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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●カナンの民との交流(04):Promise of Clover

 約束の森でも交流が行われていた。
 がりがり、がりがりがり、と、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)がかき氷機を回している。このかき氷機、業務用の大きなものは用意できなかったので、使っているのは家庭用のハンディタイプだ。力強くエマが削るこの氷は、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が作り出したものだった。
「夜魅も魔法が上達しましたね」とエマが夜魅の頭を撫でると、「えへへ、そう?」と彼女は気恥ずかしげな笑みを返した。
「氷を食べるという文化は、カナンの地にはないのですね。随分、注目されているようです」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が言った。いつの間にか、かき氷機を用いる三人の周囲に人だかりができていた。皆、大層物珍しそうな顔をして、氷が削れていく様に注目している。そこに、
「あー、遊んだ遊んだ。みんな、ジュジュおねーちゃんとはもう友達だねー!」
 ずらずらと子どもを引き連れて、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)が戻ってきた。子どもと遊ぶのが大の得意の授受なのだ。砂まみれになるのにも構わず、カナンの子どもたちとうんと遊んで交流を深めてきたという。彼女の後ろからは、上はローティーンくらい、下はよちよち歩きの子どもがぞろぞろと付いてくる。
「ふふ、子どもたちが元気なのは、やっぱりいいですわ」やんわりと微笑してエマは手を振った。「お疲れさま、ですわ。楽しかったですか? そろそろ一息入れませんか?」
 それを見ているだけで嬉しくなって、夜魅も明るく声を上げた。「みんなー、かき氷だよー!」
 かくて、蜂蜜やみかんのシロップをふりかけ、かき氷パーティが開かれたのだった。カナン民は例外なくかき氷は初体験らしく、誰もが恐る恐る口に運んでいた。小さな子は順応が早く、ぱくぱく食べ出して頭痛になったりしているものの、年長の子はずっと、おっかなびっくりという様子だった。見ていただけの大人たちもいつのまにか参加していた。すべての参加者がこの文化の素晴らしさを学んだようだ。
 荒廃したカナンの地を眺め、かつてここが緑ばかりの土地だったという事実と付き合わせて、コトノハは悲しい気持ちになっていた。(「ネルガルがカナンの国力を落としているのは帝国のため? 普通なら、王は豊かな国を目指すはずなのに……おかしいです」)
 ところが、そんなコトノハの気持ちを読んだかのように、「ねー見て見て!」と夜魅が一生懸命、タライ一杯の巨大なかき氷を作ったのである。しかも夜魅はそれに、ネルガルを思わせるデコレーションを施していた。その滑稽な姿に、思わずコトノハも笑ってしまった。
「名付けてネルガルスペシャル! これをみんなで完食して、ネルガルをやっつけよー!」
 夜魅は元気一杯で呼びかけた。

 森ではお茶会も開催されていた。その席上、七尾 蒼也(ななお・そうや)ラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)と共に、人々に機晶技術を見せ、親しんでもらおうと工夫するのだった。
「たとえば、このコーヒーメーカーも機晶技術で動いている」蒼也は、なるだけ日用品を使って説明するように努めた。機晶技術を毛嫌いしているとまではいわずとも、カナン民はこれをなんとなく敬遠しているようだ。難しそう、というのもその一因だと蒼也は考えている。ゆえに、できるだけリラックスした状況で、しかも親しみやすいものを中心に解説していたのだ。
「これからですよ。みんなで森を作っていくのは」と、穏やかに説きつつ、ラーラメイフィスは油断なく周囲に目を配っている。
「どうですか、技術についてご理解いただけていますか」茶を運びながらそっと、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が蒼也に声をかけた。
「ありがとう」蒼也はふっと笑顔を向けた。「積極的に使ってくれるかどうかはわからないが、無闇な恐怖心は取り除けたと思う」
 こうして人々と交流できるのも、ジーナとそのパートナーユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)が裏方的に支えてくれるおかげだ。二人は決して表に出ず、茶を淹れたり軽食を出したりして手伝ってくれていた。蒼也が感謝の意を述べると、
「私には……この砂降る大地について、理解できないことがたくさんあります。考えるたび混乱してしまうようで……でも、こうしたお手伝いならできますから」はにかんだような笑みをジーナは見せたのだった。
 お茶会の規模は大きかった。百を超える民が集まり、さまざまなかたちで交流していた。これはカナンの民が、シャンバラから来た彼らと、その技術に興味があるという証拠でもあるだろう。
 会場を華やかにしているのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が作ったフラワーアレンジメントだ。ほうぼうに飾られたその花は、矢車菊(彼の故郷たるドイツの国花)をメインにしたものだった。透明度の高い蒼い花々は、爽やかな気分を演出していた。
「矢車菊の花言葉には幸福感という意味もありますから、皆さんにも幸福を感じていただけると嬉しいですね」言いながらリュースは、茶会を妨害するような狼藉者が出現しないか、警戒を怠らない。
 一方で、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)はシロツメクサを編んで花束を作っていた。これを土産物として、会場を去る人々に手渡したいと彼女は考えている。シロツメクサには『約束』という意味もある。すなわちこの花束は、『明日もお友達でいましょう』という約束の言葉のかわりなのだ。
 橘 舞(たちばな・まい)は優雅に、薫り高いハーブティを振る舞うのだった。
(「カナンが大変な時に、他の皆が戦っている時にティータイムだなんて、不謹慎じゃないかって怒られるかもしれません」)でも、と舞は思う。(「こういう時だからこそ、息抜きが必要だって。心にも休息が必要です。ずっとピーンと張りっぱなしだと、いつか切れちゃいますから……」)
 ところで舞のパートナーブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が配っているのは、なんとカエルのパイだった。「ヴァイシャリー産の厳選されたカエルだけを使っている本物のカエルパイよ。素材に偏見を持たないでくれると嬉しいわ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、同じティータイムでも自身の得意分野を披露した。すなわち茶道、約束の森で野点を行ったのだった。紅のフェルトを敷物にして、鍋釜でこぽこぽと湯を沸かす。茶碗と茶筅も使い勝手のいいものを選び、黒と赤のコントラストが映えるように置き方も工夫した。彼女は裏千家の作法に熟達しているため、なかなかの本格派である。
「美味しいお茶菓子にちょっと苦い抹茶の組み合わせは最強です、おまけに和の心も育む事も出来るし一石二鳥ですねぇ」と言ってレティシアは来客を迎えるのだった。
 慣れぬ姿勢や茶の味に目を白黒させつつ、少女を中心としたカナン民が多数、レティシアのもとに集まっていた。ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)はそんな彼女らに和服の着付けを行って、基本的動作についても指導した。
 茶ばかりではなかった。音楽というかたちの交流もあった。
「まずは歌ってみよう。シャンバラや地球の歌を、いくつか披露したい」ユフィンリー・ディズ・ヴェルデ(ゆふぃんりー・でぃずう゛ぇるで)は手を叩き、集まったカナンの子どもたちに朗々たる歌声を披露した。伴奏も自身で行う。彼女はカナンの民からヴァイオリンに似た楽器を借りて、多少の試奏を終えるや見事に挽きこなしていた。
(「ユフィ、張り切っているな。確かにユフィ向きの状況だ」)夜月 鴉(やづき・からす)は彼女の補助に徹するつもりだ。ユフィンリーの補助として、歌い方の指導に手を貸していた。
 そこに、執事服を軽く着崩した花京院 秋羽(かきょういん・あきは)が参加する。「音楽か。及ばずながら手伝わせてほしい」と言って弦楽器を手に、即興ながらユフィンリーの演奏を二重奏に彩った。
「ふーん。ま、悪くないね」とティラミス・ノクターン(てぃらみす・のくたーん)が、二人の演奏を聴いていた。素直には褒めないし、簡単には笑顔を見せないティラミスなのだが、その口調はどことなく満足そうだった。

 そんな中、約束の森付近をそぞろ歩く少女があった。年齢は五〜六歳、特にどの催しに加わるでもなく、しばし歩くとおもむろにしゃがみこんだ。カナンの子だろうか、と誰かが声をかけても、「おにーちゃんをまってるの」と言うばかりであまり動こうとしない。
 彼女は葵佐 可奈(あおいさ・かな)、本当は交流に参加したかったのだが、どう関わればいいのか判らなかったのだ。ところがカナンの人々は、そんな彼女を交流会に誘い入れてくれた。コトノハが茶菓子を渡してくれたので、可奈は「ありがとう。おねーさん」と言って頬張った。
 二十分ほど経っただろうか、目つきの鋭い獣人が、のそりと森に姿を見せた。彼はゼオ・アビニス(ぜお・あびにす)、どこで何をしていたのか、彼こそが可奈のいう『おにーちゃん』なのである。鋭い視線でゼオは可奈を見た。さっさと連れ帰ろうと歩き出そうとしたのだが、「あと……少しだけ待ってやるか」とでも言うように足を止めた。
 可奈が満面の笑顔を見せていたからだ。