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【一 過去世界へのダイブ】

 蒼空学園校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)が自ら捜索救援隊の面々を案内して、B303号棟三階の日本史資料電脳閲覧室まで足を運んだ。
 十数名という結構な人数であったが、全員が電脳過去世界にダイブする為のログイン枠は、特別に用意してあるとのことであった。
 日本史資料電脳閲覧室に入ったところの受付ロビーで全員分の強制ログアウトキー付与手続きを終えた山葉校長が、捜索救援隊としてログインする者達の顔を、ひとりひとり、順に眺めてゆく。
「まぁ、なんだ……本来なら俺も行くべきなんだが」
 申し訳無さそうに頭を掻く山葉校長に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が小さく肩を竦めてその言葉を遮る。
「しょうがないでしょ。眼鏡君はここのトップ。下手なことして、ミイラ取りがミイラになったんじゃ目も当てられないよ。それよりもこういう場面でこそ私に任せてよ。生徒会副会長が、生徒達の危機を放ってはおけないないんだから」
「いや、まぁ、確かにそうなんだが」
 それでもまだ割り切れない様子の山葉校長に、今度は神条 和麻(しんじょう・かずま)が明るい表情で胸を張った。
「大丈夫だって。俺達で十分さ。絶対、皆を連れ戻してきてやるよ」
「その通りですのねぇ〜。校長さんはぁ、ここでどっしり構えて皆の帰還を待っててくれたら、それで良いんですのよぉ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が和麻に続いて請け合う。単に山葉校長に心配をかけまいとする心遣いというよりも、本当に自信に満ち溢れているのが、その言葉の端々からよく分かる。
 何も知らずに電脳過去世界にダイブしてトラブルに巻き込まれるのと、事情を理解した上で、且つ強制ログアウトキーをも付与された状態でダイブするのとでは、気分的にまるで異なる。増してや彼らは百戦錬磨(といってはいい過ぎかも知れないが)のコントラクター達だ。
 使命を帯びての突撃であれば、自信と誇りを持って行動する。そういう人種であった。
 だからこそ、山葉校長も彼ら捜索救援隊に全てを託そうと考えた訳だが、中には思惑外の人物も、その中に含まれていた。これは正直なところ、山葉校長にとっても予想外である。
 その人物は即ち、火村 加夜(ひむら・かや)であった。
「しかし、まさかおめぇにまでダイブしてもらうことになるってのは、ちょっとな……」
「ふふっ……涼司くん、心配してくれてるの?」
 悪戯っぽく笑う加夜に、山葉校長は渋い表情で小さく頷く。
「そりゃそうさ。でもまぁ、おめぇだって立派なコントラクターのひとりなんだよな……心配は心配だが、信頼はしてるぜ」
「ありがとう、涼司くん。きっと、皆さんを連れ戻してみせますからね」
 そういって加夜は、精一杯胸を張って、凛とした瞳で静かに微笑んでみせた。

 日本史資料電脳閲覧室は、それ自体が図書館並みの結構な広さを持つ室となっているのだが、更にその一角には歴史体験コーナーのブースがずらりと並んでいる。
 このブースは個人単位で使用する形となっており、一畳ほどの仕切られた空間内で、リクライニングソファーと閲覧用ターミナルでひとつの組み合わせとなっている。
 利用者は、蒼空生なら学生IDがそのままログインIDとして使用出来、外部利用者の場合は受付で外来用IDを一時的に発行して貰えれば、すぐにでも利用可能となる。
 使用方法は簡単で、ブース内でソファーに腰を下ろしてリラックスした状態のまま、閲覧用ターミナルにIDを入力する。そして脳波リーダーと呼ばれるアイマスク一体型の帽子を被り、そのままソファに寝そべれば、ものの数秒で深い眠りに落ちる。
 これが、ログイン状態である。この眠りに落ちた時点で利用者の意識は電脳過去世界内へと導入され、過去の歴史をバーチャルに体感することが出来るのである。
 そして今回、ログアウトせずにダイブした状態が続いているのは、
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)
 榊 孝明(さかき・たかあき)
 益田 椿(ますだ・つばき)
 椎名 真(しいな・まこと)
 綾女 みのり(あやめ・みのり)
 八日市 あうら(ようかいち・あうら)
 ノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)
 榧守 志保(かやもり・しほ)
 骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)
 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)
 柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
 加能 シズル(かのう・しずる)、そして料理研究部『鉄人組』の副長三沢 美晴(みさわ みはる)の、計二十名という大所帯であった。

「何度か使ったことあるけど、これで眠る時って、妙に気持ち良いんだよなぁ」
 ブースのひとつで、ソファーに体を預けたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が脳波リーダーを手に取って、半ば苦笑混じりにいう。
 すると、隣のブースからは草薙 武尊(くさなぎ・たける)が妙な表情を作り、小首を傾げて手にした脳波リーダーのアイマスク部分を右親指の腹でかるくさすっていた。
「そうであるか? 我は逆に、これの『堕ちる』瞬間は逆に気持ち悪くて叶わぬ。一気に堕ちていくあの感覚がどうにも慣れぬ」
 真っ二つに分かれた両者の感想だったが、どうやら、他の面々も、このふたりのいずれかと同じような感想を抱いているらしく、そのいずれもが、どちらかの言葉に納得したような様子で頷いている。
 だがとにかくも今は、この脳波リーダーを駆使して電脳過去世界にダイブしなければならないのだ。
 つべこべいっている暇は無い。
「あのう、ところで」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が手を挙げて山葉校長の注意を引いた。
「ダイブする時代と場所は、もう分かってるの?」
「ん? あぁ、それならもう何人かには説明済みだが、もう一度いっておく。開発元のマーヴェラス・デベロップメント社の派遣技術員からの報告によるとだな、大正2年の大阪、新世界ってところらしい」
「嘘、新世界って……めっさホームグラウンドやがな」
 山葉校長の回答に、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が面食らった様子で、思わず素っ頓狂な声を上げた。
 その隣で、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が苦笑しながらやれやれと小さく肩を竦めているのが、何とも対照的であった。
 一方、もう少し早い段階でダイブ先の情報を仕入れていた東雲 レン(しののめ・れん)は、準備万端であるといって良い。レンは和麻の為に、大正2年当時の新世界について相当に調べ抜いており、少なくとも地形に関してはほぼ完璧に暗記してしまっていたのである。
 目立たない対策かも知れないが、いざという時にはこういう準備こそが威力を発揮するものである。
「大正2年かぁ……分かってはいたけど、こうして改めて聞くと、何だか妙に新鮮な気がするね」
「それはそうかも知れませんが、私はどちらかといえば、不安の方が大きいですね」
 ピンクレンズマン月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)の自信に満ちた笑顔とは逆に、ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)のどこか憂鬱そうな表情は、今後の彼ら・彼女達の苦労をどこか暗示しているかのようにも思われた。
 だが、もっと違う方向で、全く別の意味で他の捜索救援隊を妙な不安に陥らせている者が居る。南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)である。
 彼はどういう訳か、ブースに入る前から何度も妙な音程で発声練習を繰り返していた。
「あー、あー、あー。あめんぼ赤いなあいうえお。おーし、絶好調じゃ〜ん」
「……本当にそんな調子で、正弦波の波形とやらを調整出来るのか? いや、まぁ、それがしにはよく分からん話ではあるが」
 隣のブースでは、巨大な錦鯉、ではなくて白と紅のコントラストが対照的なドラゴニュートのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、妙な表情でぶつぶつと呟いている。鯉っぽいから妙な表情に見えるのか、本当に変な顔をしているのかどうかは、余人の知るところではなかったりするのだが。

     * * *

 俗に大正時代、と呼ばれる。
 明治45年7月30日。
 明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)が践祚した為、改元の詔書が公布された。これが即日施行され、同日は大正元年7月30日となった。
 大正天皇の在位期間は、大正元年から大正15年12月25日までの15年間。近・現代日本の年号の中では最も短い。
 現在から見ると、大正デモクラシーに基づいた安定期として見られる傾向にあるようだが、今回ログアウト出来なくなった者達が足を踏み入れた大正2年の頃は、まだ明治の延長という気風が色濃く残っていたといって良い。
 明治維新直後からの数十年は富国強兵、殖産興業といったキーワードにも見られるように、官民一体となって日本全体が『西欧に追いつけ追い越せ』のエネルギーで沸き返っていた。
 その一方で大正年間は、日本に於ける太平洋戦争前の文化・思想的な転換期でもあり、明治年間のような爆発的なエネルギーは影を潜めたものの、依然として国民の熱気は陽炎の如く日本全土を熱く揺らめかせていた。
 これから捜索救援隊の面々が向かおうとしているのは、まさに、そんな時代である。