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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●カナンの民との交流(01):Follow You, Follow Me

 これまでとは少し時間は前後するが、本節からはカナンの民との交流について述べよう。
 その交流の姿は、各施設によって様々だった。

 西カナンの病院は、シャンバラに見られるそれと比べると、随分見劣りのするものだった。空京大医学部付属病院からすれば、一つの専門棟にも足りない程度の建築物が、総合病院としてあらゆる患者を扱っているという。しかもこれはまだ建築途中なのだ。
 しかし規模が小さくとも、ここで学ばんとするカナン住民の熱意は空京大学に決して劣らなかった。最先端設備と比べれば稚拙なものであろうと、ここは民の希望を具現化した場所なのだ。
 現在、その一室では、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が医学の講義を行っていた。カナンの医療レベルはかなり低い。まだ呪術や祈祷との分化が不完全なところすらあった。しかしカナンの人々の、学びたいという意志も強固なものがあった。(「時間はたくさんありますがなるべく早めに基礎を教えたいですね……」)そのほうがいい、そのほうが、より多くの人を救えるだろうから。
「えへ、私も勉強不足でー……すみませんー……」と、申し訳なさそうにしている参加者は高峰 結和(たかみね・ゆうわ)だ。戦場、闘技場、その他様々な場所で治療行為を担ってきた彼だが、実は魔法を使うのみであり、医学について体系的な知識はなかった。今回、これをよい機会として、パートナーのエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)ともども、しっかりと学んでカナンの人々のために役立てたいと彼は思っていた。無論、講師たる涼介に否やはなかった。
 懇切丁寧に指導する涼介を、影ながらクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が助けていた。(「みんな、おにいちゃんの授業で疲れてるだろうなぁ。おにいちゃんの教え方は丁寧だけど少し厳しかったりするんだよね……」)と、気を回したクレアは、休憩ごとに茶を入れたり茶菓子を配ったりして人々の疲れを癒すのだった。
 まだこの頃には、アエーシュマを含む神官軍が民衆を襲っている報は伝わっていなかったものの、神官軍との散発的な交戦により、傷ついた人々や兵士が引きもきらず運び込まれていた。
「はい、折れた腕を見せてみて。ううん、接ぎ木は当てたままでいいよ。そーっとね……」
 ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)も治療担当者を志願し、超がつくほどの長時間労働をものともせず人々の診察に努めた。
「ミシェル、疲れてないか?」影月 銀(かげつき・しろがね)が心配そうにミシェルの様子をうかがった。彼女は連日、ほとんど休みもせず働きづめなのだ。
 しかしミシェルは気丈に応えた。
「大丈夫。今、病院をちゃんと機能させるために皆頑張ってるんだから、私も自分にできることを精一杯やりたいんだよ。いずれ病院は正式に機能するだろうけど、それまで病院に居る患者さん達を放っておくわけにはいかないよ。できるだけの治療はしなくっちゃ」
「そうか……よし、及ばずながら俺も精一杯手伝おう」銀に医療の知識はない。暗殺と偵察には長けた銀なのだが、治療となると専門外だ。しかしミシェルがこれだけ頑張っているのだ、銀とて、最大限の協力はしてやりたい。銀は道具の運搬や、消毒等の簡単な作業を請け負って彼女を手伝った。
 病院そのものが、猫の手も借りたいような忙しさであった。建築中ということもあってほとんど野戦病院だ。入院させたくともベッドが足りない。一時的に寝かせておくだけとしても、その場所を確保するだけで一苦労だった。
「忙しいですけど、少しでも役に立てれば良いですねえ……」という神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、山南 桂(やまなみ・けい)とともに担架を運んでいた。「さあ、下ろしますよ」と言って、足を砕かれた兵士を乗せた担架をそっと置く。「応急手当は終わっています。兵隊さん、あとは診察が回ってくるまで寝ていて下さいね。無理は禁物ですよ」
 傷兵に笑顔を見せつつ、翡翠は額を拭いながらその場を去った。
「無理は禁物、というのは、そっくりそのまま主殿に進呈したいお言葉ですね」桂が彼に追いついて告げた。「朝から働きづめでもうくたくたでしょう。あちらに、おにぎりとスープの軽食を用意しましたから少し休憩して下さい」
「大丈夫ですよ」平気です、と微笑する翡翠だが、確かにその顔色は紙のように白かった。
「何をおっしゃいます。無理なさらずに、無茶しやすいんですから、また倒れますよ」
「自分なんか、本当にお手伝いで、倒れるわけには、行きませんよ」と聞き流そうとしたものの、翡翠はバランスを失って数歩よろめいた。
「だからあれほど、言ったのに……」桂は翡翠の性格をよく知っている。他人に優しく、自分に厳しすぎるのだ。「少し休んで下さい。そんな調子だと足手まといです」ここは無理にでも休ませなければなるまい、と、手を引っ張って奥の食堂に連れていって座らせたのである。
「……わかりました」不承不承、といった体で翡翠は軽食を手にしたが、ようやくこれで生き返ったように桂の目には映った。
(「やれやれ、手のかかる……」)とは思えど、やはり桂は、そんな翡翠に揺るぎなき敬意を感じるのだった。(「主殿、あなたの頑張る姿はきっと、多くの人に勇気を与えていますよ……」)やはり空腹だったらしく小動物のように、ぱくぱくと食事する翡翠の姿を見て桂は思った。(「もちろん、俺にも、ね……」)
 人手不足を解消すべく、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は応急手当について、簡単だが有用な知識を伝えながら人々に指導を行っていた。実際に手当を行いつつの実地講習だ。また、薬品や用具の運搬で、冬月 学人(ふゆつき・がくと)は彼女のバックアップに努めるのだった。
(「カナンは現在、そこかしこで争いが起こっている。万が一の事態に陥ったときのために、カナンの皆さんが犠牲にならないよう、生存確率を少しでも上げられたら良いんだけど」)この技術が人々の助けとなることこそ、ジェライザ・ローズの願いであった。
 入院しているのは、単に病気や怪我を負った人々だけではない。無論きっかけはそれであるとしても、肉親を失ったりして精神的なケアを必要とする患者も多かった。上條 優夏(かみじょう・ゆうか)はそういった、デリケートな対象患者に対して心を開かせるボランティア活動を任されていた。
(「こういうのって、意外性があるものが喜ばれるかもしれん」)と考え抜いたすえ、主として子どもたちを対象に、優夏が選んだ治療法がテーブルトークRPGだった。
「TRPGって言うてな、要はなりきりゲームの一種や、毎回いろんな話作って遊ぶから簡単には飽きへんで」
 優夏は、中庭にテーブルを設置して子どもたちを座らせていた。紙やサイコロを配って反応を見る。フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)も協力し、「最初は戸惑うかもしれないけど、一緒に楽しんでしまえばいいのよ」とアドバイスした。
 ティーンエイジャー中心の子どもたちは、これから何が行われるのか、不安と期待に満ちた面持ちをしている。
「じゃ、最初なんでマスターは俺がやってみせるな。おっと、それより先にルールの説明から入ろか……」
 さてこのゲームの行方がどうなるか、それは優夏の技量次第といえよう。