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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●神官軍の侵攻(03):The Giant

 再び、最前線。
 先遣隊との戦闘はシャンバラ側に有利に運んだものの、やがて敵本隊が合流し、巨大な戦力となって怒濤のように押し寄せ始めていた。いくら奇襲隊が攪乱させたとはいえ、この差は容易に埋められる類のものではなかった。
 サンドドルフィンが土を、水飛沫のように跳ね上げた。刀を受けてドルフィンは傷ついているものの、その乗り手メルカルト同様、決して弱音を吐かず、勇ましく敵の中を駆け抜けていた。
 だが敵軍はペースを掴み始めていた。神官連が回復に努めているためだ。
「ちょっとでも足止めできれば御の字だ」曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)の戦ぶりも獅子奮迅、ちょっとでも、というのは謙遜だろう。彼は銃を手に神官を中心に狙っていた。神官は盾を持つとはいえ、小さなラウンドシールドで銃弾を防ぎきれるはずもない。銃弾から逃げようとした神官が、神官軍全体の足並みを乱す結果につながっていた。
 瑠樹と並んでマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)も、ありったけの勢いで銃を乱射していた。「私たちは、そう簡単にはやられません!」銃の反動はマティエの小さな体にとっては大きい。骨身に響くような振動があったが、マティエは両脚を開き気味にしてこれに耐えていた。
 瑠樹は荒い息をついて弾倉を交換した。何度も追い払ったというのに、もう新手が迫っている。しかも、今度は神官戦士を前面に、壁のように並べた重攻撃隊だ。神官は戦士の鎧の背に隠れ、「神罰を!」などと口々に声を上げていた。「神罰! 神罰! 神罰!」戦士が唱和した。
「敵は圧倒多数、こちらは元の護衛兵を足しても相手の十分の一程度で、しかも背後には無力な避難民か……なかなか絶体絶命な感じじゃない?」魔道銃を握った少女が、瑠樹、マティエの戦列に加わった。「だけどね」彼女は大きな盾を地面に打ち込んだ。そして銃の撃鉄をガチャリと起こしたのである。
 鋭い眼光で迫る敵を睨むや、その少女――伏見 明子(ふしみ・めいこ)は一言述べた。「……さて。皆が頑張って盛り上げて来た開拓地を踏みにじろうってェ不埒物は、アンタ達でいいのかしら?」言うや否、盾を引き抜き前面にして突っ込んでいく。「巨人? 軍団? いくらでもかかってらっしゃいってのよ!」
「おーおーマスターは血気盛んなこって」からかうような口調と共にレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が明子に続いた。「……まあ、俺も気にいらねェっちゃ気にいらねぇな。やってる事は悪党と変わらねェくせに、王様面してふんぞり返ってるってなァ何事だ、聖職者様たちよ!」
 レヴィが引き絞ったのはセフィロトボウ、世界樹セフィロトの枝で作られたというそのボディは、満月になるほど引いたところで軋む音ひとつ立てなかった。
「悪党は悪党らしくしやがれってンだよ。王様ってなァ最後にゃ善人がやるもんだろが」
 なんという威力、レヴィの矢は唸りを上げて飛ぶと神官戦士の兜を射貫き、しかもその背後の神官の肩に突き立った。かくて開いた戦列の穴に、明子が銃弾の嵐を撃ち込む。神官は、悲鳴を上げる間もなく蜂の巣だ。瑠樹が続いた。仮面ツァンダーソークー1(風森巽)が、援護射撃を受けて敵の只中に入り、神官たちを次々、風車の如き蹴りで吹き飛ばした。
 神官戦士の横列も乱れ始めていた。熊猫福が上手く立ち回り、見えぬ位置から妨害を続けていたからだ。神官戦士がようやく福を見つけたのだが、福自身はいたって平気だ。「アン、そこはダメ」などと突然しなをつくって、呆然とする相手に足払いをかまして逃げ大岡永谷に合流した。
「そういえばあなたたち、神罰、っておっしゃいまして?」勇ましく戦う中に、黒髪をなびかせるリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)の姿もあった。「違いますわね、神罰とはこういうものですわ!」リリィが叫ぶや、広範囲に光の輪が拡がった。神聖なる力『バニッシュ』だ。神の軍をうそぶきながら民衆を手にかけるような外道を、リリィは決して聖なる者とは認めない。それでも向かってくる敵には、パワーブレスを施したメイスを用い、地面に頭がめり込むほど叩きつけた。
「このインチキ神官ども!」リリィに同行するカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)も仲間と力を合わせ、あらん限りの力で暴れまくった。「仮にも神職を名乗る者が民を傷つけて何が楽しいのか俺にゃさっぱりわからねぇが、民からしたらいい迷惑だろ!」
 にわかには信じがたい光景かもしれない。シャンバラ勢はいつの間にか、十倍以上の戦力を押し戻し始めていた。刹那、秩序が戻ったかに見えた。

 だがそれも、巨人アエーシュマの乱入があるまでのことだった。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 アエーシュマは背丈を延ばすと、両の拳で交互に胸を叩きながら叫んだのだ。すでにその鎖は解かれていた。自分を牽引していた木製の車を拳で砕くと、ごつごつした形状の棍棒を巨人はその右手に握りしめた。
 その声、そして姿の大きさに、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が驚いて言葉を洩らした。「信長、あの巨人すごい大きさだな」
「そうじゃな」ヘルハウンドを撃ち抜いて織田 信長(おだ・のぶなが)が応えた。
「俺はあいつを倒すのに骨が折れそうだよ」忍は唇を噛んだ。あれと比べれば、ヘルハウンドなどハムスターのようなものに過ぎず、神官も神官戦士も、子どもが新聞紙を丸めたもので武装している程度にしか感じられなかった。
 ところが、「私は倒しがいがあって、良いと思うぞ」こともなげに告げ小型飛空挺ヘリフォルテの操縦桿を握ると、「悩んだところで是非も無し、じゃよ」と、信長は忍に進軍を促したのだった。
 山が動いたようにしか見えない。それほどの巨体、そして破壊力だった。棍棒の一薙ぎはシャンバラの戦士たちを紙吹雪のように散らし、雄叫びは地鳴りを思わせた。
 ここで挫けてなるものか、姫宮 和希(ひめみや・かずき)は振り返って、避難民を守る仲間たちに叫んだ。「俺たちがアエーシュマの注意を引くから、その間にカナンの民をできるだけ遠くに連れていってくれ。頼む!」巨人のあまりの強力さに怖じ気づいた避難民が、座り込んで動けなくなる姿が散見されたのである。それに、あの巨人が本気で追いかけてくれば、たちまち避難民は蟻のように踏みつぶされてしまうことだろう。
 長ランの裾をマントのように翻し、和希は彗星のように疾走した。
「義を見てせざるは勇無きなりって言うだろ。やってやるぜ!
 まさしく漢(おとこ)、絶対的な力の差をまるで恐れず、和希は巨人を目指した。
 和希の背に惚れ惚れするようなものを感じつつも、ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は奥歯を噛みしめざるを得ない。(「この地形……あまりに……」)ガイウスは口惜しかった。彼は事前に情報収集力をフルに活かし、戦場たるこの付近に、谷や崖、流砂などの地形が存在しないか調べていたのだ。それらがあれば、必殺の死地へアエーシュマを誘い込むつもりだった。(「しかし……存在しないとは……」)

 九条 風天(くじょう・ふうてん)は小型飛空艇でユーフォリアのペガサスの側に控え、自軍のシンボルたる彼女を守護し続けていたのだが、アエーシュマを見るなり飛空艇から身を乗り出した。
「ユーフォリアさん、しばしお側を離れます」
「わたくしも参ります、風天」直感的にユーフォリアは風天の意図を読んでいた。
 しかし風天は首を振った。「ご自愛下さい。ユーフォリアさんはいわば味方勢の旗印、あなたの存在こそが勝敗をわけることになるでしょう。好んで巨大敵に身を晒してはなりません」
「ですが」
「約束します」逆風に煽られながらも、風天は鳶色の瞳でユーフォリアを真っ直ぐに見て告げた。「皆さんと協力してアエーシュマを討ち、戻ってくることを」
 これは単なる口約束ではなく風天の誓いだった。彼にはかつて、フリューネ・ロスヴァイセの護衛を申し出たものの果たせなかったという過去があった。そしてこれを風天は、ずっと気に病んでいたのだ。フリューネの先祖たるユーフォリアに約束を果たし汚名返上というつもりはないが、もう二度と、宣言した言葉を裏切るまいと風天は固く決意していた。
「わかりました。ご武運を」
 と述べるユーフォリアに黙礼で応え、風天は飛空挺を地面スレスレの低空に邁進させた。
 坂崎 今宵(さかざき・こよい)が後続する。真っ直ぐに巨人を目指す和希とは違い、彼らはアエーシュマの側面から迫った。
 和希の一撃が決まるのを見て、「殿、一撃喰らわせてやりましょう!」今宵がミサイルを発射した。爆炎と砂埃が舞った。すべてのミサイルは巨人そのものではなく、その眼前の地面に命中していた。
(「どこまで近づけるか……!」)飛空艇を急上昇させると、風天は飛空挺を捨てて身一つで跳躍した。敵の側頭部を狙って体を躍らせ、海神の刀で居合い斬りする。
悪鬼外道、誅滅すべし!
 これぞ疾風突き、剣は深い一撃を与えていた。アエーシュマは痛みと怒りで大きく吼えた。
 しかし巨人に、吼えている暇はなさそうだ。
「輝けテスタメント・ギア! 希望の光を世界に示せ!」と一声して紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、レッサーワイバーンに乗って懐に迫りソニックブレードを薙いだのだ。アエーシュマの厚い胸板に、どれだけの被害を与えられたかは判らない。だが、確実な手応えはあった。
「唯斗っ!」彼を見上げてエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が叫んだ。「避けよ!」
 得たりと唯斗は身を捻り、ワイバーンの背から跳んで巨人の体毛にぶら下がった。危ういところだった。コンマ数秒前まで彼がいたその場所を、暴走特急のようなアエーシュマの棍棒が通過していた。あれを喰らえばひとたまりもないだろう。「デカブツのわりに反応が早い……」そこから再度ジャンプして、唯斗はワイバーンの背に戻った。一瞬とて気が抜けない。
 振り返ると、阿鼻叫喚の様子で逃げようともがく避難民の姿が唯斗の目に入った。(「カナンの皆……確かにあいつたは強力だよ。希望なんて見えないかもしれない」)ブレードを握り直すと彼は、ワイバーンに突撃を指示した。(「それなら俺が、俺達が希望になってやる!」)強く、とても強く唯斗は思った。一命を擲(なげう)つ覚悟はとうにできていた。
 彼の勇姿を見上げ、エクスもまた強く想った。(「唯斗……我が契約者。お主が望むならわらわは幾らでも力を貸そう。それこそが我が望み」)エクスは銀色の髪を右手でかき上げ、指輪の填った左手を神官勢に向けた。「さぁ、神官どもは任せよ。光術、バニシュは大して効かん。銅鏡で反射してくれるわ」
 アエーシュマと一体になるべく、神官軍が巨人の足元に集結し始めていた。巨人の戦力を旗艦として突入されるのは、シャンバラ勢にとって歓迎できる事態ではない。
「あいつがアエーシュマ……出来れば、相手にしたくないんだけどなぁ」ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は不安を感じていた。士官としてはまだかけだしの彼は、かつてあれほど強大な敵を見たことがない。本音をいえば、戦わずにすませたかった。しかし、自分が属す教導団の部隊『ランツフート』のメンバーを見回しても、誰一人そのような不安を表に出してはいなかった。彼らの存在が、ゴットリープの支えだった。
「足止めだけでも……!」ゴットリープはセフィロトボゥを引き絞った。狙うは巨人の目だ。どこが目かは判らないが、見当を付けて放矢した。
 直後、ゴットリープの体は浮き上がっていた。
「ここに踏みとどまって巨人を相手するには、神官どもが五月蝿いようですじゃ。御免」と、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が彼を抱いて翼をはためかせ空を飛んだのだった。
「巨人の足元に敵を結集させるな!」同じく『ランツフート』所属のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が声を上げていた。彼はフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)と共に、動き始めた神官軍に向かって挑発的にヒット&アウェイ戦法を繰り返して自分を追わせていた。
「こっちだ! そんな厚い装甲の内側で怖じ気づいているのか!」ジェイコブは言葉を弄し、後方の灌木帯へ敵を誘っているのだった。茂みには伏兵が潜ませてある。そのことは敵にもわからないでもなかったはずだが、敵集団は彼に手玉に取られ、まんまと危地へと足を踏み入れていった。
「早く早くっ! あの巨人を足止めしなきゃ!」カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が蒼き水晶の杖を手に、アエーシュマの足元に到達した。彼女は巨人を恐れない。ただ、巨人が暴れ、避難民を襲うことのみを恐れた。「ジュレ!」神官戦士を蹴散らしつつカレンは叫んだ。
「判っている」静かにその声に応じ、小型飛空挺でアエーシュマの背後に回りつつジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はレールガンを肩に担いだ。一瞬、操縦桿から両手が離れるが構わず、彼女はスコープを覗き込んで呼吸を止めた。「倒すことは難しくとも、動きを鈍らせることはできるだろう」吐き出した息と共にトリガーを引く。シュッ、と音を立てて電磁加速された弾体が迸り出た。弾は光を発しながらアエーシュマの脚の腱に命中した。
「よーし!」同時攻撃、カレンが杖を頭上にかざした。途端、天の一角から雷光が降り、同じ位置に着弾したのだった。これが巨人の移動力を封じたかはまだ判らない。ただ、激昂した巨人がこの場にとどまるを決めたのは判った。今はこれで充分だ。
 このときレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が、「準備完了!」と声を上げた。
「どけっ、どけどけっ! 近づくんじゃねぇ!」ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が、レイナとレイナの魔方陣に、近づいてくる敵を追い散らした。集中し、則天去私の眩い光を投ずれば、地獄の番犬もは吹き飛び、あるいは恐れて退ったのである。
「ウルさん、ありがとう……いきます!」魔法陣の中央、すっくと立つレイナは、自身を即席の固定砲台とみなしていた。サンダーブラストと天のいかづち、バニッシュと神の目、次々と巨人に向けて放つ。戦場の空が、弾幕のような魔法攻撃に包まれた。