣を振りかぶった格好で、一人の体がぴたりと止まる。「な、何ァァ?!」
 ザウザリアスのサイコキネシスだ。
「ハァァう、動けねァァ」
 そこを長猫の槍が一斉に貫く。残る一人は、ザウザリアスから距離を取って身軽に槍を交わした。「おれってなにげに生き残るんじゃね。おれって雑魚だと思われつつ、おれってぎゃぁぁ!」
「はっ。誰」
 林の中から、アサルトカービンを手にして出てきたのは、黒乃少尉だ。賊は、ばたりと倒れる。
「ど、どうして……」
 黒乃は周囲を見渡す。乗り手を失った飛龍がばたばたと羽をはばたかせている。長猫が賊にとどめを刺している。
「どうして、戦ってしまったの! 香取中尉はあれほど」
「少尉。いえ、しかしこれは」
 そのとき、ザウザリアスの後ろの海から、ざぶんと音がして何者かが出てきたかと思うや、彼女を羽交い絞めに捕えた。
「ハーハー! おら、まさか海に着地するとはよぉ。死んだかと思ったぜ、な、思ったろ、おまえも、いきなり着地と同時に一人死んだと、思ったろ」
「ウ、ウ、……」
 ザウザリアスはまったくの不意をつかれた。
 黒乃はすかさずカービンを向けたが、賊が首にナイフをあてる方が一瞬早かった。
 黒乃は、槍を構えた長猫らを制止する。
 賊の生き残りは、ザウザリアスを捕えたまま、飛龍の一匹にまたがった。
「あばよ。そんでよ、また来るからよ。覚えとけよ。
 龍騎士にもよ、言いつけてやっからよぉぉ」
 ブォォォン。賊は、ザウザリアスを連れ飛び去っていった。
「人質を取られた……しまった。彼女を傷つけてしまうかもしくは……殺してしまうことになっても……始末すべきだったかもしれない……!」
 
 
 件は、すぐに黒乃少尉から司令官の香取中尉に伝えられた。
 参謀の沙鈴は、すぐに情報を整理し、士官ら始め目撃者や責任者を集め、緊急の会議をとり開いた。長猫の証言もあって、手を出してきたのは相手であり、ザウザリアスは相手の挑発に乗ることなく話し合いを試みていたが、血気にはやった長猫が攻撃したため、思いがけず戦闘となってしまった、ということがわかった。ザウザリアスはこの件では咎められることはなかった。しかし……彼女がどこへ連れ去られたのか。また、相手がどう手を打ってくるか。香取、沙鈴ら司令部はまた頭を悩まされることとなった。
 この一件の後、さいわい動きはないまま、内海を渡ってきた往復一回目の艦隊を無事、白玉兎は灯火信号を送り、ミカヅキジマに迎え入れることができた。まだ港らしいものもできていないので、浅瀬に泊めて、ボートで迎えにいく。
 それでも、この上陸には念を押し、香取中尉の報告を受けた海軍を仕切るローザマリアは、ミカヅキジマに近づくと周辺海域を遊弋。月の最も暗くなる時刻、ひっそりと島に入った。
 各艦、物資、弾薬、兵員の陸揚げを行う。
 白玉兎は、地下への入口まで皆を案内したところでようやく沈黙を解いて一言、
「ミカヅキジマへようこそ、何もないところだけど、ゆっくりしていってね!」
 艦の乗組員ら、先行していた現地班、それに長猫たちも手伝って、皆で荷物を運んだり下ろしたりほどいたり。
「かわいいなぁ……ふわふわだー」
 曖浜少尉は来てよかったとばかり、長猫を見つめたり、でもつい背中をじーっと見てしまったり(長猫はゆる族なのか?(としたら長は中の人が何人かいる?))。「……りゅーき、ねこさんたちをじろじろ見ない!」マティエに叱られた。
 和めるひと時でもあった。とりあえずは、内海を来た皆は無事到着できて一安心ではあった。
 
 
 ……浅瀬に停泊している旗艦。ローザマリアの副官ジェンナーロは、シャチの姿になったルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)に、何かを言っている。
「すまないな、テレサ。一泳ぎ、してきてくれないか? 少し、遠泳になってしまうが……」
 ジェンナーロに耳打ちされたルクレツィアは、さーっと、内海を東へ向かい、泳ぎ去っていった……内海の東にあるものと言えば……?
 
 香取中尉は、各隊を出迎える。とりわけ新星の面々を見ると、喜びもわいてくる。
 水原ゆかりと、手を取り労い合う。
「だけど、これはまずい事態に発展するかもしれないわ。場合によってはね」
「龍騎士の情報があった時点で、こうして少しでも早くここに兵を持って来れたのはよかった。海軍とは一悶着あったけど、とにかく、間に合ったのでよかったわ」
「海軍と?」
「ええ。いえ、大したことではないのだけど」
「物資も届いたことだし、ここクレセントベースの完成を急ぎましょう」
 
 そのすぐ後には、修理を終えた教導団の大型艦もミカヅキジマに到着することになるのだが……ここで香取にとっては思わぬことが起こった。
「えっ。どういうこと? ちょ、ちょっと……」
 陸揚げを終えた海軍の旗艦は、島を西側から大きく迂回するように北上し、途中やってきた大型艦と合流。
 島の北端に来ると、針路を東に転じ、作戦計画を明かした。
「これより海軍の戦争を開始する――針路北東。目標、エリュシオン軍港!」
「ローザマリア。本当にこれでよかったのか?」
 大型艦、中型艦にの周囲には、小型飛空艇も飛んでおり、そこには霧島玖朔も乗り込んでいるわけだが。
「まあ、実戦の方もばっちりではあったけど」
 
 ローザマリアは、霧島にこう言ったのであった。
「ときに玖朔? 私の艦とあなたの小型飛空艇でエリュシオン軍港を殺れたら、なかなか痛快だと思わない?」と。