リアクション
▽ ▽ 根源宝石を求めて奔走していた孤狐丸は、だが、ヤマプリー軍の幹部格の者がいると知り、どうしても我慢がならなかった。 軍の上層を担う者達を暗殺し続けるという目的を、捨てきれなかった。 暗殺自体は、失敗した。クシャナは寸前で気付き、応戦してきた。 灼熱の魔法を、孤狐丸はギリギリで躱す。クシャナは本調子ではない、と孤狐丸は見てとった。 「くっ……!」 クシャナは顔をしかめる。徐々に戻り始めていた魔力は、けれど全く本調子には程遠かった。 ジャグディナが死に、アーリエも軍を去った今、自分がここを支えなければ……! そう思ったクシャナの胸から、鮮血が溢れる。 「……かはっ!」 踏み留まろうとしたが、こみ上げてくる血を吐き出したところで、孤狐丸からの、とどめの一撃。 クシャナは倒れた。 死の間際、まだ、書き残したことがあったわ、と思いながら、目を閉じる。 生まれ変わりというものがもしもあるのなら――その時は、己の心に素直でありたい、と。 △ △ パートナーの赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、連絡もなく何処かへ行ってしまったのを心配して、方々を捜していた妻のクコ・赤嶺(くこ・あかみね)は、彼の姿を見つけて絶句した。 霜月は、彼の刀、狐月を杖にして、目を閉じて歩いている。 「霜月ってば何やってんのっ!?」 突っ込み代わりの飛び蹴りを、まともに喰らって霜月は地に沈む。 「何を……その声は、クコですか」 「目を開けなさいいいいいい!」 ゴリゴリとこめかみに拳を捻り込まれ、はっ、と霜月は目を開けた。 「私は今……」 「ほらほら、しっかりして。一体何がどうしたの」 ぺしぺしぺしべし、と、軽く往復ビンタをかましながら訊ねる。 「クコ……痛いです。いや、自分今ちょっと……すみません、混乱していました」 霜月から事情を聞いて、クコは溜め息をついた。 「そんなことになってたの。 仕方ないわね、私もついて行くわ。そのイデアって人を探し出すのね」 「ありがとう。……彼には訊きたいことがあるんです。 何故、彼方の過去から今までずっと、生き続けているのか……」 ▽ ▽ ほろほろと、身体が崩れて行く。 その一瞬、意識がフェスティードのものに戻った。 死闘の果て、傷つきながらも、それでも立つ、レウの悲しげな表情が目に映る。 その泣きそうな表情に、二人の『家族』を思い出した。 俺は今、滅ぼされたのだ。 フェスティードの中には、ある種の達成感があった。 そうだ、これでいい……。ただ心残りがあるとすれば―― (タテハ……髪飾りの一つでも、贈るべきだったか……) ひとつは、常に自分の側にあった少女。 そしてもうひとつは、常に自分のことを想っていた妹のことだ。 (すまないベル……俺は、いい兄ではなかった……) 己の真実を語ることはない。せめて、残される皆が幸福であるようにと祈った。 (せめ、て、世界に……光、あ、れ…………) △ △ 頭の中が、霞がかっているようだった。 世界は……どうした? 高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は、ぼんやりとそう、考える。 (“俺”は討たれたのか? なら、世界は平和に……) はっ、と、我に返る。 違う。それは僕じゃない、僕の記憶じゃない……! 「くっ……、これは、これは何だっ……?」 愕然としたところで、携帯電話の呼び出し音が鳴り、びく、と強張った。 電話の相手は、シャンバラにいるパートナーからだった。 最近姿が見えないのを心配されたらしい。 「なあにテッツァ? ぱぴちゃんは、エリュシオンのルーナサズにいるの」 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は、少なからず驚いたようだった。 まさかシャンバラを出ているとは思わなかったのだろう。 「え? ……だめ、来ないで。 何でじゃないのっ。ぱぴちゃん今メンドイことになってるから来ないでよぉ!」 電話を叩き切ったパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)の脳裏に、少女の声が響く。 『早ぐ、フェスティード様のところへ向がって欲しいだ……』 あんたは黙ってなさいよ! パピリオは、聞こえてくる声を振り払う。 「アタシは……ぱぴちゃんはアンタとは違うし、人のために何かするのなんかイヤなの……。 アタシはアタシの為に生きるんだから!」 同じ頃、ナナリー・プレアデス(ななりー・ぷれあです)もまた、携帯電話を手に取っていた。 最近、同じ夢ばかり見る。 そして夢の中の前世の自分がお兄さまと呼んでいた、彼のことが、どうしても忘れられないのだ。 あの、透き通った青い瞳の青年が。 そして、彼を思い出す度に、高峰雫澄のことを思い出すのである。 「……前世とか何とか、ネットで言ってたけど……もうこうなったら、直接雫澄に電話してみよう」 と、電話して、合流することになったのだ。 事情がよく解らないので、とりあえず彼について行くことにする。 「……ナナリーも、前世が……?」 そして、ナナリーとの通話を終えて電話を切った雫澄は、困惑していた。 誘いのままに合流することになったが、それでいいのだろうかという思いがある。 「……今の僕が、一緒にいて大丈夫なのか……?」 危険な目にあわせたくない。だが、今はまず。 「とにかく、イデアを探し出そう」 そうすれば、きっと事態はいい方向に動くはず。そう信じて、雫澄は目を閉じた。 ――目を閉じても、脳裏に浮かぶ光景は、見えなくはならなかった。 ▽ ▽ 「フェスティード様、泣がねで下せぇ」 身を委ねて閉じた目から、静かに涙が流れている。 フェスティードを抱きかかえ、タテハは、その頭をなでることしかできなかった。 「わだすがいます……ずっとお側にいますがら」 「……ああ」 目を閉じたまま、どことなく上の空に答えるフェスティードに、タテハの胸は締め付けられた。 気を許し、こうして身体を預けてくれている。けれど遠い。そんな気がする。 「……わだすにやや子が出来れば、フェスティード様と本当の『家族』になれるだになぁ……」 ぴく、とフェスティードが目を開け、驚いた目をタテハに向けた。 「あ、今のは世迷い言だす。忘れてくだせぇ……」 言葉尻が、掠れて消える。 タテハはきゅっと唇をかみ締めた後、意を決して、フェスティードの手を包むように握り締めた。 「……でも、フェスティード様が御慈悲を下さるなら、わだす、やや子を産んで育ててぇだ。 決すて、ご迷惑おがげしねえがら……」 「……タテハ」 フェスティードは、身を起こしながら、苦笑してタテハの言葉を遮った。 「誘う時は、そんな言葉じゃ駄目だ」 「……」 俯いたタテハの顎を取り、フェスティードは微笑む。 「一言でいいんだ、タテハ」 「フェスティ……」 けれどタテハがその言葉を言う前に、フェスティードはタテハの唇を塞いだ。 △ △ 「うーん、何だろうな、この、イライラというか、ざわざわというか……。 もっとこう、すぱっと思い出せたらいいんだけどな」 ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は、釈然としない思いを抱えつつも、ルーナサズの街をシルバーウルフの雪緒と吉兆の鷹の吉宗と共に、イデアの捜索と街の警備を兼ねた見回りを行っていた。 「前世の俺は、そんなに思い出されたくないことでもあったのかね?」 不意に、雪緒に緊張が走ったのが分かって、ヴァイスも気を引き締めて周囲を見渡し、彼に気付いた。 大胆にも、イデアは仲間と共に、ルーナサズの街の中に潜伏していた。 契約者達は捜索よりも『書』の防衛を重視して、襲撃に備えていると察した上でのふてぶてしさである。 ヴァイスは素早く超人猿の超さんに、仲間への伝達を頼む。 見失わないよう、注意を払って後をつけた。 『お兄さまを助けて』 優しい声が、そう訴える。 雫澄と目が合う度に、その声は聞こえた。 『優しい心を、もう誰にも傷つけさせないで』 とても優しい愛情なのに、胸が締め付けられるように痛い。 『お兄さま、愛しています……!』 やめて、とナナリーは耳を塞いだ。声は途絶えない。 自分が自分でなくなってしまいそうだ。 「イデア!!」 叫びに、イデアは振り向いた。雫澄は既に臨戦態勢に入っている。 「こんな街中でやり合う気か? 周囲に被害が及ぶぞ」 挑発も、雫澄の耳には入らない。 「見つけたぞ。 イデア、君は何を……なにを、知って……ナニ、を――」 世界は、どうなったのか。自分は討たれた。ならば争いはなくなったのか? イデアは何を知り、何をしようとしているのか。 「お前、何故あの頃のままの姿で……何をしようとしている! 答えろ……! 答えろッ!」 突如、雫澄の身体に帯びた青い波動が、長剣の形を成した。 可視のフラワシを、片翼のように身にまとってイデアに向かって行く雫澄の姿はまるで、かつての、前世の姿のようだった。 光の剣が、直前で槍の形に変わる。 一気に詰まった間合いに、イデアはだが、その攻撃を飛び退いて躱した。 「イデア。この男は殺せないのか?」 「ここは我慢してくれ」 仲間らしき男が訊ね、イデアは苦笑する。 「さて、ここで目立ちたくはない」 「うぁっ……!」 イデアの反撃の魔法に、雫澄の精神が混乱する。 今の、前世と混同して錯乱した雫澄には、最も効果的な一撃だった。 「待てっ! イデアァァァァァ!!!」 「ああもう、雫澄少し頭を冷やして。イデアイデア煩い」 「ああもう、黙っててよ、ニンゲン!」 ナナリーとパピリオが、同時に雫澄に雷術をかます。 「そこで黙って見てなさいよ」 二人は、気絶した雫澄を脇にどかした。 『……フェスティード様、わだすのこと、分かってらっしゃるかな……』 「アンタも黙ってなさいよ」 パピリオは、タテハの声を黙らせる。 『でも、わだすは、フェスティード様にこれ以上壊れで欲しくねぇだ!』 「うっさいわ! アンタの気持ちは分かってるわよ、痛いほど! でもね、身体は明け渡さない。アタシはアタシなの! アンタはそこで黙って指をくわえて見てなさい! 幻想が、しゃしゃり出て来るんじゃないわよ!」 ▽ ▽ 義兄フェスティードが軍人となったことで、セラフィベルは身が裂けるほど心配した。 「お兄さま、こんな長い間、お嫌いなはずの戦場に……」 帰ってこない兄を想い、セラフィベルは心を痛め続けた。 「戦うお兄さまのお心が傷つくのを慰められもせず、子供を作って屋敷に引き止めることもできないベルが、独り待ち続けることがどれだけ寂しく空しいか、きっとご存知ないのね……」 フェスティードが絡む時だけ、セラフィベルは人が変わる。 彼の全てを独占したかった。身も、心も、何もかも。それなのに―― 「酷いわ、ベルは、ベルはただ、お兄さまの傍にいられたら、それでよかったのに!」 戦場から帰って来ないフェスティードは、少女を奴隷につけたという。 胸がかきむしられる思いだった。 涙まじりの叫びと共に、制御できない強力な魔力が、壁に当たって弾ける。 ひいっ、と使用人達が怯えるが、そんなものは、セラフィベルには見えてはいなかった。 そして、決意する。 こんなところで箱入り娘など演じていられない。兄の元に行かなければ、と。 △ △ 身を翻すイデアの前に、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が立った。 「どうしても、あなたにひとつ、訊きたいことがあります」 彼女の前世、アレサリィーシュの悲劇の始まりは、イデアに捕らえられ、監禁されたことだった。 その動機を知ったとて、何も変わりはしない。 彼女が救われることはないし、自分も救われないだろう。 けれど、イデアに対し、前世に対し、彼女への思いに対し、決着をつける為には、知らなくてはならなかった。 報われず、救われなかった彼女の生を、せめて自分だけは肯定してあげなければ。 例えそれがただの思い上がりでも。それが、彼女ではなく、ただ自分への慰めなのだと気付いていても、それでも、見捨てられない。前に進む為には。 「知らないことは幸せだ」 イデアは肩を竦めた。 「君は不思議に思ったことはないか? 君の周囲の人間が、ことごとく闇に侵されて行くことに」 「……何ですって?」 「存在するだけで、周囲に闇の種を撒き散らす。 感染する、と表現すれば、解り易いか?」 ゆかりは目を見開いた。 「ナゴリュウが、闇の人格を生み出したように。 善意で君を助けた娘が、魔の存在と成り果てたように。 監視の者がことごとく君に無体を働き、君に近づいた者が、やがて君を殺したように」 「…………そんな……」 「君自身に罪はない。だから俺は、殺さず隔離した。 だが、いっそ殺してやった方が幸せだったか?」 ゆかりは、動けなかった。 身体が固まったのは、イデアの言葉に衝撃を受けたからではなかった。 「今すぐ楽にしてやりたいが、事が終わるまでは我慢してもらう。もう少し、待つんだな」 動けない。去って行くイデアを、無念の思いで、見送る。 「アレサリィーシュを踏みにじったのは、あなたです、イデア……!」 |
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