リアクション
▽ ▽ カーラネミは、滅多に人の姿を取ることがなく、イデアも最後までその姿を知ることはなかった。 東雲が憶えている限り、その姿を見せたのはタスクだけだった。 彼は、世界に関わることを成す。 そう感じ取ったカーラネミは、自らの姿を晒してまで、彼と共に脱出することを選んだのだ。 世界に関わることを成す。 そういえば、そう感じ取った人物がもう一人いた。 それはフェスティードだった。 カーラネミは、フェスティードが軍務に着く前に出会い、暫くの間、共に旅をしていた。 興味はあったが警戒心の方が強かった。 彼がいつか魔王と化す、その運命を感じ取ったのかもしれなかった。 名を知ったフェスティードは、彼女を「カーラ」と親しげに呼んだ。 ――やがて彼が軍人になることを切っ掛けに別れるまで、一度も人の姿を取ることなく、カーラネミが彼の呼びかけに答えることはなかったのだが、それでも、その愛称で呼ばれることに嫌な気はしないくらい、気を許すようにはなっていたのだ。 △ △ 「これは、一旦森を出た方がいいわね。 後手になるけど、四輪が使えるところまで行って、トラックで一気に追いついた方がいいと思うわ」 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が提案した。 同じくトオルを捜索する面々を荷台に乗せ、ニキータは一気にアクセルを踏む。 「さあ、皆しっかり掴まってよ!」 辛うじて通れるその悪路で、ニキータの右足は殆どアクセルペダルから離れることがなく、事故を起こさないのがむしろ不思議な程のその乱暴な運転に、荷台では小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)達がごろごろと転がって、あちこちにぶつかりまくった。 絶妙の運転テクニックを駆使しつつ、ニキータはふと、リネン・エルフト(りねん・えるふと)と接触した際に思い出された記憶を反芻する。 「前世は前世、今生は今生よねぇ。 終わってしまった世界のことより、今目の前のことを何とかしないとね!」 そう納得はしつつも、知らず浮かんだ柔らかな笑みは、かつてのマユリとは似ても似つかない今であるけれど、それでも多分、知る人が見れば。 「……マユリにも娘がいたら、あんな感じだったかしらねえ……」 マユリが嫁いだ相手は、夫というよりは祖父とでもいうような老人だったが、深い知性を湛えた瞳を持つ、好々爺だった。 若く美しい花嫁に対し、未熟な少女に手をつけるようなことは望まず、実の祖父のようにマユリを可愛がり、マユリの微笑みを愛した。 花のような美しい娘、と褒め、頭を撫でてくれたことを、ニキータは思い出していた。 彼女は確かに望まぬ結婚を強いられたが、やがて彼を心から愛し、尊敬し、その死に絶望したのだった。 彼の思いを継ぐ。 そしてそう誓ったことを、ニキータは、思い出していた。 ▽ ▽ マユリの屋敷の花園は、生徒達にも解放されている。 ある日その片隅に、幼い少女が蹲っているのを、マユリは見つけた。 「あら、誰かしら?」 マユリは微笑み、ドレスが汚れるのも気にせず、隣に腰を下ろす。 「アーリエの娘、イスラフィールね。何故泣いているの?」 イスラフィールは俯いて答えなかった。 アーリエのことは知っている。軍の上層に名を馳せる女帝として、また別の意味でも有名だ。 多感な年頃の子供には難しい環境かもしれない、と、マユリはイスラフィールの頬を拭った。 「……かあさまは好き」 か細い声で、少女は呟く。 「でも、時々怖い」 それは決して、自分に向けられた恐怖ではなかったのだけれど。 「わたくしの部屋へいらっしゃい。 美味しいお菓子をいただいたのだけど、食べきれないの」 マユリはイスラフィールを誘う。 「次からは、此処ではなくて、わたくしのところにおいでなさい」 それから時折、イスラフィールはマユリの私室を訪れるようになった。 お茶会や勉強会などをして穏やかな時間を過ごし、やがて正式にマユリの学校の生徒になる。 成長したイスラフィールは、母の趣味だった女装をやめ、今も着れば似合うだろう中性的な容姿ながらも女性ではなかったことをマユリが知るのは、その時のことだった。 △ △ ニキータが道を誤らないよう、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は、確実にトオル達の痕跡を辿るルートを選んだ。 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、テレパシーで連絡を繋ぐ。 けれど、セレンフィリティにとってはもう、トオルの捜索はどうでもよくなりつつあった。 どうでもいいほど、前世の記憶に侵食されていたのだ。 前世の記憶は毒のようにセレンフィリティを蝕み、蝕まれた精神は、狂気となって蓄積して行く。 「こんなふざけた状況に追いやってくれて……。 元凶の奴、もはや生かしてなんておけないわ」 そんな考えが、前世のミフォリーザと同じ考え方であることも、セレンフィリティには判断がつかない。 イデアを殺したところでどうなるわけでもない。 冷静な理性が、片隅でそう判断するのに、もはや彼女は、狂った論理でしか動くことはできなかった。 ▽ ▽ ある日ジャグディナに呼び出されたアーリエは、苦い表情をする彼女から、衝撃の事実を聞いた。 「わたしがクーデターを画策? 何それ」 「そう上申した者がいる」 それが濡れ衣であることを、ジャグディナは知っている。 クーデターを画策しているのは、他ならぬ自分だからだ。 だが、事実を淡々と彼女は伝えた。 「貴様がスワルガと接触を図っているという報告も出ている。実子を取引の道具に使ってな。 軍は貴様の追放を決定した」 「何……だって……?」 実子を取引材料に使っている。 アーリエは、表情を険しくして、拳を握り締めた。 「誰。その上申とやらをした奴。キミ、知ってるんでしょ」 ジャグディナは、ふっと肩を竦めて、それには答えなかった。 「貴様は既に軍属ではない。その問いに答えることはできない。 これより、所轄の地で貴様の姿を見つければ処刑される。速やかに立ち去ることだ」 △ △ 一方、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)も、一人ジャタの森をさまよっていた。 勿論はたから見れば完全に迷子の子供だが、テラーはテラーなりに頑張っていた。 見つけて、助けるのだ。テラーにだって、それくらいの力はある。そう信じている。 「ふう、もう、見つけたよ、テラー! 何処行ってたの!」 突然藪の中から現れた魔女、ドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)が、がば、とテラーを抱きしめた。 ようやく、テラーの外出に気付いたのだ。 「え? 何前世? 誰が拉致されたって?」 ふうん、とテラー語を確実に理解するドロテーアが、その説明に首を傾げる。 「……うんまあいっか。 テラーの頼みだし、そのトオルってのを捜せばいいんだね」 基本的にテラー以外に興味の無いドロテーアは、テラーの説明の内容もどうでもよかったが、テラーに頼まれれば断ることはなく、トオルの捜索に協力することになる。適当ではあったが。 手を繋ぎ、歩く。ぎゅ、とテラーがその力を強めた。 「どしたの?」 「ぎぁれぎぅれぎぉれ」 何でもない、とテラーはぶんぶん首を横に振った。 ▽ ▽ ただひとつ、ガエルには悔やみきれない記憶がある。 弱き者の為の武器。弱きものを虐げ、殺める者の敵対者。弱き者を喰らい、蝕む者の捕食者。 それが、ガエルの信念だった。 けれど、続く争いの中で、ガエルは過って、殺すべきでない者を殺してしまったのだ。 武器を持たない、か弱いアシラだった。 倒れた少女は、小さく誰かの名を呟いた。 不意に雨が降ったが、それもすぐに止み、水のアシラは息絶えた。 己を許せない、その気持ちがあるからこそ、ガエルはツェアライセンの行為を許せず、あの殺人鬼を殺めたのだ。 かつての自分に見せる為、見返す為に。 △ △ 「見えたっ!」 荷台から運転席の屋根にしがみつく美羽が、身を乗り出しながら、前方に見える人影に向かって叫ぶ。 「ニキータ先生、轢かないでねっ!」 「誰が先生よ」 苦笑しながら、ニキータは、更にアクセルを踏みつつ、ハンドルを切る。 東雲が、後ろに下がりながら、二体の小型屍龍を前方に押し出した。 美羽は急旋回するトラックの荷台から飛び降りながら、屍龍を風術で吹き飛ばす。 「邪魔だよっ!!」 問答は無駄だと解っている。ならば腕ずくしかない。 美羽は浮かぶ屍龍を、上空へのバーストダッシュで追いかけ、かかと落としを炸裂して地面に叩き落した。 「トオルを、返して!」 睨みつける先で、スイムルグが、追手の対処を東雲とデナワの二人に任せて、先に行く。 美羽達を阻むように、デナワが、鋼鉄兵の軍勢を召喚した。 |
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