リアクション
▽ ▽ 指輪の祭器は、眠っているように沈黙を守り続けたが、まるでそれに導かれるように、テュールは記憶を取り戻した。 「そうだ……私は、世界樹の番人の一族だった。 それで、大地のことも色々興味があり、調べていたのだ」 帰らなくては。何かが自分を急き立てる。 「護らなくては……世界樹を」 地のアシラの能力を生かし、その地へ戻って、テュールは愕然とした。 世界樹は、深い森の中心に在ったはずなのに、それらは跡形もなくなり、荒野となっている。 荒野の真ん中に、世界樹だけが聳え立っているのだ。 しかも、その世界樹も、まるで立ち枯れかけているようだった。 更に追い討ちをかけるように、テュールは王の死を知った。 その存在感が、感じられない。記憶を取り戻した今、それが解る。 「……他の一族は、どうしたのです? 皆は?」 守護の一族は、自分だけではなかったはず。テュールは足元の地面に両手をあてた。 「教えてください。一体何があったんです」 この地に現れた、男の姿が脳裏に浮かんだ。 二刀流の、恐ろしい覇気を持った男。 片手に魔剣サイガを持った、タウロスだった。 サイガに洗脳されたわけではない。ただ、強い奴と戦いたい。 その結果世界が滅びるならば、滅びればいい。その程度の世界ということだ。 「二刀流を完成させた拙者を、止められるものなら止めてみろ」 そうして、タウロスとサイガは、世界樹の守護一族を滅ぼし、『王の寝所』に攻め込んで、王をも滅ぼしたのだった。 「……何ということを……」 テュールはがくりと座り込み、落ち着け、と呟く。 今この状態で、自分がすべきこと。しなければいけないことは。 ――荒野で、大規模な戦闘が始まっていた。 悪しき存在に染まった世界樹自身が呼び寄せるのか、魔のものが集まり、そして世界樹に群がってその力を奪おうとする。 地響きが始まり、地の下で世界樹の根が蠢いている。じきに地表を割って、外に飛び出して来るだろう。 「……護らなくては」 それが、自分の使命だ。 例え間に合わなくても、自分の命の、最後まで。 「大いなる世界樹の、今や何たるこの有様……!!」 芝居がかったその叫びに、テュールははっとした。その声に、聞き覚えがあった。 「しかし思い出した。思い出したぞぅ! 実はそれがし、地のアシラに聖なる鉄と火で鍛えられた、世界樹の守護剣!」 「ランクフェルト!?」 声の聞こえた方向に走り、テュールは叫んだ。 「おおう!? 力が込められた石と共に世界樹を離れたが、今御許に戻り、それがしを呼ぶ声が確かに聞こえる!」 「――ランクフェルト」 「お、おう? おおうおおう!!! 今、それがしは覚醒した! やはりあのククラの女について行かなかったことは間違いではなかった! 惜しいかなかの者ではそれがしを引き止める何かが決定的に足りなかった。 おっぱいとかおっぱいとかおっぱいとか。ではなく大義がッ!」 「……ランクフェルト」 「! 其処にいるのは、世界樹の守護者テュール! 無事で何より!」 テュールに気付いたランクフェルトは、両手を広げて再会を喜ぶ。 「と、喜んでばかりいる場合ではない。この事態を何とかせねばならぬ。 テュールよ、貴殿はそれがしの担い手たるに相応しい。 その優しさ、世界への愛のカタチを活かすため、それがしの身を委ねよう! ルビーを取り戻し、完成形となったそれがしを、世界樹を取り巻く邪気を祓うべく振るうのだ!」 「……はい」 残念ながら男だが。 最後にそう付け足して、ランクフェルトは剣化する。 ようやく静かになった剣を手に、ランクフェルトは、世界樹に群がる魔物に立ち向かった。 孤狐丸の要請に、ローエングリンは厳しい表情をした。 「……それが望みですか?」 根源宝石の力を使うこと。 ローエングリンは、自分の両手を見つめる。 世界を作る力。それは即ち、世界を滅ぼす力でもあった。 「ローエングリン……」 心配そうな瑞鶴に、彼女はにこっと笑いかけた。 「これが終わったら、ご飯おごりだよ、瑞鶴くん」 世界樹の袂に、神殿のような趣の社があった。 ランクフェルトを持ったテュール、ローエングリン、ワンヌーン、マユリ達が、中に立ち入る。 中央の祭壇に、石を納める場所があり、文字が刻まれていた。 「イロイッカイズツ……何の言葉だったかな?」 「此処に、宝石を嵌めこめばいいのか?」 瑞鶴が訊ねる。 「いえ、力を注ぎ込めば事足りるようです」 だが、やはり宝石が足りない。青の宝石を補うだけの力が。 「わたくしの翼は、宝石の力を封印している。それを解放する」 マユリが言った。 「宝石の? 何色のですか」 「無色だ。水晶の無色。わたくしが望んだ色となる。ただ……」 マユリはその後は言わず、持っていた毒薬を呷った。 ただ、その力を解放するのは、命と引き換えとなる。 後のことをワンヌーン達に託し、崩れ落ちながら、マユリは最後に、イスラフィールのことを思った。 きっと、どう足掻いても、この世界は滅びる。 イスラフィール、次の世界では巧くおやりなさい―― 他の、宝石の力を持つ者達も、祭壇に力を注ぎ込んだ。 祭壇から光があふれ出す。 しかし、その異様な膨張に、瑞鶴が眉をひそめた。 「何だこれ、変じゃねえか?」 「――駄目だよ、瑞鶴くん、暴走するっ……!」 ローエングリンの言葉に慌てる。 「何……っ、おい、どうすればいい!」 瑞鶴は、祭壇に掲げた魔剣に叫んだ。 やはり無理だったのか、と孤狐丸は思う。 世界に王がいない今、自分だけでは、この力を制御するのは不可能だったのか。 「そうか……僕は勘違いをしていた」 ワンヌーンが、はっと気付く。 根源宝石の組み合わせで、数多の色を生み出し、つまり数多の存在を生み出すことができる。そう思っていた。 だが、根源宝石が、根源の色、無色の白で、全ての色を塗りつぶし、すべてを無に戻してしまう。 一瞬、翠珠の顔が、脳裏に浮かんだ。 このままでは彼女が憂慮した通り、自分達が世界を滅ぼしてしまう。 「――その力、わたしが預かります」 本来であれば、それは王が操る世界樹の力。 けれど一時的であれば、命を賭ければ、自分にも。 決意を込めて社の中に入ったシュクラが、両手を膨張する光に向けた。 光の塊が、シュクラを覆う。 ワンヌーン達は、その力をシュクラに集中した。 「どうするんだ?」 「儀式を……行います」 シュクラは祭壇の上に立つ。 皆を助けたい。けれどもう、この世界の滅びは既に始まっている。 それならばせめて、この力で輪廻転生の儀式を。そう思った。 滅亡も復活も、わたしが目を覚ますまでのほんの一瞬の出来事なら、きっと怖くない。 寂しくないと思うから。 一層激しく光が弾け、やがて消えた時、そこにシュクラの姿は無かった。 ワンヌーンや孤狐丸達は、横たわって動かない。 「……どうなったんだ?」 瑞鶴は、ふらりとよろめいたローエングリンに、慌てて駆け寄った。 「……瑞鶴くん」 「おう」 「へへ、もう空っぽ……お腹、ぺこぺこ……」 くた、と、瑞鶴にもたれかかる。 瑞鶴は、黙ってローエングリンを抱きしめた。 ◇ ◇ ◇ がく、とレキアは両膝を地に付き、そのまま崩れるように倒れた。 「……俺は、護れたのか……?」 狂気の神と化したアマデウスと戦い、彼女を斬った。その手応えはあった。 だが、自分もまた力尽き、もう立つこともできない。 傷は深く、一度目を閉じれば、もはや開けることはできないだろう。 既に痛みすら感じなかった。 「ああ。俺達は勝った、レキア」 アストラが剣化を解き、彼の傍らに跪いた。そう言った彼もボロボロで、片腕は無い。 そんな状態で剣化を解くなど、無茶をして、と、レキアは苦笑した。 「……そうか。なら、俺の死も、無駄ではないな…………」 護れた。それなら、いい。 「――レキア」 動かなくなったレキアを見つめ、アストラは、その身体に顔を伏せた。 「レキア……」 生涯、ただ一人の主だった。 持ち手を得られず、自らの、魔剣としての存在理由を見失いそうになりながら、半ば狂戦士として戦場をさ迷い歩いていた。 「――なら、俺と共に行くか?」 差し伸べられた手を、どのような気持ちで取ったか、彼は知るまい。 全てを失って尚、絶望することをしないレキアと出会い、彼に求められ、彼の剣となった。 彼の危機には命を懸けても護ると誓った。 そして同時に、彼を護り続ける為に、自分も意地でも生き残る、と。 「すまないっ……」 「どうして…… 殺し殺され、奪い奪われ……それでも連綿と受け継がれてきた生命の全てが、無駄だったというのか……?」 自身と他者の血で、アザレアの服も翼も赤く染まっていた。 世界樹と共に去ろうとしたイスラフィールを、禁呪を用い、最後の力で討ち取った。 枝から落下した彼は、そのまま地割れの中に落ちて行く。 世界樹から広がる亀裂は、どんどん広がって行った。 やがて世界の全てを砕くだろう。 自分ももはや力を使い果たし、此処から逃れることもできない。 崩落する大地と共に、アザレアもまた、落ちて行った。 ◇ ◇ ◇ 狂ったように戦場を彷徨い歩いていたキアーラは、それを見つけ、我に返った。 地面に突き立つ、それは剣だった。 その剣の持ち主を、キアーラは知っていた。 エセルラキアの戦死は、この戦場においてではない。 誰かが形見として使い、その者もまた、ここに剣を残して行くことになったのだろうか。 「……エセル……」 がくりと座り込み、その剣の柄を両手で握り締め慟哭し、キアーラはようやく、エセルラキアの死を受け入れた。 「エセルラキア……あなたを愛していました……」 それはもはや、決して実らない想い。 エセルラキアのいない未来に希望などなかった。 引き抜いた剣の先を、キアーラは自分の胸に向ける。 そこには、エセルラキアから受け取った、金のペンダントが揺れていた。 「あなたの、後を追います。エセルラキア」 もしもできるなら、来世で再び出会えますことを。 そう祈り、キアーラの胸をエセルラキアの剣が貫いた。 ミルシェは、最後まで戦い続けた。 世界樹に群がる、魔物達。 スワルガとの決戦の為にこの戦場に来ていたが、本当の敵は彼等ではないのだと気がついた。 一人、世界樹を護って戦い続けていたテュールの傍に駆けつけ、共に戦う。 風の魔法で敵を吹き飛ばし、翼を広げて追いかけて、かかと落としで敵を叩き落すその勇姿を見て、この後世界樹の根元の社に向かう、テュールの手にある魔剣が、最後には彼女に使われたい、と思ったらしいが、その呟きは誰に聞かれることもなかった。 「滅びる……世界が……」 レウの目に、涙が浮かんだ。 もはや、出来ることは何もない。 友人達は死に、誰を救うこともできなかった。 ただ他者を傷つけることしかできなかった自分を悔やむ。 「もし、もしも……」 もしもやり直せるなら、同じ過ちはしたくない。 心に強く、レウはそう思った。 「……間に合わなかったか……」 世界樹を中心に砕ける大地を、レンは苦い思いで見つめた。 世界が滅びる。もはや、それを見届けることしかできない。 「せめて、共に行くか」 なあ、と、傍らのヴィシニアに呼びかけた。 息絶えて、その姿は元に戻っていた。レンはヴィシニアの手を握り締める。 足元に走った大地の亀裂が、大きく広がった。 大地が割れ、せり上がる。 崖と化したその上で、大地が砕けて行く様を、シュヤーマは見つめていた。 事の次第の全てを見届け、世界と共に滅びる。 けれど、きっと希望もあるのだ。 創世の希望。 それもまた、見届けた。 足元の地面が崩れて行く。 シュヤーマは逃げなかった。逃げ場など無いのだ。 滅びた先の世界で、きょうだいに再会することはあるだろうか。 そう思いながら、シュヤーマは目を閉じた。 △ △ |
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