空京

校長室

【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●カナンの民との交流(02):Like A Song

「運ぶであります。せっせと水を運ぶであります」
 ゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)がその名の如く、ゆるやかに、しかし着実に水を運んでいる。彼はこの日、給水施設にて水の運搬を手伝っていた。コミカルな姿の彼なので、どうしても子どもたちにまとわりつかれ、小突いたり落書きをされたりするのだが、「はっはっは、仲良くしてほしいのであります!」などと広い心で許し、彼は彼の作業に邁進するのだった。
 戦うだけが軍人の仕事ではない、そう誓って金住 健勝(かなずみ・けんしょう)も、給水作業の手伝いに汗を流していた。ネルガルによる異常気象が続いているため、各地の水不足は深刻だった。ために、まだ完成前の給水施設とてフル稼働させなけれなばならないのだ。本来パイプ一本で通せるような水のやりとりも、タンクを担いで運ぶという実に効率の悪い方法をとらざるを得ない。
 一方、水を待つ人々に、日章旗のピンバッジをつけた前原 拓海(まえばら・たくみ)が、給水施設の維持管理説明を行っていた。
「世界には水不足に苦しむ国が多くある。いかに給水施設が大切かを理解し、一人一人が徹底した衛生管理を……」このあたり、実にマニュアル的……というか、昨夜読んだマニュアルそのものの内容なのだった。拓海は質問されるたび、慌ててマニュアルを取り出して解説していた。「と、とにかく水が豊富にある事のありがたみが解れば良いのだ」
 大半のカナン民はルールを守って水を受け取っていたが、中にはそういった規則を無視するような人もいる。行列に割り込もうとする人間や、ズルをして不必要なほど水を得ようとする人間だ。そのたび、レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が飛んでいって理解を求めていた。「他の人はちゃんと順番を守ってるんですよ!? 何時間経っても水は逃げたりしませんから!」
 その一方で、どうしても水を受け取りに来ることのできないような遠方に向け、アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)は小型飛空艇を用いて届ける作業に従事していた。腕が千切れそうになるほど重い水タンクを持ちあげようとアシュレイが奮闘していると、
「行けるか?」と拓海がこれを手伝ってくれた。
 やはり彼は紳士だ。アシュレイは嬉しく思うと共に、「ああ、前原さん、助かります。この水の配布場所はそう遠くありません。できれば一緒に行って頂けませんか? これをまた下ろさなければならないので」少々、いや、随分照れつつ彼に申し出た。
「む……」しばし拓海は思案したが、「いや、俺はもう少し設備の説明を……」と告げた。しかし、
「拓海様、ご心配なく。そろそろ休憩にしようかと思っていましたので」とフィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)が気を利かせた。彼女は、並んでいる人々にも茶を配布する。「粗茶をいかがですか? 空京の紅茶ですけど……。皆様のお口に合いますかどうか」
「そうか、なら、そうするとしよう」拓海はアシュレイに付き添われ、彼女所有の小型飛空艇に乗り込んだ。タンクが積まれた関係上決して広くない機内で、女性と二人きりというシチュエーションとなる。なんとなく落ち着かない気分になるものの、拓海はそれを表に出さぬよう気をつけた。
 反面、アシュレイは鼓動が高まるのを覚えていた。(「前原さんと一緒……」)あくまでボランティアが今日の目的、だけどほんの少し、こんな幸せを感じたっていい――と彼女は思った。

 シャンバラ・カナン共同イコン研究所では、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が施設の案内を行っていた。やはりイコンの存在は、カナン民にとっても大いに関心を惹くものらしく、多くの人々が集まっていた。
 睡蓮が希望することは二つ、一つは、『カナンの地でイコンの研究をすることについて理解を得たい』というものであり、もう一つは『カナンの人々の理解と協力を仰ぎたい』というものだった。(「分からないのは、怖いことだから……知らないままでは、いてほしくないんです」)そう願うから、彼女の口調は熱を帯びていた。
 鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)は警備をしながら、さりげなく参加者に眼を光らせていた。この機に乗じて施設を破壊せんとする危険分子が潜入していることを懸念したが、幸い、そういった者の存在はなく、睡蓮の案内は切々と、歌うように流麗に続いた。
「先ほども述べましたように、『サロゲート・エイコーン』、すなわち『イコン』は、機晶技術を流用しています。そして、パラミタの地にあった古の神々の力を再現するためのものだということまではご理解いただけたでしょうか。つまりイコンの使用は、カナンの神々の力を駆りこの地を再生する、その一つの手段にもなると考えられています」
 ただ便利だからとか強力だからという理由で使用しようとするのではない、その点は特に強調した。
「もっとも、イコンの起動には契約者の力が必要なので……我々にもそのお手伝いが出来れば、と思っています」
 やがて睡蓮は言葉を終えた。巧く説明できただろうか……睡蓮は不安だった。舌足らず、と言われればそうかもしれない。しかし、不明点が多すぎる、と指摘されたとき、彼女ははっきりと述べた。
「おっしゃるように、イコンに対する研究そのものはまだ不十分です。ですから、カナンの方々とも一緒に、未知の技術に対する理解を深めていければと思っています」そして、こう締めくくったのだった。「私も、この研究所がカナンの皆さんのためにもなることを願っていますから」
 最初、睡蓮に返ってきた反応は拍手一つだった。しかしそれはたくさんの同調者を生み、さざ波のような拍手が、やがて大きな喝采となって彼女を包み込んだ。