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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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第八章 桜下の再会6

 扶桑が持ち直したという噂は、東雲遊郭にも届いていた。
 それにより一時的でも、幾分活気づいたと言っていい。
 『久我内屋』店主久我内 椋(くがうち・りょう)は、『竜胆屋』に上がりこみ、楼主海蜘(うみぐも)相手に商売の算段をつけていた。
「思うに、遊郭や『両替商』はシャンバラからの客人相手に商いをすることが多い。幕府が金蔵の確保にやっきになり、儲けが強制的に搾取される前に、こちらから一部でも献上するのはどうでしょうか」
 椋は、「不安そうにしているマホロバの民を守ってこその幕府。自分は、マホロバの民の味方になることに決めたのだ」と、語った。
「でも、あんた。椋さんは、もともとはここの出じゃないでしょう?」と、海蜘。
「確かに俺も異国人だが、マホロバで真面目に商売をやりたいと思ってるんですよ。できれば、幕府御用達になれるよう、口添え願えませんか」
 海蜘はキセルから煙を吐き出す。
 この女将は生まれも育ちも郭の中で、この道一筋とあって手ごわい。
 なかなか首を縦に振らない。
 そのとき、「うちの旦那おじゃましてますかい」と、『久我内屋』の店員坂東 久万羅(ばんどう・くまら)が大きな荷物をしょってやってきた。
「おお、やっぱりここじゃ。頼まれた品仕入れたけんのう」
 そういって、高級帯や反物を広げる。
 まだ、見世が開く前のため、店頭で広げても海蜘も特に何も言わなかった。
 それどころか、注意深く品を見ている。
「いいじゃないか、それ」
「はあ、異国人でも、悪い奴らばかりじゃのうて。久我内の旦那もちぃと赤字になっても構わんから安く売る様にいわれとるんで、おまけして売る様にしてます」
「最近は異国人から金を巻き上げよう連中が多いのに、たいしたもんだねえ」
 海蜘は感心したように言った。
「外敵は商人の俺の出る幕ではない。でも、商人として出来る事は俺しかいないんです」
 妓楼の女将はしばらく考えていたが、手招きすると椋を奥座敷に連れて行った。
 年重はあるとはいえ、海蜘も元遊女である。
 場所が場所であるだけに、さすがに椋も何事かと緊張した。
「そんなにかしこまらなくたって。とって食いやしないよ。それよりもさ、あんたここで腰据えて商売やって行くんなら、教えといてやるよ。遊郭と……幕府のつながりをね」
「それはどういう……?」
「あんたさっき言っただろう。上納金。それはね、この東雲ができたときからある習慣なのさ。そして、それは必ず『黄金』でと決まっている」
「ほう」
「ただね、これは公じゃない。幕府の裏金というやつさ。勘定奉行もあずかり知らない金で、将軍家へ直接流れてるんじゃないかって話だ。こんな滅多なこと、外では言うんじゃないよ」
 そう釘をさしておいて、海蜘は袱紗(ふくさ)に包んだ金の大判を見せた、
「これ、うちの店の分さ。これを、あんたとネンゴロ遊女の桔梗に持たせてやるよ。前までは明仄にやらせてたんだけど、このところあの鼓おかしくてね。今夜、幕臣からの呼び出しがあるからね、ついでに、あんたも自分の店の分を持たせてやるといい。これで桔梗が気に入られれば、『久我内屋』も晴れて幕府御用達としてマホロバ城に登城できるだろうよ」
「いいんですか、こんな」
「その代わり、うちには安くしてくれよ。ついでにうちの見世で、たくさん遊んでくれるといいんだがねぇ」
 椋は半笑いのまま、その場を後にした。
 二階の桔梗こと在川 聡子(ありかわ・さとこ)に会いに行き、金の包を渡す。
「私……頑張ります。偉い方のお座敷に呼ばれ椋様の望む方にお会いすることが、私がここにいる理由でもありますから」
「そうか。じゃあ、期待してるよ。それにしても遊郭の楼主も幕府も食えないな。裏でどんなつながりがあるか、わからない」
 そう言って、椋は帰っていった。
 聡子は彼の背中を寂しげに見つめながら見送った。
 金の包をぎゅっと握りしめる。
「本当に……あなたは私を軽蔑なさらないでしょうか……椋様」

卍卍卍


 その後、聡子の頑張りのかいがあってか『久我内屋』は幕府御用達問屋として、マホロバ城へ出入りが許されるようになった。
 『久我内屋』の紋の入った櫃が、マホロバ門をくぐって行くのが見えた。