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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●神官軍の侵攻(07):Destroy the Giant!!

 獣人の参加によって一時的にシャンバラ勢は活気づいたものの、その効果はややもすると潰えてしまいそうだった。敵軍の象徴的存在……アエーシュマがある限りこの不利は覆せない、と多くの者が判断していた。姫宮和希が突撃を繰り返し、九条風天の剣も唸りを止めない。されど、あらゆるメンバーが全力をふるってもなお、巨人の足を緩めこそすれ倒すには至らなかった。
 グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)の目の前で、仲間の飛空艇が巨人に叩き落とされ、炎に包まれながら墜落していった。搭乗者は間一髪で飛び降りて逃れたようだ。しかし自分がいつ、ああなってもおかしくない。
(「……攻撃は効いている筈だ。しかし、奴の体力は無尽蔵か……?」)小型飛空艇オイレを旋空させつつ、グレンは発想を転換することにした。(「なら、やつのその極端なまでの体力と攻撃力を利用させてもらうとしよう……」)
 通信機のスイッチを入れてソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)に連絡する。
「例の作戦を行う。弓の準備を」
「けれどあの手は……」何度か試みたものの失敗続きでは、とソニアは言いそうになるも考え直した。無闇な失敗をグレンが繰り返すとは思えない。「了解です」と返事した。
 地上、ソニアは弓を斜め頭上に構えた。そして、グレンの飛空艇目がけてこれを放ったのである。矢にはロープが取り付けてあった。グレンは機体を急降下させこれをキャッチする。
「……さあ、またロープだ……!」グレンの小型飛空艇はロープを使って、地上のソニアと協力して巨人を転倒させようとした。もう四度目の挑戦となる。このときも巨人はこれを振り払った。しかし今回は、振り払うところまで含めてグレンの策なのだ。「……ロープに集中するがいい、ロープ以外のことに気が回らなくなるくらい、な……!」グレンは、アエーシュマの脳に妄執を送り込んだ。
 瞬時、巨人の動きが乱れた。その脳に、体が焔に包まれる妄想が宿ったのだ。巨体ゆえか効果は短いものの、師王 アスカ(しおう・あすか)が瞬時にこの隙を突いた。「お、なんだか具合が悪くなったみたいね……利用しちゃいましょ♪」彼女はグレンの狙いを読んで、ワイルドペガサスを駆り、巨人の鼻面を掠めて飛ぶ。
「ほらほら〜ノローシュマ! 攻撃してみなさ〜い♪」口調こそ軽いがアスカは必死で逃れた。棍棒の一撃が、彼女のいた場所を直撃していた。巻き添えを食って神官軍の一団が消し飛んだ。強すぎる巨人は、神官軍にとっても脅威以外の何者でもないのだ。まさに命懸けのゲーム、アスカはこれを繰り返し、邪魔な神官軍を押し潰す考えだった。
「なんという無茶を……」ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)はアスカの考えを察知し驚くも、できるだけ鬼眼を光らせ、敵勢の攻撃力を削ぐべく動いた。
 ただし、神官軍が多少減じようとアエーシュマの存在感は絶対だ。巨人が味方を攻撃に巻き込もうが、神官軍の士気は衰えそうもなかった。
シオンッ! 君の意見を聞こうッ!」出し抜けにジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)が大きな声を出したので、パートナーのシオン・ブランシュ(しおん・ぶらんしゅ)は面食らった。乱戦を切り抜けながら二人は、アエーシュマを攻略すべく前進していたのだ。
 だが当意即妙、さっと畏まって彼女は応じた。「ふふっ、魔王様! よくぞ聞いて下さいました! いい案がありますよっ!」身振り手振りをまじえてシオンは説いた。「巨人の眼前の地面を氷で凍らせてですね、そこに、おいしいバナナの皮を置いておくんです。魔王様はレッサーワイバーンで、皆と協力しつつアエーシュマを罠の上まで引き付けてください!」
 バナナの皮を踏まずともジークフリートは転倒してしまいそうになった。「駄目だ、却下する!」と言って目を怒らせた彼は、シオンが涙目になっているのを知ったのである。
「えぅ……そっ、そんなぁ魔王しゃま……だっ、駄目……ですか? ぐすぐす……」
 泣く子と地頭と、振込め詐欺には勝てぬ魔王であった。ジークフリートは言った。「くっ……仕方ない、やるだけやってみろ!」
 やるだけやってみた。
 数分後。
「あ……ありのまま今起こった事を話すぞ! 俺はバナナの皮で巨人を転ばそうとしたが」以下、ジークフリートの台詞は少々長いので、中略しておく。「もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……!」
 彼の体はワイバーンごと、巨人の振り払いを受けて吹き飛んでいたのだった。氷面もバナナの皮も、アエーシュマに踏み抜かれてしまい転倒どころではなかったことも言い添えておきたい。不幸中の幸いは、ジークフリートを撲ったのが棍棒ではなく、巨人が煩そうに振った掌であったことだろうか。といっても重傷は確実、今日の彼はこれにて再起不能(リタイア)となった。
 しかしジークフリートの犠牲も決して無駄ではなかった。彼を吹き飛ばす折りに巨人の頭の毛が揺れ、その左耳が露わになったからだ。求め続けていたものがついに得られて、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はペガサスの上で小躍りしたい気持ちだった。
「見えました。やっと見えました! 六花、やはり巨人の耳は六メートル少々ありそうです。難しい任務ですが、検討を期待しますよ」シャーロットはペガサスに命じ、ぐん、とアエーシュマの横顔に急迫した。「さあ、私達でアレを倒すとしましょうか!」
 シャーロットは馬上から半身を乗りだし、そのパートナー霧雪 六花(きりゆき・りっか)を投げた。投げられた六花は、身長わずか二十センチの機晶姫である。「難しい任務はむしろ望むところ、存分に果たしてみせる!」忍び装束をなびかせ、六花は巨人の耳の穴に飛び込んだ。黒い洞窟に潜り込むや、奥部まで進んで短刀をふるい、さんざんに内側を切り刻む。
 作戦は奏功した。巨人は怒り、吼え声を上げ、首を激しく振って滅茶苦茶に暴れ出したのだ。叩きつける棍棒や踏みしだく足は、すべて神官軍の兵を下敷きにしていた。
 耳から入るという策は、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の頭にもあった。ゆえにアエーシュマ狂騒の理由を、真っ先に悟ったのも彼女だった。「今がチャンス! みんな諦めないで! 必ず倒せます!」と周囲に呼びかけ、左耳から見当をつけて右耳の位置目がけ、空飛ぶ魔法で急接近する。
「詩穂様、援護します」同じく飛翔したセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が、スリングを連射して弾幕を張った。これと機を一にして、
「ほーらほら、右耳にも違和感、食らって♪」
 詩穂が一撃、防御無視の古代シャンバラ式杖術で、いやというほど打ち付けた。左耳につづいて右耳が痺れ、衝撃のあまりアエーシュマは棍棒を取り落とした。(そして、落下した棍棒に押し潰されて多数の神官兵が即死した)
 これが一斉攻撃の合図となった。
「行くぞ!」メルカトルが総反撃を指示し、カレン・クレスティアも続き、やがて四方八方から集中攻撃が飛んだ。
「やっぱ構造が人に近いなら、間接を攻撃するのがいいと思うのね」セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が提案した。言いながら彼女は、もうアエーシュマの背後に回り込んでいる。
 御凪 真人(みなぎ・まこと)はそれに追いついていた。「なるほど、つまりこの位置から膝を狙う、と」
「そう、なかなか隙がなかったけど今ならいけるわ。規模は大きいけど簡単に言うと……」セルファはブレード・オブ・リコを構え、その柄に左手を添えた。「まあ、ヒザかっくんの要領よね!」
 その瞬間、アエーシュマの足元がブリザードに凍った。真人が成したものだ。そしてセルファの、ランスバレストが膝裏に炸裂していた。巨人は呻き、体勢を崩して片腕を地に突いた。
 巨人の肩に、一人の歩兵が飛び降りた。「着地完了」彼は三船 敬一(みふね・けいいち)、空中の小型飛空艇から飛び降りたのだ。俊敏な巨人ゆえなかなかランディングに成功しなかったが、これでようやく至近距離からの攻撃に移ることができる。「丁度新しい銃の性能も試したかったし、いい機会だな」敬一は奔って怪物の頭に接敵し、帯同する自動小銃『ハルバード』をここに突き刺した。
「これ以上、好きにはさせない。ここで倒す!!」
 敬一はトリガーを引いた。ありったけの勢いで鉛玉を撃ち込んだ。振動、振動、そしてついに貫通の手応え。巨人の頭蓋に穴が開いたのだ。
「三船さん」白河 淋(しらかわ・りん)が小型飛空艇を、フルスロットルで加速させ巨人の頭上を掠めさせた。飛空艇が飛び去ったとき、彼女の傍らには、飛び乗った敬一の姿があった。
 疾風迅雷、ここに樹月 刀真(きづき・とうま)が斬り込んだ。巨人にはまだ息がある。
 ここまで、戦って戦って戦い抜いて、さんざんに噴き出したアドレナリンが飽和状態に達したか、刀真の目にはすべての光景がスローモーションのように映っていた。奇妙な感覚の中、ふと彼は、知己ロザリンド・セリナのことを考えていた。彼女は今、避難民の盾となるべく奮闘しているはずだ。(「ロザは、敵すら可能な限り傷付けずに民を護ろうとしているが、俺には真似できない……それができる彼女が正直羨ましいね」)これは刀真の偽らざる気持ちだった。しかしその考えはやがて溶け、彼の頭にはただ殺意だけが残った。
 黒い片刃剣が、一閃した。
「刀真……やったの!?」彼のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はこの瞬間、勝利を確信した。アエーシュマの喉笛が刀真の剣で裂け、黒みがかった血が四散したからだ。
 しかし巨人は立ち上がった。苦しそうな声で喘ぎながら、落ちた棍棒を取るべく地面を探った。
「足を止めればそれでいいと考えていました。無力化して只の木偶の坊にしてしまえば、無理に倒す必要はない、と」戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は大剣『トライアンフ』を両手で握り、飛行翼で巨人の懐に飛び込んだ。「けれど理解しました。あなたは、命を奪われぬ限り止まらないと」
 小次郎は巨人から離れ、着地し振り返った。彼の斬撃がもたらした雷は、やや遅れて効果を発した。
 再び、巨人の首から間欠泉のように血が噴き出した。
「これで私たちは勝てますか」小次郎に走り寄りリース・バーロット(りーす・ばーろっと)は問うた。
「おそらくは」
 短く返答した小次郎の瞳(め)は、リースが彼に一目惚れしたあの日と同じ澄んだ色を湛えていた。
 巨人アエーシュマは沈んだ。なおもびくびくと痙攣するその脳天に、紫月唯斗が一刀を突き刺すと、もう二度と動かなくなった。