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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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 パラミタの外周を回遊する白鯨には、思いの外早く到着した。
 飛空艇は少女の言う通り、何の障害も無く、白鯨の背に降り立つ。
 ループは、早速街に出てみたが、街は全くの無人だった。

 この街には今、フリッカ一人だけが住んでいるのだという。
 住人は一人もなく、街にはところどころ、破壊されたような跡があった。
「破壊跡はまだ、新しい気がするなあ。オリハルコン狙いの人がやったのかな?」
 栗はそう推測する。
「でも、その人達どこ行ったの?」
 ループが首を傾げた。
「オリハルコンは鯨の中にあるんだって。だから皆、鯨の中に行ったのかも」

 多くの者は、まず長たるフリッカと会うべく、彼女を捜した。
 しかし、街には何処にもいない。
「とすると、フリッカも鯨の中かいのう?」
 翔一朗が言う。
 連れ去られたのか、あるいは自ら降りて行ったのか。



 一方、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)達は、攫われた少女、フェイを捜索する。
 フェイはすぐに見付かった。
 街の外、呼雪達の飛空艇が降りた場所とは離れたところに、彼等が乗ってきたと思われる飛空艇があり、その付近に倒れていたのだ。
「生きてる?」
「ああ。意識を失ってるだけだ。だが、顔色が酷い」
 見れば、あざのある手のひらに大きな傷がついている。そこから大量に出血したらしい。
「多分、血族の血による魔法探知を行ったんだね。
 到着して用が済んだから、放って行った、というところか」
 殺されなかっただけ良かった。ラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)が言う。
 呼雪がフェイを回復する横で、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が仲間達に、テレパシーでフェイ発見を伝えた。

「誰だ?」
 声がして、呼雪は立ち上がる。
 見張りとして残っていたらしい二人の男が、飛空艇から降りて来た。
 呼雪は眉を顰め、素早く弓を引き、射る。
 矢は、彼等を通り抜けた。やはり、と思う。
「向こう側の者か」
 呼雪は、彼等を見据えたまま、声を低くして、ヘルに言った。
「例え俺が変わってしまっても……すべて受け止めてくれるか?」
「呼雪……」
 それが彼等に対抗する唯一の手段というなら、躊躇いは無い。
 呼雪にとって、前世を思い出すことは混乱を伴わない。
 失くしたものが戻ってくるような、懐かしい感じすらした。
 前世の自分と同調する為に、瞑想しようとした呼雪は。

「……何をやってんのかと思えば……」
 呆れたような、怒りを含んだようなその声は、トゥレンのものだった。
 彼も、飛空艇を見つけて来てみたらしい。
「止めないでもらいたいねえ」
 すかさず、ラファが間に割って入った。
「崩壊が近いこんな時に、まさか帝国の龍騎士がパラミタに悪影響を及ぼすものを放置しておけなんて言わないよねぇ。
 それとも、あちら側の存在でなくとも、彼等に対抗できる手立てはあるのかい?」
「そういう理屈をこねる奴は嫌い」
 くっ、とトゥレンは笑った。
「じゃあ、あんたは大事な奴を犠牲にして平和になった世界で、幸せに生きることはできんの?」
「呼雪を犠牲になんてさせないよ」
 ヘルがきっぱりと言い放つ。
「……何、そいつ、あんたの恋人?」
「そうだよ。何かおかしい?」
「別におかしくはないけど」
 トゥレンはくすくす笑った。
「俺だって、選帝神様とキスくらいしてるしね」
「えっ」
 一瞬、やり取りを忘れて目を丸くする。
「いや、ちょっと嫌がらせしようと思って。セクハラが一番効果的かなと」
 返り討ちにあった上に逆に押し倒されて、あの時は身の危険を感じたよ、とトゥレンは軽口を叩いた。
「あの人男もいけるんじゃないの」
 と、本人がいないことをいいことに言いたい放題言ってから、くるりと身を翻す。
「好きにしなよ。あんたがいれば、大丈夫なんじゃない」
 俺は見たくないから、とっとと退散するけどね。
 軽く手を振って、トゥレンは立ち去った。


▽ ▽


 翠珠はヤマプリーのディヴァーナだったが、かつては、密かにスワルガに恋人がいた。
 名は、ツェアライセン
 スワルガのマーラであり、同姓だったが、純朴な人柄に惹かれた。
 恋人が殺人狂だったと翠珠が知るのは、かなり経ってからのことだ。
「憑りつかれたみたい……。私がいなくても、平気なんでしょうね」
 人が変わったように、ツェアライセンは血を求め、残虐性も増して行った。
 優しすぎる翠珠は、笑いながら他人を傷つけるツェアライセンの姿に悲しみ、彼女の元を去ったのだった。
 その後、ツェアライセンは本格的に狂い、翠珠のことも忘れてしまう。
 そして、その後翠珠もまた、過酷な運命を歩くことになり、彼女の真実を翠珠が知ることも、二人の運命が再び交わることもなかったのだった。


△ △


 巨大な竪穴、噴気孔から降りた鯨の内部は、生き物の体内というよりは洞窟の中のようだった。
 天井も高く、広い。
 だが、クリストファーは、息苦しさに顔をしかめる。
「空気が重いな……」
 何だろう、この重圧は。
「これが、オリハルコンに近づけなくしているものか?」



 神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は、かねてからの前世に関わる際の頭痛があったので、尚更この重圧はきつかった。
 先に進めば進むほど、重圧が酷くなって行く。
「紫翠、大丈夫か?」
 パートナーのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が案じた。
「またですか……? 別人なんですが、思い出せということでしょうかね」
 紫翠は苦笑する。
 シェイドは、両手を紫翠の顔に添え、じっと顔色を見た。
「顔色が悪いな……後手に回ってるが、仕方がない。此処にいない方がいい。戻ろう」
 言って、はっと振り向いた。
 何者かが洞窟の向こうから現れた。
 向こうが身構えたので、シェイドも敵と察し、咄嗟に火術を撃ったが、それは全く通用しなかった。
 攻撃が弱かったのではない。全く効かなかったのだ。
 すると、横の紫翠の姿が、変わった。
 結っていた髪が解け、銀の髪が黒に変化する。
 微笑みながら、彼等に手を向けようとして、すぐに同調は切れ、紫翠は倒れた。
「おいっ、しっかりしろよ?」
 シェイドは倒れた紫翠を支える。
 敵は走って姿を隠した。
 シェイドは紫翠を抱き上げて、鯨の体内から外へと戻った。


▽ ▽


 翼を広げようとして激痛が走る。
 暫く動かすことはできなさそうだった。
「別の出口を探すしかないか」
 空を見上げて、エセルラキアは溜め息をひとつつく。
 深い崖の下、エセルラキアとキアーラは、戦闘中、地盤の崩落に巻き込まれて転落してしまったのだった。
 地面の下は空洞で、洞窟になっているようだ。
 この洞窟を上手く辿れば、地表に出られるだろう。
 エセルラキアは、ここは協力しあって脱出を優先しようと提案した。
「……それまで、一時休戦といかないか」
「仕方ありませんわね」
 飛んで逃げることもできたのに、エセルラキアはキアーラを助けようと庇って、共に巻き込まれたのだ。
 キアーラはふいっと顔を逸らしながらも、同意する。
「……怪我は大丈夫ですの?」
「ああ、心配ない」
 この時既に、エセルラキアにとって、キアーラは強く意識する存在となっていた。
 だが、決してそれを伝えることはない。

 共に出口を探して彷徨った時間は、やがて無常にも終わりを告げ、二人は地表に脱出した。
「……今回のことは、借りにしておく」
 エセルラキアは、いつも身につけていた、片羽根の意匠の金のペンダントをキアーラに渡す。
「一度だけ、この恩には報いる。これはその証だ」
 キアーラは、黙ってそのペンダントを受け取る。
 一瞬、じっと二人は見つめあい、同時に身を翻して、別れた。


△ △


 パートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)と共に鯨の内部へ潜入し、オリハルコンを狙う者達を発見して戦いを挑む。
 イデアを説得することは出来ないのだろうと、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は解っていた。いや、エセルラキアには。
 彼の目的の達成は、もはや彼の人生そのものですらある。
 それでも、この世界への不当な干渉を止めなくてはならない理由が、自分にはあった。
「翼が無いと動きづらいな」
 ただでさえ、ここでは身体が重いのに。呟きながら、剣を振るう。
 だがその手応えに違和感を感じた。
 不完全な同調で、敵にダメージを与えられていないのだ。
 ならぱ、と、その容姿が、一瞬変わる。
 敵を斬り捨てた後で、彼はがくりと膝を付いた。
 外見は、エースに戻った。しかし中身は?
「――大丈夫ですか?」
 案じるメシエに彼は、ああ、と呟いて頷いた。



「長はいませんね……」
 五千歳の魔女と聞いては、何だか放ってもおけない。
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、鯨の内部を捜したが、何処にも見当たらなかった。
「オリハルコンなど、何の目的で狙っているのか……」
「目的が何にせよ、イデア達の手に渡してはならない」
 同行していた杠 桐悟(ゆずりは・とうご)が言う。
「そうですね」
 それにしても、とザカコは思った。
「……前世とはいえ、死の間際を知るというのは、あまり気分の良いものではありませんね」
「……そうだな」
 桐悟もまた、それを知る。微かな溜め息を吐いて、頷く。
「でも、タスクさんは、自分を貫いて死んだ。彼の世界は終わったんです。
 その前世の世界を今更蒸し返そうだなんて……。
 タスクさんの旅を邪魔しない為にも、この事件は決着をつけなくてはなりませんね」
「ああ」
 前世に振り回された挙句、自分の意志さえも踏みにじるようにふざけた行動は、必ず終わらせなくては。
 桐悟もそう、強く思って頷いた。


▽ ▽


 イデアに協力して欲しい、と、最初に依頼する言葉は丁寧だった。
 だがシャウプトは、
「それは、私がすべきことではないな」
と断った。
 彼は少し困ったように、どうしても駄目ですか、と言った。
 その言葉に険があるのに気付いたが、もう一度、
「他人の言葉に左右されるほど軽々しい気持ちで任についてはいない」
と断った。
 彼は肩を竦めて、笑った。陰惨な笑みだった。
「――誰か殺されるくらいのことをされなきゃ、解らねえってやつかよ」
「……」
 シャウプトは、虚をつかれたように彼を見た。そして、眉をひそめる。
「……それが、お前の本質か、ナゴリュウ?」
「違います」
 ナゴリュウは、即座に否定する。
 シャウプトは剣を抜き払った。
「脅しには乗らない。誰も殺させない。
 護るべきものが在る者の覚悟。身を以って知るか? 例え同族でも、私は容赦なく喰らうぞ」
 くく、と、ナゴリュウは抑えられない笑みを零す。
「――いいねえ!」
 剣に手をかけたところで、イデアが入って来た。
「やれやれ。何をやってる」
 この男か、と、シャウプトは彼を見る。イデアもシャウプトを見た。
「彼が君のお勧めの人材か?」
「誠実で、実直な人です。依頼は必ずこなすと思います」
 ナゴリュウの言葉に頷いて、イデアはシャウプトに歩み寄る。
「欲しいものがある。祭器がひとつ」
「……貴様に指図される覚えはない。
 断られると解った上で試したなら、手足の一本は覚悟して貰おう。
 何、共に二本ずつあるだろう?」
 イデアは、シャウプトの威嚇に答えなかった。
 ただ指先を彼に向け、顔の前で円を描く。
 同時に唱えた呪文が、シャウプトに暗示をかけた。
「心配することはない。依頼達成後は、全て忘れる。
 何も知らない幸せな自分に戻るがいいよ」
 
 
△ △