空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


向こう側とこちら側

 漆黒の宮殿にはネルガルの居室や貴婦人の間などがある拝殿のほか、神官たちの住む御饌殿(みけでん)、遠来から訪れる賓客をもてなすための直会殿(なおらいでん)があり、イナンナの御所や世界樹セフィロトのあるイナンナの神殿は最奥となる。バァル、イナンナ率いる別働隊は、このイナンナの神殿目指して拝殿の回廊をひた走っていた。
 神殿の内部は列柱や石像によって巧妙に隠された間接照明が主な光源だった。高い天井から差し込む光は十分でなく、また西に傾きかけているせいでさらにうす暗い。普段であれば、それがさらに神殿という霊妙な場の雰囲気を高まらせ、静謐な空間、神秘的な格式高さを訪れる者に与える要因のひとつとなっていただろう。しかし今、そこは静寂さとは無縁の殺伐とした騒乱に満ちていた。
 ガチャガチャと武具を鳴らしながら神官戦士たちがいたる所から現れ、隊列を組んで彼らの前進を阻もうとする。
 構えられた盾と盾の間から突き出されるハルバードの白刃。
「させるかぁっ!」
 前方、完成間際となった神官戦士の防衛線に向かい、月代 由唯(つきしろ・ゆい)がアボミネーションを放った。神官戦士たちが突然胸に沸き起こった畏怖にとまどっている隙に、すかさず第二波として氷術を叩きつける。紅の魔眼で威力を強化された氷術は、体勢の整いきれていない神官戦士たちを後方に吹き飛ばした。
「あなたも行って!」
 樫黒 雲母(かしぐろ・うんも)の指示で狼が飛び出し、氷術で動きの鈍った神官戦士の腕に食らいつく。
「ぐあっ」
 激痛に身を反り返らせた神官戦士は横や後ろの神官戦士にぶつかり、さらに隊列を大きく崩した。
「由唯さん、雲母さん、ナーイスっ」
 大太刀『黒鞘・我刃』を手にした七刀 切(しちとう・きり)が走り込み、突破口をさらに広げる。
「当然よ。エッツェル抱き枕のためだもの!」
 つん、とそっぽを向きながらも、由唯はさらに後方から現れて切たちに斬りかかろうとする神官戦士たちを阻むべく、氷術を放つ。生まれた隙をついてほかの者たちが走り抜けようとする中、月島 悠(つきしま・ゆう)が横すべりしながら急ブレーキをかけた。
「翼! そちらは任せたぞ!」
「おっけー」
 分断目的か、いきなり通路の影から隊の横腹に飛び出してこようとした神官戦士たちにいち早く気づき、重機関銃を放った。通常重機関銃は地面に設置して使用する物だが、鬼神力発動による並外れた膂力が、重機関銃をまるで軽機関銃のように扱わせている。そして反対側ではパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)が、仲間を挟んで互いに背を向け合う格好で、やはり左腕に装着したガトリング砲でけん制をかけていた。
「きゃははっ。来れるなら来てもいーよ。当たるのはそっちの勝手だからねー」
 これといった対象物もなく、一面飛び散る無数の銃弾と跳弾に気圧され、まごついている神官戦士たちに嘲笑を浴びせる。仲間が全員走り抜けたあとも十分距離が稼げるまで神官戦士たちの足止めを図ったのち、2人は弾幕を張りながら最後尾を走った。


「こっちよ」
 先頭を行くイナンナが、自らの神殿に入って早々左にきれた。
「こちらは…」幾度となく神殿を訪れたことのあるバァルが眉を潜める。「神殿内部へ続く道ではありませんが」
「ええ。でもこっちなの。うまく言えないけれど、石版が私を呼んでいる……声のような力がしていて…。心臓に糸か何かが結びつけられていて、それが引っ張られている感じというのかしら」
 もちろん彼女の今の体は仮の物で、石の聖像を使って顕現しているのだから、心臓という表現の仕方は正しくない。だがほかに適切な例えが思いつかなかった。もしかしたら肉体が魂を呼んでいるのかもしれない。あるいは肉体にかけられた呪いの力かも。区別がつかないが、その何かがこちらへ来いと急き立てているのは疑いようがなかった。
「分かりました」
 彼が理解を示してくれたことにほっとしつつ、イナンナは回廊を先へ先へと進む。
 ふと、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は見知った道と交差していることに気づいて足を止めた。
「リリ?」
 隣を走っていたララ サーズデイ(らら・さーずでい)が、少し先で止まる。
「この道なのだ」
 リリは右手に伸びる道を見た。
 前回、エリヤ救出で潜入したとき、彼女たちは――それと知らなかったが――御饌殿からの外回廊を用いて奥庭のセフィロトまでたどり着いた。今回はイナンナ主導で拝殿からの主回廊を用いたため、勝手が掴めずにいたが、今こうして道が交差したことにより、リリは自分がどこに立っているのかを知ることができた。
「リリ? どうかした?」
 前を走っていたリリが立ち止まったのを受けて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)も止まる。そのパートナーの清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)もまた。
 彼女たちが走るのをやめたことになんらかを感じて、さらに数人が走るのをやめた。
「バァル」
 リリの呼び声にバァルが振り返った。
「リリたちはここで別れるのだ」
「リリ!?」
 思いもよらない発言に驚くララに対し、手を上げて待ったをかける。
「しかし…」
「イナンナを解放するには石版を取り戻すことが大事なのは分かっているのだ。しかしそのためにわれわれができることは必ずしも1つではない、とリリは思うのだよ。全員で力を合わせて1つの手段を成し遂げるのもいいが、あらゆる手段を講じるというのもあると思うのだ。敵を一極集中させないこともできる。だからリリは、セフィロトへ向かうことにするのだ」
 その断定的な口調よりも、言葉よりも、彼女のブラウンの瞳の方こそが、彼女の決意を雄弁に語っていた。たとえバァルが否と答えたところで自分は行く、と。
 外見だけ見れば、彼女はまだ幼い少女だった。手足は細く、頼りない。大人である自分が保護しなければいけない対象。しかしその細い手足にこもる力こそが、そんな彼の無意識的な反応を断固として拒絶していた。
 戦士の目をする者には、相応の対応をしなければならない。何より、自分は彼らを信じると決めたはずだ。
「分かった」
 バァルの返答にリリはこくりと頷き、身を翻した。
 ララにいちいち尋ねたりはしない。自分について来てくれることは分かっている。リリの決意を常に尊重してくれる……彼女はそういう人だ。
「あー、そういう方法もあったかぁ」
 詩穂はぱちんと両手を打ち合わせた。
「じゃあ詩穂もこっちにしよっと。こっちの方が詩穂の能力をめいっぱい活かせそうだもん。ねっ?」
 と、空飛ぶ箒シーニュで機晶シンセサイザーを運んでいる清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)を見上げた。青白磁は、まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのか、目をはちぱちっとしたあと、頷く。
「まぁ、わしはどちらでもええよ」
「きーまりっ。
 リリちゃん、待ってー。詩穂たちも行くからーっ」
 リリたちのあとを追って走り出した詩穂の後ろを、青白磁のシーニュが追って行く。
「島井…」
 ちら、と快斉 刃(かいさい・やいば)が隣の{SFM0043633#鳥野 島井}の様子を伺った。
「突発的な別案とはいえ、彼女たちだけで向かわせるのは、ちょっとやばくないか?」
「ええ?」
 まさかそんなことを言われるとは思わなかったと、島井は頓狂な声をあげて刃を見た。
「セフィロトへ行くと言っていたが、セフィロトはカナンの世界樹だ。敵さんの防衛が生半可でないのは分かりきってる。女4人ではいささか無謀すぎると思うが」
「あー……面倒ですねぇ」
 いかにも不承不承といった体で、島井はそちらの通路に足を向けた。スナイパーライフルを持ち上げる。
「バァルさん。とりあえず、私たちもこちらに行くことにします。まぁ、セフィロトを間近で見るよい機会になるかもしれませんから」
「じゃあ私も」
 と、島井のほか数名が、彼女たちを援護すべくばたばたと奥神殿につながる通路を走って行った。
 その背中を見ていた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)が、バァルを振り返って、ふーむ、と考え込む。
「りゅーき?」
「それじゃ、ここはオレらで引き受けとくなぁ」
 ぽん、と手がマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)の肩に乗った。
「えっ? オレらって、オレらって……りゅーきっ!?」
 それって超無茶だからっ。一瞬でやられちゃうかもだからっ。
「ここならバァルとリリたち、両方をサポートできるからねぇ」
 ぎゅむっと服を掴んで必死に見上げてくるマティエの混乱も知らず、のん気に瑠樹は請け負っている。
 たった2人で防衛線を築くなど、正気の沙汰ではない。あたふたするマティエを見て、それまで無言で様子を伺っていた切が、ひょこひょことそちらに動いた。
「んじゃ、ワイもこっちに乗らせてもらうかねぇ」
「切くん!?」
 その発言に一番驚いたのはリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)だったろう。目を見開いて驚声を上げた。切のことだから、てっきりバァルと最後まで一緒だと思っていたのだ。
 だが切はそんなリゼッタを振り返ることもせず、いつになく真剣な眼差しでバァルを見返した。
「切」
「バァル、セテカさんを絶対助けろよ」
 その名に、バァルは胸の奥を見透かされた気がしてわずかに身を強張らせた。
「それは…」
「この戦いはイナンナを解放するのが一番の目的だって、それが領主としての務めだって思ってるのは分かってる。けど、同じようにバァルにはセテカさんが大事で、必要なんだって、ワイら全員分かってるし、はじめからそのつもりだから。個人的な願いだからって後回しにしようなんて考える必要はないんよ。
 イナンナを解放して、セテカさんも助ける。やつらの鼻をあかしてやったらサイコーだよねぇ」
 グッと親指を突き出して、にっぱりと笑う切が、やけにまぶしかった。
「――ああ。ありがとう」
 少し先で待っていたイナンナとともに再び走り出したバァルたちと入れ替わるように、できるだけ敵をけん制しながら最後尾を走っていた翼と悠が追いついてしまった。
「あれー? なんでこんなとこにみんな固まってんの? これじゃあボクたちが足止めしてる意味ないじゃん」
 翼が不服そうに片頬をぷくっとふくらませる。
「いや、意味は十分あったから。ねぇ?」
「そうそう。ありがとねぇ」
 瑠樹と切が、口裏を合わせるように適当なことを言う。
 その様子を怪訝そうに見ていた悠だったが、すぐ後ろの曲がり角に近づく神官戦士の足音を聞きつけて、さっと機関銃を構えた。
 銃口が火を吹き、角を穿つ。
「どうでもいいが、ここにおまえたちが残っているということは、ここが第一次防衛線となるわけだな?」
「うん、そう」
「なら、いつまでもうだうだ言っていないで前衛は前に出ろ。援護する」
 そう言うと同時に、悠は弾倉の交換に入った。もう何百回と繰り返してきた行為で、暗闇でも完璧に行える自信があったが、それでも弾幕に数秒の途切れが生じてしまう。
 それをチャンスと見て同じ回廊へ飛び出してきた神官戦士たちに、瑠樹とマティエが走り込んだ。彼らは何も武器は持っていなかった。言うなれば、己の肉体こそが武器。
「はあぁっ!!」
 振り下ろされかけたハルバートを持つ手を固定し、盾を蹴り飛ばして一気に間合いへ飛び込んだ彼らは即座に則天去私を発動する。爆発的な力は瞬時に敵を昏倒させ、悲鳴すらも上げさせない。
「おのれっ!」
 憤った神官戦士が、彼らにチェインスマイトを仕掛けようとする。
「おっと」
 引かれた腕の動きでそれと見抜き、切が我刃を手に向かおうとしたが、それよりも早く、リゼッタの最古の銃が神官戦士の足を貫いた。
「……おまえ、行かなかったの?」
「まぁ。どうして私が行くんですの?」
 問いに問いで返されて、切はちょっと視線を上に向ける。
「銃を売り込むにはバァルたちのそばで実際に効果を見せるのが一番とか言ってなかった?」
「それはほかの方々に任せますわ。銃が武器の方も何人か一緒に行かれましたから。
 切君には、私がついていないと」
 その言葉の証明のように、死角から切に斬りかかろうとした神官戦士を撃つ。
「ほらほら切君、注意力不足ですよ」
 まるでテストの低い点数を叱る世話やきな姉のような言葉と、足下に倒れて苦しむ神官戦士との対比に、思わず笑いが口をつく。
「はいはい。すみませんねぇ」
 ちゃき、と鍔を鳴らせて。切は集まり始めた神官戦士たちに斬り込んでいった。
「……ちっ」
 ファランクスの構えで3人の接近を待ち受ける神官戦士に向かい、氷術を放った由唯。しかし先の遭遇で彼女にやられたことを学んで、神官戦士たちはアイスプロテクトをまとっていた。しかも互いに掛け合うことで効果を増しており、紅の魔眼や禁じられた言葉で強化した氷術をもってしても崩せない。
「なめるなぁっ!」
 彼女の咆哮に応じて、紅の魔眼がその輝きを増した。
 わし掴むかのように突き出された彼女の手から放たれた闇術が、神官戦士のエンデュアを突き破って後方へ弾き飛ばす。
「おー、由唯さんかっこいー」
 剣を噛ませ合い、つば迫り合いをしていた切が、ぱちぱちと言葉で拍手をした。あいにく両手はふさがっている。
「当然だッ! 切、エッツェル人形も追加だぞッ!」
「えー……それはちょっとー」
 おサイフと相談させてクダサイ。
「皆さん、ヒールですっ。お受け取りくださーい」
 雲母が前線で戦う瑠樹、マティエ、切の背中に向かい、ヒールを次々とかけていく。
「切さん、私の分は何もいりませんからーっ。ただ、エッツェル人形に着替えをプラスしてあげてくださいー」
「あああああ…」
 傷ついた体にヒールはとてもありがたかったが、出費がどんどんかさんでいくことに頭を抱え込まずにはいられない。
「これって東カナン軍に経費請求できないもんかねぇ」
 つい、そんな言葉が口をついてしまう。
「基本、私たちの立場ってお手伝いですからっ。難しいんじゃないでしょーかっ」
 少し離れた所で2人を相手に戦っているマティエが意見を述べた。……何の救いにもならない。
 斬ってるのは自分の方なのに、ばっさばっさ斬られてるみたいに痛いわー、と内心嘆いていた切の横スレスレを、そのとき光の刃が走り抜けた。
「うおっ?」
 神官戦士たちの後ろに神官のローブを着た者が数名立っている。
 間断なく襲ってくるバニッシュに、切とマティエは攻撃を中止して回避に集中した。
「やっかいなのがきちゃったねぇ」
 しゃがみ込むことでバニッシュを紙一重でかわした瑠樹が、反動をつけて神官戦士にアッパーをかける。神官戦士が倒れてできた空間から、すかさずフルオートからセミオートに切り替えた悠がシャープシューター、スナイプで神官を狙い撃ったが、ラウンドシールドで弾かれてしまった。
「くそ。距離がありすぎる。3人とも戻ってこい!」
「行けと言ったり戻れと言ったり。うちの指揮官さんは命令が荒いですねぇ」
 由唯やリゼッタが援護する中、軽口でぼやきつつも3人は後衛まで戻ってくる。いまいち真剣味が足りないが、これが彼らの味というものだろう。
「翼!」
「分かってる!」
 阿吽の呼吸で翼が左、悠が右の列柱に向かってガトリング砲と機関銃を撃ち込んだ。厚い石でできた柱は神官のバニッシュや光術に対する恰好の遮蔽物だ。地響きをあげて崩れた柱が回廊を半ばふさぎ、障壁となる。その影に身を隠し、リゼッタや由唯、悠、翼が、主に神官を狙い撃つ。盾を前に突き出し、ディフェンスシフト、ファランクスの構えで防ごうとする神官戦士たちを釘付けとするにも有効な方法だった。
「曖浜たちは今のうちに少しでも体力を回復しておいてくれ」
 敵方を探りつつ、悠がつぶやく。
 コントラクターの場合、その潜在能力からよほどでない限り数の差はイコール実力の差ではない。とはいえ、続々と集まり始めた向こう側も、神官戦士の防御スキルと盾で堅牢な防御壁を築き始めている。しかも向こうは兵士の補充がきくが、こちらはSPと弾倉が尽きれば終わり。それと悟ったなら、すぐさま距離を詰めて攻勢に打って出てくるだろう。いずれはそうなる。間違いなく。そのときを少しでも遅らせるためには、またすぐ前衛3人に一撃離脱で切り崩しに出てもらわなければならなかった。
 そう考えながら機を読む彼女の横で、リゼッタははじめのうち、盾と盾の隙間を狙って、神官戦士たちの足や腕を撃ち抜いていた。べつに不殺を心がけているわけではない。彼女にそんなやわさはない。そうすれば負傷した神官戦士の対応に、さらに向こう側の人員を割かせることができると踏んだからだ。しかしその思惑ははずれた。彼らは仲間が負傷しようとも全く頓着する様子を見せなかった。
「……そういえば、やつらは仲間ごと敵を刺し貫くような鬼畜どもだったんでしたわね」
 重傷者を気遣うよりも、目の前の敵の殲滅が優先。神官のヒールもまた、戦えなくなった者でなく前列で彼らの攻撃を阻む者に集中してかけられている。
 そうと知ってからは一撃必殺に切り替えたリゼッタだったが。
「やめて、殺さないで!」
 喉を撃ち抜かれた神官戦士を見て、あわてて恐れの歌を歌うのを中断して、エルフィ・フェアリーム(えるふぃ・ふぇありーむ)が袖を引っ張った。
「彼らだってこのカナンを思って戦ってるんだよ? ただワタシたちとは違う考え方をしてるってだけで」
「じゃあどうするんです? 動けない傷を負わせて、じわじわあそこで苦しめるんですか?」
「連れてきていただけたら、わたくしたちが治療をいたします」
 毅然とした態度でセルフィーナ・クレセント(せるふぃーな・くれせんと)が宣言した。その後ろには彼女の賛同者というように、本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が立っている。
「命はかけがえのないものです。命に向こう側・こちら側などという分け隔てはありません」
「その考えはご立派ですわ。でもそれで連れてきて、ここで治療してどうするんですの? また向こうに戻せば敵となって向かってくるでしょうし、ここで暴れるかもしれませんわ」
「なら俺がヒプノシスで眠らせておくよ」ソールが請け負った。「決着がついてから起こせば問題ないだろ」
「はい、おまえの負けー」
 むう、と眉を寄せたリゼッタに、にししと切が笑う。
「それじゃあさあ、ワイたちがあっちの前線を押しやるから、その間にけが人をここへ運んで来たらいいよ。それくらいできるよねぇ?」
「承りました。私どもがいたしましょう」
 バトラーらしく、白手袋をはめた手を胸元に添えて軽く頭を下げる彼に、よし、と頷いて、切は瑠樹とマティエを見た。2人とも雲母のヒールで回復を果たし、不敵に輝く目で、了承したことを伝える。
「行け!」
 翼、悠による斉射、弾幕援護で神官がひるんだ一瞬をついて、3人は柱の瓦礫を飛び越して行った。
 撃ち砕かれた壁や床の微細な破片がもうもうと立ち込める中、3人は猛攻をかけて神官戦士たちの前線を押し戻す。しかし先まで以上にその数は増えていた。層が厚い。
「手が足りないか! こうなったらちったぁおまえも手伝いやがれ、クソ野郎め…!!」
 いかにもやけっぱちといった様子で、切は左手を振り切った。その先にフラワシのフランメ・シュルトが現れ、粛々とその鋼鉄の刃をふるい始める。
 不可視の者からの攻撃を受け、神官戦士たちはにわかに騒然となった。魔法や剣なら分かるし対処もできる。しかし突然何もない空間から切りつけられては対処のしようがない。盾で身を守ろうとしても、側面や背後から切りつけられてしまう。
「うわあああっ」
 突然血を噴いて倒れていく仲間の姿に、本能的な恐怖が彼らを襲った。
「みんな、今だっ」
 浮き足立った神官戦士たちをここぞとばかりに押しやって、瑠樹が叫ぶ。飛び出してきた翔やソールと一緒に、マティエもまた、けが人の搬送を手伝った。
 翔は気を失った神官戦士の脇に両手を差込み、床を滑らせるようにして引っ張っていった。自分よりはるかに高身長で体格も立派な相手だ。さらに鎧の重さも加わって、通常であれば少し動かすのもひと苦労だったが、サイコキネシスを補助として用いることでその点は問題なかった。
「お願いしますっ」
 翔たちが柱近くまで運べば、ほかの者たちが柱の向こうに引っ張り込む。セルフィーナが、血まみれの鎧を半ば強引にひっぱがした。
「エルフィ、雲母さん、手伝ってください!」
「はいっ」
 セルフィーナに習い、てきぱきと2人も鎧を脱がせていく。中には気絶していない者もいたが、満足に動ける状態ではなかったため、抵抗らしい抵抗はなかった。
「聞こえますか?」
 意識朦朧とした神官戦士の頬をはたきながらセルフィーナが耳元で声を張り上げる。
「いいですか? 今からあなたを治療します! 少々痛いかもしれませんが、気を強く持って耐えてください!」
 その言葉を半分でも理解できたかどうか……確認している暇はない。服を引き破り、傷口に手を添えたセルフィーナは妖精のチアリングを用いて傷を癒していく。雲母もまた、ヒールを使って重傷者優先で治療にあたった。そしてそんな2人のそばで、エルフィが驚きの歌を口ずさんで2人のSPを補っている。
「俺も手伝うぜ」
 ある程度運び終えてから、ソールも加わった。
「もういいかなぁ」
 流れ作業で次々と手際よくけが人を収容していく彼らの様子を伺いつつ戦っていた瑠樹がぽつっとつぶやく。
「そろそろ時間切れだねぇ」
「戻りますか」
 増援された神官たちのバニッシュや光術が銃弾のように自分たちに向かって飛んでくるのを見て、2人は示し合わせたようにくるりと身を翻した。悠やリゼッタの援護射撃の中、柱の向こう側へ駆け戻る。彼らの戦闘スタイルが決まった。あとはこのリズムを崩さず、互いをカバーしつつ戦うだけだ。
(できる限りここはワイたちが押さえとくから、うまくやれよ、バァル…)
 仲間たちの消えた通路に、見送ったバァルの背中を思い出して、切は心の中でつぶやいた。