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リアクション
地上戦・6
戦いが始まる前から東シャンバラの不利は濃厚で、それでも、諦めるの選択は無い。
勝ち目が薄い戦いだからこそ、大事なものは、護らなくてはならないのだ。
崩城亜璃珠は、若葉分校の伝手を使って、有志を集めた。
まだ共に戦う者はいるのだと、神楽崎優子に伝えたい。
「そういう事態たぁ、ほっとけねえな。
てめえの女はてめえで護るのが、イケメンの鉄則ってやつだ!」
優子はオレの女だと広言して憚らない吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)に、
「その辺はどうでも構いませんけど、しっかり優子さんを護ってくださいませ」
と亜璃珠は言い放つ。
パートナーの悪魔、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)には、別の注意をしておいた。
「誰が相手でも容赦しないで。
……ロザリィヌがきっとまた来ると思いますわ。充分注意して」
「解りました」
攻撃は自分に任せ、亜璃珠は優子の護衛に徹するようだ。そう察してマリカは頷いた。
(あれが、神楽崎優子……)
竜司のパートナー、強化人間の上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)は、初めて優子を見て思った。
表情には微塵にも出さないが、竜司が慕う相手のことが、ずっと気になっていたのだ。
「イコンへの対応はお任せくださいませ。
御姉様の為、優子団長の為に、日々鍛えた力、思う存分披露させていただきますわ」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、パートナーの魔鎧、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)を装備している。
恐らく、この戦いは負けるのだろう。
小夜子もエンデも、そう察している。
だが、エンデは魔鎧として小夜子と共に有ることが重要で、他は関係ないと思ったし、小夜子は亜璃珠の呼びかけには迷い無く応じた。
死ぬ気は微塵もない。
亜璃珠の役に立ちたかったし、ずっと、一緒にいたかったからだ。
そして、優子や亜璃珠達と共に、最終防衛線の護りについていた小夜子は、ふと、深呼吸をひとつする。
「……さて、やりますか……」
西イコンを確認した。あれは、自分の標的だ。
彼女が、普通のイコンであれば、それに匹敵するほどの力を持っていることを、亜璃珠も優子も理解している。
「行ってまいりますわ。また後ほど」
言い残して、小夜子は走り出した。
「罠やトラップは、無いみたいだな」
西シャンバラのロイヤルガード、橘 カオル(たちばな・かおる)は、ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)と手分けして、小型飛空艇で地表スレスレを飛びながら、周囲を警戒しつつ突入した。
味方の突入の為にと、解除の備えをしつつ注意していた、罠の類はなかった。
イコンと人間、西と東が入り乱れる戦場で、流石にそれはないというわけか。
確かに、下手をすれば自軍の首を締めることになりかねない。
カオルの操縦する飛空艇に相乗りして、パートナーのマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)がラスターボウで敵の霍乱を含めた威嚇攻撃をする。
「そこまでよ!」
パートナーの魔女、リン・リーファ(りん・りーふぁ)と共に、あらかじめギャザリングヘクスで魔力を強化させていた関谷 未憂(せきや・みゆう)が立ちはだかった。
「近づくと火傷しちゃうから、気をつけてね!」
「うわっとっ!」
リンのファイアーストームに阻まれ、カオルは慌てて小型飛空艇の方向を転換させた。
未憂は、イルミンスール学生だが、今回は亜璃珠の要請に応え、若葉分校生徒として、東のメンバーに加わっていた。
神楽崎優子には恩がある。それを返したかったのだ。
「――皆は、先に進んで!」
後続の速やかなる侵入の為に、高度を上げた小型飛空艇から派手に攻撃をぶちかましながら突撃していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、残弾を惜しまないミサイルポッドの雨に撃墜されて、飛空艇を飛び降りた。
人に当てちゃ駄目だよ! と静香が悲鳴を上げたことなど知る由もなく、ルカルカは尚宮殿に向かって走りながら、叫ぶ。
「化け物だろうが龍騎士だろうが、かかってきなさい! ルカルカが相手したげるわ!」
旧シャンバラ宮殿突入への最後の壁。
ルカルカが突撃した前に現れたのは悲しいかな、アンデッドでもエリュシオン勢でもなく、同じ地球人である神楽崎優子だった。
「生憎、ここの護りには、化け物も龍騎士もいない」
「……じゃ、優子を倒せば、終わりだね」
ジャッ、とルカルカは2本のグリントフンガムンガを同時に抜き払う。
二人で一人たりしと、彼女の死角を補うように、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も隣りに立った。
「優子さん」
「横の男を頼む」
優子は亜璃珠に言うと、自らルカルカに攻め込んだ。
「くっ!」
流石、東シャンバラをラズィーヤと共に支えているのは、伊達ではない。
激しく切り結ぶ剣の攻防が続く。
「――でも、負けないっ!!」
ルカルカは吠えた。
ルカルカの後ろから、パートナーの剣の花嫁、麻上 翼(まがみ・つばさ)の運転する軍用バイクに乗り、援護射撃で続いていた月島 悠(つきしま・ゆう)が、彼女の言葉を受けて、止まらずに先に進む。
「待てやぁ! てめえの相手は、このオレよ!」
竜司が止めようとした。
「どうします」
「このまま進みます」
悠の指示に頷いて、
「援護します」
と翼は片手でハンドルを握りながら、片手でラスターハンドガンを握る。
(銃撃)
と、蓮子は心の中で呟いた。
実弾に、フォースフィールドは役に立たない。
ならば、と、サイコキネシスで敵の武器を攻撃しようと試みる。
それは、悠の銃撃の狙いを逸らすことに成功したが、同時に二人は相手取れなかった。
翼のラスターハンドガンの攻撃が命中し、竜司はどうっと倒れた。
「リン! 逃がさないで!」
関谷未憂がバニッシュを放って竜司を援護しようとしたが、間に合わなかった。
そのまま走り去る悠を止めようとしたが、そこへ、ソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)の運転するバイクが横から割り込む。
「おっと、相手はオレがしますよ」
と、後方援護の為に遅れていたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が、サイドカーから立ち上がった。
「次から次へと!」
「チームワークと言って欲しいですね」
ぎり、と歯噛みする未憂に、ルースは肩を竦める。
たった一人でいい。その一人が突破口を開く為に、全員が協力するのだ。
ギンッと鈍い音が響いた。
刃物が噛み合わずに奏でた、不協和音。
優子の表情が歪んだ。
ビリ、と腕に痛みが走る。
骨折したか、筋を切ったか、優子は剣を取り落とす。
「優子さん!」
叫んだ亜璃珠が、対峙していたダリルの前から身を翻して、優子の前に飛び出す。
持っていたナイフを振り下ろそうとしていたルカルカは、それを亜璃珠の眼前に突き付けるに留めた。
「ルカルカの勝ちよ」
「……そうだな。私の負けだ」
潔く認めた優子に、ルカルカはにこりと笑う。
2本のナイフを収めると、ダリルと共に、先に行った仲間達を追った。
「……優子さん」
亜璃珠が、優子の剣を拾い上げる。
「とんだ醜態だな」
優子は、右腕を押さえながら、目を伏せた。
「いいえ」
亜璃珠は首を横に振る。
優子はずっと一人で獅子奮迅の働きをしてきたのだ。イコンとすら、戦っていた。
疲労していて当然だった。
不意に、亜璃珠と優子の前に、パートナーのマリカが出る。
顔を向けてみてはっとした。
ふらふらと、というよりはむしろとぼとぼと、ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が歩み寄って来たのだった。
ここに来るまでの戦いで負傷したらしい、パートナーのゆる族、シュブシュブ・ニグニグ(しゅぶしゅぶ・にぐにぐ)も彼女に続いている。
「……優子さんは今、戦えませんわ。
相手なら、私がします」
そう言った亜理珠に、
「……もう、そんな気は失せましたわ」
とロザリィヌは答える。
体を張ってでも優子を止めるべく、ここまで来たのだ。
だが当の優子は、西シャンバラの女に負けて、負傷までして。
「……どうして! あなたがそうやって頑張りすぎるから!
他の子もそれについて来てしまって!
こんな、ぼろぼろになって、どうして……!」
優子が嫌いなのではない。
裏切り者とされても、例え百合園女学院を放校されても、何を引き換えにしても、解放してあげたかった。
優子が今の地位を追われれば、優子も、姉妹とも思っている百合園の生徒達も救えると信じたのに。
「……敗者が語れることなど、何もない」
優子は自嘲したように笑う。
「どうして?」
亜璃珠が眉を顰めた。
「ロザリィヌ。
どうしてあなたは、優子さん達のことを、何も理解できませんでしたの?」
自分達は、優子に操られたのではない。
自らここに集い、自らここにいるのだ。
ロザリィヌは、言葉もなく立ち竦んだ。
ラズィーヤと静香、そして神楽崎優子という防衛線を突破してしまえば、実のところ、そこから宮殿までの防衛は、紙のようなものだった。
最終的に、真っ先にシャンバラ宮殿へ到達したのは、月島悠らの援護を受けた、ナナ・マキャフリーとパートナーの音羽 逢(おとわ・あい)だった。
ルカルカに優子の相手を任せ、悠と共に先に進んだ後、護衛に徹する逢と共に、一点集中で突き進んだのだ。
旧シャンバラ宮殿は一言で言えば縦に立体的で、地上から入れる扉から、上空からしか入れない扉まで様々だったが、一ヶ所が突破できれば、残りも突破できる。
もう、宮殿突入は成ったも同然だった。
東シャンバラの勢いが、みるみる落ちて行く。
ダリルが携帯を手に取り、金鋭峰に作戦成功の報を入れた。
「梅琳、あとは頼んだ」
橘カオルは、宮殿内部に突入するべく走り出す李梅琳を見送った。
一度振り返る梅琳に笑いかける。
「オレはここで待ってるぜ」
幸運を祈る。
吉報を待つ。
終わったら、一緒に帰ろう。
一言の中に込めた全ては、通じただろうか。
梅林は小さく頷いて身を翻した。
「ご苦労だった」
連絡を受けた鋭峰は、そう労って携帯を切った。
「突破したか」
羅英照の言葉に、軽く溜め息を吐く。
「苦戦したな」
予想外の苦戦を強いられた。
何とか宮殿に突入は果たせたものの、制空権は取れず、対空支援を行うことも出来なかった。
「突入は遅れたが、ここから巻き返せばいい。まだ取り戻せる。オレも宮殿内に向かう」
鋭峰は、英照の言葉に頷いた。
終わった。
イコンの操縦席から、静香は宮殿を見つめる。
ラズィーヤさん、と、呟くような声で呼んだ。
「皆、精一杯、頑張ったよね」
「……そうですわね」
ふっと目を伏せて、ラズィーヤは答える。
ぎゅっと唇を噛んで、目を閉じて、開いて、静香はイコンの操縦桿に飛び付いた。
ラズィーヤから、操縦の主導権を奪い取る。
「百合園の校長として、宣言します!
百合園女学園は、たった今から、西シャンバラに帰属します!」
言い放ち、上空へ向けて、ニンジンキャノンを発射する。
静香の、初めての攻撃は、エリュシオンの龍騎士に命中し、撃墜させた。
「校長……!」
周囲の百合園生達が目を見張る。
驚いて、そして、誰もが、その決定に安堵した。
やってしまってから、静香が、恐る恐るラズィーヤを伺う。
「言ってしまったものは、もう仕方がありませんわ」
と、ラズィーヤはあっさり苦笑した。
パラ実の人達にも、この声が届いて、そして、同意してくれますように。
静香は願った。