リアクション
▽ ▽ いつ死ぬかも解らない身。 そんな生き物の本能として、子を成そうとすることは、自然の成り行きだとタウロスは思った。 子を成すことが出来るのなら、老若男女誰でも構わなかった。 腕を買われ、とある軍の施設を警備していた折だった。 手当たり次第誰でもいい、と考えていたタウロスのちょうどその前に、侵入者が現れたのは。 「んっ……!」 突然物陰に引きずり込まれて、ヤミーは驚いた。 押し倒されたと思った時には、衣服を剥ぎ取られていた。 「何をなさいますの!」 「今から、いい思いをさせてやる」 豊満な胸を掴まれて、ヤミーは顔をしかめる。 最も、拙者の性欲に太刀打ちできる奴はそうはいまい、と、タウロスは心の中で続けた。 「……拙者を満足させられるか?」 愛撫に喘ぎを漏らしながらも、ヤミーは挑戦的に笑った。 「……その言葉、そっくりお返しいたしますわ」 △ △ 「さてと、とりあえず、またあいつが来るようだから色々仕掛けておくか」 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は天井を見上げる。 荘厳な造りであるこの宮殿の礼拝堂は、天井が、イコンも入れそうな程高い。 天井にトラップを仕掛ける、というのは、無理ではないが、無意味そうだ。 侵入経路は、扉か窓だが、前回正面の扉から堂々と入ってきたのを見ると、今回も隠れたりしないのでは、と判断する。 そうして敵の視点を考えながら、ラルクは幾つかのインビジブルトラップを仕掛けた。 (やれやれ……最近は、例のあの変な記憶が脳裏をよぎりっぱなしだな……何なんだよ、この記憶は……) 「えーと……大丈夫?」 ラルクの溜め息を見て、相田 なぶら(あいだ・なぶら)がそう声をかけた。 ラルクは彼を見て、肩を竦めて苦笑する。 「ま、今はこんな記憶に振り回されてる場合じゃねえよな」 「リンネ達の体当たり攻撃が効いたということは、素手ゴロなら通じるってことかい?」 ふむ、と、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、イデアへの対処を考える。 「リンネだったら効くとかじゃねーよなまさか。 だとするとリンネを振り回して戦うことになるわけだが……」 という冗談は、自分に返って来そうな気がするのでやめておく。リンネは、あれで割と怪力だ。 「というか、イデアには攻撃が効かなかったんだよなぁ。 間合いは完璧だったし手応えもあった。 不意討ちできたと思うから、防御されたというよりは、つまり何か足りなかったんだよな」 七刀 切(しちとう・きり)が唸った。 多分、足りないものとは、『前世との同調』なのだろうと切は考えていた。 「……けど、できねえよなあ」 肩を竦める。 レキアの生き様を知っている。 死の淵に、全てに満足して逝ったことも知っている。 今更、レキアを呼び、頼ることは絶対にできない。 ふと、視線を感じて顔を上げると、イルダーナが切を見ていた。 笑みを浮かべている。切が首を傾げると、彼は呼ばれて視線を外した。 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、壁際に寄りかかり、じっと辺りを警戒しているイルダーナを見、彼に歩み寄った。 『書』は、イルダーナが小脇に抱えて持っている。 「お願いがあるのですが」 「何だ」 「『書』を見せていただけませんか」 イルダーナは、じろりとエメを見据えた。 「私は、ほぼ全ての前世の記憶を取り戻しています。 ですが、『同調』をする気はありません。 過去は過去、あの少女に自分を明け渡すつもりは全くないです」 前世が本当で現世が仮の姿、なんて本気で言うのはローティーンまでにして欲しいと思う。 前世はあると認める、だがそこまでだ。それ以上を許す気はない。 今の自分を認められずに前世に同調など、「今」から逃げているとしか思えなかった。 ……いや、もしかすると、逃げているのは、過去の罪からなのかもしれないが。 「この状態で、『書』が読めるのかどうかを、確認したいのです」 此処でなら、立会人も多くいる。 「そうか」 と答えるイルダーナの表情が和らいでいる。 前世に同調する気はない、ときっぱり言った時からだ。 イルダーナは、『書』を持ち直すと、その表紙に指で十字を描く。 そして、横に控える女性型ゴーレムに、その書を渡した。 「ブリジット、『書』を開け」 言われるまま、ブリジットは『書』を開いた。 エメはブリジットの前に立ち、その紙面を見る。 「俺には白紙にしか見えないが」 イルダーナが言った。 空白も多いが、かなりの部分に文章がある。だが、全く知らない文字で、読むことはできなかった。 「やっぱり、“自分に関わってる部分”だけが浮かび上がるのかな?」 横からルカルカ・ルー(るかるか・るー)も覗き込む。 やはり以前と同じように、文字は見えるが読めない。 「これって、ひょっとして前世に同調したら読めるんだよね……」 じっ、とルカルカは『書』を見て、あのね、と言った。 「思い出したんだけど。 ……この『書』、作ったの、実はルカだったり」 ▽ ▽ アーカーシャシステムには、欠陥とも盲点ともいうべき点ががあった。 世界を改変するには、相応のエネルギーを必要とする。 世界を丸ごと変えたければ、世界一つ分の力が必要なのだ。 「だが、このシステムを利用すれば、皆を救えることが、出来るかもしれない……」 例え世界が滅亡しても、全ての人を書として存続させる。 本物ではなくコピーデータからの再構築となっても、世界が在った証が残るならば。 そして、この方法であれば、あの悲しい娘を、救うことができるかもしれない。 「……アレサ。必ず助ける」 無事でいるだろうか。アレサリィーシュと、そしてずっと共に戦い、はぐれてしまったタスクは。 できれば無事に生き延びて欲しい。そう願った。 例え、滅亡が見えてしまったこの世界に在っても。 △ △ ドカン、と扉が吹き飛ばされた。 「その通り」 イデアが入って来る。トラップを仕掛けていたラルクが舌打ちした。 「二冊の『書』は、二つの大陸の歴史書。あの世界の全ての記憶だ」 イルダーナが、横目で礼拝堂の入り口を見る。 五人ほどの仲間を引き連れたイデアが、悠然と歩み入って来た。 「前の奴等とは違うな。ナラカの民か」 「そう。彼等では君等と戦えないので助っ人を呼んだ。 殺しはしないが、多少痛めつけることくらいはできないと、こちらもやりにくいからな」 イデアは笑う。 「こいつらが、パラミタを滅ぼす者達か? 何とも頼りなさそうな感じだが」 奈落人の一人が、胡散臭そうにエメ達を見渡した。 「で、殺していいのは誰だ」 イデアは、イルダーナを指差す。ふん、とイルダーナは鼻を鳴らした。 「丁度、『書』も彼が持っているようだ」 「ふっ、一石二鳥か!」 「させるか!」 ラルクが吼えた。 ラルクを見て、体格の良い一人の男が、にやりと笑って向かって来る。 ぽい、と武器を投げ捨てて、素手でラルクに殴りかかった。 縦笛の音が響く。 ぴく、とイデアはそれに反応し、苦笑した。 「懐かしい音だ」 かつて自分に呪いをかけたきっかけのその笛はだが、同じ効果をもたらさない。 「前世に還らなければ無理だと教えたはずだが?」 「生憎、その気はないんです」 駄目だったか、と思いながら、春太は言い返す。 「僕は僕のままで、シャクハツィエルに勝つんです!」 くくく、とイデアは笑った。 「それは殊勝なことだな」 「この連中、結構強いっ」 なぶらは、敵の大剣使いと切り結びながら、内心で舌を巻いた。 こちらの人数を大体把握した上で、向こうはこの人数で充分だと思って来たのだろうから、皆相当強くはあるのだろう。 他の三人は複数を相手取って魔法攻撃を繰り出し、内一人はイルダーナに向かおうとしている。 なぶらは目の前の敵の剣先を大きく払い退けると、イルダーナに向かう敵へ走った。 背後から切りかかるが、相手も既に気付いていて、振り返って剣を止められる。 敵の攻撃を凌ぎきり、ラルクはカウンターを狙って反撃した。 攻撃の直後が、一番隙が大きい。 「がら空きなんだよ!」 七曜拳によるラッシュで攻め込みながら、懐に入って掌底をぶち込む。 「――何がタウロスだよ……力の使い方を間違えやがってよ!」 ラルクは、苦々しく吐き捨てた。 もっと、別の使い道があっただろうが。 そう、本人に言ってやりたかった。 ▽ ▽ その時、人化をとっていたサイガは、突然斬りつけられていた。 肩口から叩き込まれた剣は、胸まで食い込んで止まっている。 斬りつけたキアーラは、剣から手をはなしてサイガの身体に残したまま、ぼんやりと歩み去った。 「サイガ!?」 ばたりと倒れたサイガに、タウロスが目を見開く。気配がなかった。 見れば、キアーラは感情が欠落したかのごとく無表情に、ただ狂ったように血を求めて、戦場をさ迷い歩いているだけだった。 その手がサイガを斬ったことを、果たして本人は解っているだろうか。 ちっ、とタウロスは幽鬼のようなキアーラは捨て置いて、倒れたサイガの様子を見る。 (ああ……意識が朦朧としてきやがる……。こりゃ駄目だな……) サイガは、どこか冷静に、自分の状態を分析していた。 (畜生……世界がぶっ壊れるまであと少しってところで…………。 本当に、あと……少し…………) この下らない世界が壊れる様を、一目だけでも見たかった。 △ △ |
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